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ECBラガルド総裁の早期退任観測が再浮上

~後継総裁の行方とユーロ相場への影響は?~

田中 理

要旨
  • ECBのラガルド総裁の早期退任観測が再浮上している。2027年のフランス大統領選挙前に退任することで、同国のマクロン大統領にECBの後継総裁人事に関与する機会を提供する意向とされる。過去4代の総裁のうち2人を輩出しているフランスが次の総裁ポストを得る可能性は低い。後継総裁の座はドイツ、オランダ、スペイン出身者の何れかが手にする可能性が高い。最有力候補はオランダ中銀のクノット前総裁、次点がスペイン中銀のデコス前総裁、ドイツ連銀のナーゲル総裁も有力候補となる。ドイツ出身のシュナーベル理事は、現職理事の総裁への横滑り人事となるため難しいだろう。何れの場合もECB理事会の構成は現在よりもややタカ派となる。利上げ局面でドイツやオランダ出身の総裁が誕生すれば、一段のユーロ高進行につながりやすい。
目次
※本稿は2月24日付けの東洋経済オンラインへの寄稿を一部・加筆修正した。

ラガルド総裁は2027年のフランス大統領選挙前に退任か?

英フィナンシャルタイムズ紙は2月18日、欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁が2027年10月末の任期満了を待たずに退任する意向を伝えたと報じた。ECBは直後に「ラガルド総裁は自身の職務に集中しており、退任についていかなる決断も行っていない」との声明を発表し、ラガルド氏も「任期満了まで務めるのが基本方針だ」と早期辞任観測を否定したが、火のないところに煙は立たない。ラガルド総裁には、昨年5月にも早期辞任観測が浮上した。正式に公表する段階ではないものの、早期辞任に向けた水面下での調整が行われている可能性がある。来年に本格化するとみられた後継総裁レースが前倒しされそうだ。観測記事後にブルームバークがエコノミストを対象に行った聞き取り調査によれば、ラガルド氏が任期を全うすると回答した割合は3割未満にとどまり、半数以上が年内に辞任すると予想した。

フィナンシャルタイムズ紙によれば、ラガルド氏は2027年4月に予定されるフランス大統領選挙を前に退任することで、フランスのマクロン大統領にECBの後継総裁人事に関与する機会を提供する意向とのことだ。フランスの大統領は三選が禁止されており、次期大統領選後にマクロン氏は退任する。各種の世論調査では、極右政党・国民連合(RN)のバルデラ党首やルペン前党首が他の候補を大きくリードしている。欧州議会議員時代の公金不正利用の罪で公職停止中のルペン氏は、判決を不服として控訴しており、7月7日に控訴審判決が出る。ルペン氏の公職停止が解かれない場合、バルデラ氏が国民連合の大統領候補となる。政権奪取を狙う国民連合は、かつてと比べて欧州連合(EU)に批判的なトーンを和らげているとは言え、同党がEUの代表国であるフランスの国政運営を担うことになれば、EUの人事決定や政策運営に大きな影響力を持つことになる。

2019年にラガルド氏がECB総裁に選出された際には、マクロン大統領の強い意向が働いたと言われている。当時、ドイツを率いたメルケル首相との間で、欧州委員会の委員長にドイツ出身のフォン・デア・ライエン氏を、ECBの総裁にフランス出身のラガルド氏を充てる方針で合致した。フィナンシャルタイムズの記事によれば、マクロン大統領は今回の後継総裁人事にも関与したい意向を伝えているとされる。

2月9日には、フランス中銀のビルロワドガロ総裁が、2027年10月末の任期満了を待たずに今年の6月末で退任することを公表したばかりだ。慈善財団の責任者に就任する同氏は、早期辞任を個人的な理由によるものと説明している。だが、これによりフランス中銀の後継総裁人事がマクロン大統領の手に委ねられることになり、大統領から何らかの働きかけがあったのではないかと勘繰る報道もある。退任が迫るマクロン大統領は最近、会計検査院のトップにも自身の側近を任命した。

次の総裁はドイツ、オランダ、スペインからか?

