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2026.01.08
欧州経済
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安全保障
米国がグリーンランドに関心を持つ背景
~温暖化で増す海上輸送と資源確保の戦略的な重要性~
田中 理
- 要旨
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米国のトランプ政権の関係者はこのところ、デンマークの自治領であるグリーンランドの取得に向けて、軍事的な手段の活用も排除しない趣旨の発言を繰り返している。米国にとってのグリーンランドの戦略的な重要性は、1)北米と欧州を結ぶ海上航路でのプレゼンスを守る貿易・安全保障上の観点、2)中国に支配されているレアアースへのアクセスを確保する観点にある。近年の温暖化進行で、年間を通じての海上航路の有用性が高まっていることや、グリーンランドでのレアアースの採掘が容易になるとの見方から、一段と重要性が高まっている。
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米国によるグリーンランドに対する武力行使を正当化する法的根拠はなく、国際社会や自国民からの反発も予想される。こうした発言の真意は、威圧と脅迫によるトランプ流の交渉戦術の一貫として捉えるべきだろう。すなわち、グリーンランドの自治政府に対しては、米国が同島の豊富な鉱物資源への優先的なアクセスを得る取引を持ち掛ける狙いが、欧州に対しては地域の安全保障を引き続き米国に頼っている現実を突きつけ、今後の米欧関係で優位に立つ狙いが、ロシアや中国に対してはこの地域での米国のプレゼンスを誇示し、牽制する狙いがあるものと思われる。
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米国のトランプ大統領とその側近は予てより、デンマークの自治領であるグリーンランドへの関心を示してきた。ここ数日、グリーンランドの獲得が米国の国家安全保障上の優先事項で、その目的を達成するうえで様々な選択肢を議論しており、その中には米軍の活用も含まれる趣旨の発言を繰り返している。米国によるベネズエラへの軍事介入に踏み切った直後と言うこともあり、デンマークは元より、北大西洋条約機構(NATO)の同盟国である欧州諸国を中心に、米国のグリーンランドへの介入に対する警戒が高まっている。
グリーンランドは北極海と北大西洋に位置し、日本の6倍近い面積を持つ世界最大の島だ。かつてはデンマークの植民地だったが、1953年にデンマークの県と同等の自治権を獲得した。1973年にデンマークが欧州共同体(EC、現在の欧州連合<EU>)に加盟すると、漁業に依存していたグリーンランド住民がECの漁獲枠制度に反発し、自治拡大を要求した。1979年以降は自治政府が置かれ、広範な自治が認められている。約216万平方キロメートルの国土の81%が氷床に覆われ、約5万6千人の人口の多くがイヌイット系の民族で、島の西側の沿岸部に居住する。
この世界で最も人口密度が少ない辺境の自治領に米国が関心を示しているのは、幾つかの戦略的な理由がある。グリーンランドは北米大陸と欧州の間に位置し、カナダ、グリーンランド、アイスランド、英国を経由し、北極海と大西洋を結ぶ海上航路(GIUKギャップ)に跨っている。この戦略的な立地は、貿易と安全保障の両面で重要な意味合いを持つ。第二次世界大戦中にデンマークがナチス・ドイツに占領された際、米国はグリーンランドがナチスの手に渡らないように保護領とした。戦後、グリーンランドはデンマークに返還されたものの、島内には米軍基地が残る。冷戦期にはソ連の爆撃機や弾道ミサイルを監視・迎撃する拠点として、現在は宇宙軍の基地として人工衛星の監視などの任務を担っている。
また、グリーンランドには世界最大級のレアアース資源が眠っているとされる。米国と中国の間の貿易戦争が激化するなか、世界のレアアースの採掘・加工で圧倒的なシェアを誇る中国は、米国に対してレアアースの禁輸措置を発動している。米国による先端メモリーチップの中国企業への輸出規制への報復措置として、2024年に中国は米国に対して、先進半導体の製造に使用されるガリウムとゲルマニウム、爆薬の製造に使用されるアンチモン、徹甲弾に使用されるタングステンなどの超硬金属などの輸出を禁止した。2025年には米国による大幅な関税引き上げを受け、サマリウム、ガドリニウム、テルビウムなど7つのレアアース元素を輸出管理の対象品目に追加した。その後、米中貿易協議の進展を受け、一部のレアアースの輸出禁止措置が停止されたが、軍事用途での輸出については引き続き全面的に停止している。電気自動車用のバッテリー、風力タービン、半導体、軍事装備品などの製造に不可欠な重要鉱物へのアクセスを確保する観点からも、米国にとってグリーンランドは戦略的に重要な意味を持つ。
こうしたグリーンランドの戦略的な重要性は、近年の地球温暖化の急速な進行により、一段と増している。北極圏の氷解が進むことで、北方の海上航路は年間を通じてより長く航行可能になりつつある。グリーンランドでも氷床の融解が進んでおり、レアアースの採掘がより容易になるとの見方がある。その際、島内の事業者・技術・インフラ不足やEUの環境規制が採掘の障害になるとみられ、米国による直接関与を目指している。ロシアや中国もこうした戦略的な重要性に目を付けているとされ、トランプ大統領は「グリーンランドの周辺にはロシアと中国の船舶が至る所にいる」と主張し、米国による関与の重要性を訴えている。
米政府の関係者はこのところ、グリーンランドを米国の一部にするために、軍事行動も含め、あらゆる選択肢を排除しない趣旨の発言を繰り返している。だが、米国による武力行使を正当化する法的根拠は乏しく、NATO同盟国の主権領土を武力で奪う事態となれば、国際社会からの反発は避けられない。共和党支持者も含めた米国民の多くも、グリーンランドの取得に反対している。NATOの存立基盤を危うくし、ロシアや中国に対して軍事介入を容認する誤ったメッセージを発することにもなりかねない。むしろ、米政府関係者の発言の真意は、威圧と脅迫によるトランプ流の交渉戦術の一貫として捉えるべきだろう。グリーンランドの自治政府に対しては、米国が同島の豊富な鉱物資源への優先的なアクセスを得る取引を持ち掛ける狙いが、“戦略的な自立”を目指す欧州に対しては、地域の安全保障を引き続き米国に頼っている現実を突きつけ、今後の米欧関係で優位に立つ狙いが、ロシアや中国に対しては、グリーンランドと北大西洋での米国のプレゼンスを誇示し、牽制する狙いがあるものと思われる。
田中 理
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

