インフレ課税と闘う! インフレ課税と闘う!

円安阻止に動かなかった植田総裁

~2024年4月の日銀会合~

熊野 英生

要旨

日銀の4月会合の結果をみて、為替レートが動いた。ドル円レートでは、一時1ドル156円台を付けた。日銀が何か円安阻止に動くかもしれないと事前観測があったが、予想外に現状維持的な姿勢に終始した。この結果を踏まえると、政府(財務省)と日銀の間には円安に対する姿勢、アナウンスにずれがあるように感じられる。

目次

円安阻止には動かず

4月26日昼過ぎに、日銀の「現状維持」が発表された直後、ドル円レートの円安が進んだ。一時的に1ドル156円台を付ける。総裁会見でも、植田総裁は明確に円安阻止に動くようなことはしなかった。3時半からの総裁会見の間も、ドル円レートは概ね円安方向にじりじりと動いていった。ここには、筆者や市場参加者の驚きがあると思う。

まず、為替円安にマーケットが動いた背景を考えてみよう。今回決定会合時に発表された日銀の発表文では、僅か6行の短い内容に変わった。ここでは、様々な説明文が消えてしまった。何より驚かされるのは、前回3月19日の発表文にあった「現時点の経済・物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」という文言が消えたことだ。この文言は、いわばフォワードガイダンスのように、先行きの金融政策に対して示唆をするものだ。政策方針の説明と言ってよい。それが消えた。もっとも、総裁会見のときは、「基調的な物価上昇に考慮すべき(上振れの)影響があれば追加利上げを進める調整をしていくことになるが、当面は緩和的な金融環境を継続していく」とした。文面からは消えたが、先行きの方針自体は変わっていないということだろう。

また、長期国債の買い入れも、3月19日は「これまでと概ね同程度の金額(毎月約6兆円)で長期国債の買い入れを継続する」とあった。今回は、「2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する」と短い説明だった。これは、事前報道で長期国債の減額を予想する観測があったのを完全に否定するものだ。ここはハト派的な対応だった。総裁会見では、「いずれどこかのタイミングで減額していくことは視野に入れるが、今は具体的なそうした状況ではない」とも説明した。確かに、今回の会合で、この減額を議論したことは認めたが、その結論は毎月6兆円ペースを見直すということにはならなかったようだ。

2024年度の物価見通しは上振れ

4月会合の注目点の1つに展望レポート公表もあった。そこでは、3月にマイナス金利解除を決めたにも拘わらず、引き続き慎重な数字になっている。前回は、前年比2%を上回るコアCPIの伸び率が、予測期間後半(=2025年度)に実現すると植田総裁の説明にはあった。4月の展望レポートの数字は、コアCPIの前年比が2024年度2.8%(1月2.4%)、2025年度1.9%(1月1.8%)、2026年度1.9%(今回から)となっている。除く生鮮食品・エネルギーの消費者物価(コアコアCPI)も前年比の見通しが2024年度1.9%(1月1.9%)、2025年度1.9%(1月1.9%)と変わっていない(2026年度2.1%)。

ここでの変化点は、2024年度のコアCPIの前年比が2.4%→2.8%へと上振れしていることである。植田総裁の説明では、これは主に原油見通しの修正だが、円安の要因もあるとした。しかし、植田総裁は、足元の円安加速がさほど影響を与えていないとも指摘した。

もっとも、全体的にこうした展望レポートの物価見通しを見渡すと、コアCPIの2025年度予想、コアコアCPIの2024・2025年度予想はほとんど変わっていない。こちらの変化は、日銀は追加利上げを急いでいないというメッセージだと感じ取ることもできる。

4月19日にワシントンの講演会で、「基調的なインフレ率が上昇し続ければ、利上げに踏み切る可能性は高い」と述べたのに対して、今回の展望レポートの数字からは、現時点では基調的なインフレ率の上振れをあまり強くは意識していないことが感じ取れる。このことも、展望レポートの発表後に円安が進んでしまった背景になっていると考えられる。

政府との調整は?

今回の会合で日銀が円安阻止に能動a的に動かなかったことは、これまでの経緯を踏まえると少し不可解だ。財務省と日銀の間では、為替に関するアナウンスにずれがあるように感じる。筆者は、先日のワシントンG7で、植田総裁と鈴木財務大臣がかなり長い時間を一緒に過ごしたはずなのに、円安阻止に関して日銀はあまりに腰が重いように感じられて仕方がない。日銀からすれば、この4月会合で円安に歯止めをかけるような対外アナウンスをしかなったならば、当然、円安方向にドル円レートが動かされることはわかっていただろう。そう考えると、なぜ植田総裁が動かなかったのかと首をかしげざるを得ない。

悩ましい追加利上げの前倒し

次に、日銀のスタンスから、円安阻止に動くことの難しさを考えてみたい。日銀が追加利上げを急ぐかもしれないという思惑は根強くある。しかし、実際に日程表を眺め考えると、そう簡単な話ではないことがわかる。まず、先々の2024年内の日程表を確認すると、決定会合の2日目は、6月14日、7月31日、9月20日、10月31日、12月19日となる。現時点で、筆者のメインシナリオは、10月31日に0.10%から政策金利を0.25%に引き上げそうだと予想する。ならば、追加利上げを前倒しするという話は、6月14日、7月31日、9月20日のいずれかに利上げの時期が早まることを意味する。

さて、9月20日に追加利上げをやるのか。9月末は岸田首相が、自民党総裁選挙を迎える。常識的に考えて、政治家の間でも賛否が分かれそうな追加利上げを総裁選挙の手前に、植田総裁が決めるという話はないだろう。

6月14日の追加利上げは、完全な勇み足だとほとんどの人がみるだそう。そして、「当面、緩和的な金融環境が継続する」という3月のアナウンスが反故にされたと驚くだろう。7月31日の追加利上げのタイミングも同様に、早過ぎると感じる人が多いはずだ。3月会合から僅か4か月しかインターバルが確保されていない。7月会合の場合、4月の次の展望レポートが発表される。そこで、物価見通しが先々にかけて大きく上方修正される必要性もあるはずだ。この4月の展望レポートがほとんど1月と変わらなかったことからすれば、7月時点では中小企業の賃上げなどの数字があまり追加されそうにないことも勘案して、大きな見通しの修正が起りそうにない。だから、追加利上げを実施するとしても、10月31日の会合になるという見方には蓋然性は高いと筆者は考える。筆者の見解は、追加利上げを急ぐことは現実的に難しいというものである。

熊野 英生


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。