総裁、副総裁、4人の専務理事で構成されるECBの役員会は、6人のうち4人が2027年末までに相次いで任期満了を迎える(図表1)。今年の6月末で退任するスペイン出身のデギンドス副総裁の後任には、1月のユーロ圏財務相会合でクロアチア中銀のブイチッチ総裁が内定した。2027年5月末にはECBのチーフエコノミストを務め、毎回の理事会で金融政策を提案する立場にあるアイルランド出身のレーン理事が、同年12月末には現メンバー内の最タカ派で、ECBの政策討議への影響力が大きいドイツ出身のシュナーベル理事が相次いで退任する。

図表
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ECBの役員会メンバーは、EUの経済・財務閣僚で構成される経済財務相理事会の推薦に基づき、欧州理事会が特定多数決(QMV)で決定する。特定多数決とは、賛成票が総票数の過半数を超えるかで決まる単純多数決とは異なり、国数で55%以上、且つ、人口構成比で65%以上のEU加盟国が賛成した場合に可決する。役員会メンバーの任期は8年で、再選は禁止されている。

役員会のメンバーは、同一国が複数のポストを独占しないように国別のバランスに配慮して決められる。過去4代の総裁は、オランダ、フランス、イタリア、フランスが輩出してきたため、次の総裁が再びフランス出身者となる可能性は低そうだ。単一通貨ユーロの発足に先駆けて、1998年にECBが発足して以来、ドイツ、フランス、イタリアが役員会のポストを失ったことはなく、スペインやオランダも多くの期間、ポストを得てきた。EUの東方拡大を受け、今回、クロアチアが東欧諸国として初めて役員会のポストを得ることになり、残る3つのポストをドイツ、フランス、スペイン辺りが分け合うことになりそうだ。

過去には、新たな総裁が就任するタイミングで、総裁の出身国の現職副総裁や理事が任期満了前に退任したことがある。今回もラガルド総裁の退任時に任期が残っているイタリア出身のチポローネ理事とオランダ出身のエルダーソン理事が任期満了を待たずに退任し、同じ国の出身者が総裁に就任する道を拓くことも考えられる。ただ、チポローネ理事はECBが2027年に試験運用を開始し、2029年に発行を計画するデジタル通貨(デジタルユーロ)の責任者で、早期退任の可能性は低そうだ。

こうして考えると、次の総裁の座を手にするのは、ドイツ、スペイン、オランダの出身者が有力視される。フィナンシャルタイムズ紙が欧州在住の88人のエコノミストを対象に行った2026年1月の聞き取り調査では、18人がスペイン中銀のデコス前総裁を、17人がオランダ中銀のクノット前総裁を次期総裁の最有力候補と回答した(図表2)。また、10人がドイツ出身のシュナーベル理事、5人がドイツ連銀のナーゲル総裁、4人が別の候補を支持し、16人がこの段階では明確な候補者がいないと回答し、18人が後継総裁に関する質問に回答しなかった。前述のブルームバーグの調査では回答者の57%がクノット氏を最有力の後継総裁候補とした。

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タカ派総裁が誕生すれば一段のユーロ高も

ユーロ圏最大の経済国で、“物価の番人”を自負するドイツ連銀はECB創設時のモデルになったことで知られる。東西ドイツの再統一と引き換えに、ドイツ国民の誇りでもあった最強通貨ドイツマルクを放棄したドイツにとって、ECBの総裁ポストを手に入れることは、ユーロ誕生以来の悲願とも言える。ドイツ出身のシュナーベル理事は総裁就任に意欲を見せるが、現職の役員会メンバーが総裁に就任するには法的なハードルもある。二代目総裁の選出時にノワイエ副総裁、四代目総裁の選出時にクーレ理事の総裁就任の可能性が検討されたが、当時の司法判断は現職メンバーの総裁就任を認めなかった。

