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フランス国債格下げ、マクロン大統領に痛手

~前倒し総選挙で極右首相誕生の悪夢も~

田中 理

要旨
  • 欧州議会選挙直前のフランスの国債格下げは、経済再生での実績を訴えるマクロン大統領にとって痛手となる。更なる格下げ回避のため、財政緊縮を強化すれば、政権の更なる支持低迷を招きかねない。その一方で、厳しい政治環境で財政緊縮を先送りすれば、更なる格下げや財政規律違反を問われる恐れがある。世論調査通りに大統領会派が欧州議会選挙で大敗する場合、秋の予算審議で野党勢が攻勢を強め、内閣不信任案が可決する恐れが高まる。前倒し総選挙で極右政党が第一党となれば、マクロン大統領は極右政党から首相を選ばざるを得なくなる。

大手格付け会社S&Pは5月31日、フランスの国債格付けを従来の「AA」から「AA-」に引き下げた。同社は格下げの理由として、財政赤字の削減が進まず、債務残高が膨張することを挙げている(フランスの財政状況については4月1日付けレポート「八方塞がりのフランス財政」を参照されたい)。同社はフランスの財政赤字の対GDP比率が2023年の5.5%から2027年に3.5%へ低下するが、安定成長協定が定める3%の基準を上回ると予想する(政府見通しは2.9%)。また、政府債務残高の対GDP比率が2023年の109%から一段と拡大し、2027年に112%に達すると見込む。フランスの債務比率は、ユーロ圏内でギリシャとイタリアに次いで3番目に高い。

同社によれば、フランスの財政再建のトラックレコードは弱く、2001年以来、プライマリー収支が黒字化していない。今後も政府は財政再建に取り組むが、利払い費の増加、企業向け付加価値税率の段階的廃止、脱炭素関連の公共投資拡大が財政赤字の削減を抑制する公算が大きい。政府想定対比で慎重な経済成長も、財政赤字が膨らむ要因となる。また、現政権は議会の過半数を持たず(図表1)、政治的な分断が財政再建の遂行能力に対する不確実性を高めていると指摘する。

なお、予想される景気回復やこれまでの構造改革が財政再建を後押しすることから、格付け見通しは「安定的(ステーブル)」とする。但し、経済成長が想定対比で大きく下振れする場合や、更なる財政再建の遅れや利払い負担が予想外に膨らむ場合、格下げされる可能性が高まる。他方で、経済成長の上振れで財政赤字の削減が予想以上に進み、政府債務残高が低下軌道を辿る場合、格付けを引き上げる可能性が高まる。

主要格付け機関の間では、ムーディーズとフィッチが4月にフランスの国債格付けを据え置き、見通しを「ネガティブ(格下げ方向)」としていたS&Pの格付け判断に注目が集まっていた。6月9日の欧州議会選挙直前の格下げは、経済改革での実績を訴えるマクロン大統領にとって痛手となる。マクロン大統領のリベラル会派「ルネッサンス(RE)」は、各種の世論調査で、ルペン氏の極右政党「国民連合(RN)」に20ポイント前後の大幅なリードを許している(図表2)。極右政党に加えて、極左勢力も今回の格下げを政府への攻撃材料としている。極右や極左が主導する内閣不信任案はこれまで、中道右派の「共和党(LR)」が賛成を見送ってきたことで、成立してこなかった。だが、共和党を率いるシオッティ党首も、今回の格下げが「政府の財政管理の失敗の結果である」と批判した。共和党内には反マクロン派、親マクロン派、中立派が混在している。欧州議会選挙でマクロン会派が大敗し、共和党がマクロン施政への攻撃姿勢を強める場合、政権存続が危ぶまれかねない。特に秋から始まる来年度の予算審議は難航が予想される。緊縮的な予算を組めば、政権の更なる支持低迷を招くことや、野党勢が攻勢を強める恐れがある。他方で、厳しい政治環境で十分な財政緊縮に取り組めなければ、更なる格下げや財政規律違反を問われる恐れがある。

万が一、内閣不信任案が可決されれば、アタッル氏が率いる内閣が総辞職し、国民議会(下院)の前倒し総選挙が行われる。この場合もマクロン大統領は留任する。第五共和制下のフランスでは、大統領の出身政党と議会の多数派が食い違うこと(コアビタシオン)が何度か発生し、政権運営を難しくしてきた(図表3)。こうした事態を回避するため、2002年からは大統領選挙の直後に国民議会選挙を行うように改められ、その後はコアビタシオンが発生していない。だが、このタイミングでの前倒し総選挙となれば、大統領会派の苦戦は避けられない。欧州議会選挙の勢いのまま、国民連合が国民議会の第一党となれば、マクロン大統領は極右政党から首相を選ばざるを得なくなるかもしれない。

(図表1)フランス国民議会(下院)の会派別構成
(図表1)フランス国民議会(下院)の会派別構成

(図表2)フランス選出欧州議会選挙の政党別支持率
(図表2)フランス選出欧州議会選挙の政党別支持率

(図表3)フランス第五共和制の大統領と首相の一覧
(図表3)フランス第五共和制の大統領と首相の一覧

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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