ドイツ連銀のナーゲル総裁も、ECB総裁の座を狙う1人とされる。ドイツの中銀関係者は伝統的にタカ派が多いが、ナーゲル総裁の最近の発言は、従来に比べてタカ派色が薄まってきたと言われている。ドイツの財政政策の大幅転換を支持し、防衛費の拡大に向けたEUの共通債発行にも理解を示している。タカ派総裁誕生を警戒する国からの反発を抑える狙いがあるのかもしれない。

副総裁に就任する見込みのブイチッチ氏は理事会内でタカ派寄りに位置する(図表3)。近く退任するデギンドス副総裁やフランス中銀のビルロワドガロ総裁はハト派寄りとされ、ドイツやオランダ出身の総裁が誕生すれば、ECB理事会メンバーのタカ派傾斜が進むことになる。過度なタカ派シフトを警戒する場合、スペイン出身のハト派寄りの総裁が誕生する可能性も出てくる。後継総裁候補の筆頭に名前が挙がるスペイン中銀のデコス前総裁は生粋の中銀マンで、エスクリバ現総裁は同国の元デジタル変革相だが、ECBでの勤務経験もある元中銀マンでもある。

図表
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イベリア半島のスペインとポルトガルをセットとみなす場合(ドラギ総裁時代にスペインが役員会のポストを失っていた時期は、ポルトガルが副総裁ポストを得ていた)、副総裁候補にも名前が上がったポルトガル中銀のセンテノ前総裁は、同国の財務相としてユーログループの議長を歴任するなど、国際舞台での経験も申し分ない。ラガルド総裁の選出時と同様にジェンダーバランスを重視する場合、スペイン出身のカルビーニョ欧州投資銀行総裁や、ポルトガルの元財務相・国庫担当相を務めたアルブケルケ欧州委員なども有力候補となろう。

弁護士出身のラガルド総裁は、過去に中銀での実務経験がなく、欧州債務危機時のフランスの財務相から国際通貨基金(IMF)の専務理事を経て、ECB総裁に就任した異色の経歴の持ち主だ。金融政策決定時の理事会内のコンセンサス形成を重視したほか、ECBの情報発信体制を刷新し、一般市民とECBとの距離を縮める取り組みや、気候変動対策での貢献やジェンダーバランスへの配慮など、新たな中銀像を模索してきたことで知られる。米国ではトランプ大統領の再就任後、連邦準備理事会(FRB)への度重なる介入でドルに対する信認が揺らいでいる。ECBの次期総裁には、政治色が薄く、ECBの独立性を確保でき、金融政策の実務に精通した人物が望ましいとの声も浮上する。デコス氏、クノット氏、シュナーベル氏、ナーゲル氏は何れもこうした条件を満たす人物と言える。ただ、ラガルド氏がそうであったように、現在名前が挙がっていないダークホースが総裁候補に急浮上する可能性もある。

昨年6月の利下げを最後に、政策金利を据え置いているECBは、利下げ再開の余地を残しながらも、景気回復の持続性や物価安定の達成に自信を深めつつある。ユーロ高進行による物価の下振れリスクへの目配せも必要な状況で、当面は様子見姿勢を続ける公算が大きい。今後、ドイツの歴史的な財政政策転換と欧州各国の防衛費拡大に支えられたユーロ圏の景気回復が続くことになろう。その場合、ECBの次の一手は利上げとなる可能性があり、その場合、ECBの利上げ局面と総裁交代の時期が重なりそうだ。次の総裁や理事の布陣がどうなるかは、利上げ開始のタイミングやその後の利上げペースを考えるうえでも注目を集める。タカ派総裁が誕生すれば、一段のユーロ高進行のカタリストとなりそうだ。

以上

田中 理


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田中 理

たなか おさむ

経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)
担当: 海外総括・欧州経済

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