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歴史的賃上げで金融政策は正常化へ

~3月19日にマイナス金利解除の見通し~

熊野 英生

要旨

春闘の結果を受けて、次に動くのは日銀だろう。3月18・19日の決定会合では、積年の課題であった金融政策の正常化に動く見通しだ。現在、日銀は4月よりも3月に勝負をかけてくる公算が高い。経済見通しも、賃上げを含めて消費が上振れていく材料が多く、景気判断が上方修正されることだろう。YCC見直しなど、マイナス金利解除以外の枠組みの修正も注目である。

目次

高い賃上げ率

連合が、今春闘の1次集計を3月15日夕刻に発表する。13日の集中回答日の結果を反映したもので、高い伸び率を記録するだろう。データは前年3.58%を大幅に上回って大きく伸びる見通しだ。その手前に、連合傘下のUAゼンセンの2024年集計(製造・流通・サービスの127組合)が3月14日に発表された。正社員の定昇込みの賃上げ率は5.91%(前年4.56%)、ベアは4.05%だった。連合集計よりも少し数字が高めに出るが、これに連合ベースの数字を同調させると、2024年は定昇込みで5%前後、ベア3.5%前後まで賃上げ率が高まりそうだ。いずれにしろ、今の春闘は、マクロの賃金上昇率を大きく押し上げることは間違いなさそうだ。

これを見て、日銀は3月18・19日の決定会合で、いよいよ積年の課題であったマイナス金利解除に動くと予想される。物価と賃金の好循環が予想以上に強まることを根拠にするだろう。日銀にとって、ここが千載一遇のチャンスとなる。

3月か?、4月か?

筆者は、現時点で3月解除の確率が高いとみるが、4月解除の見方も根強くある。いずれの可能性が高いのだろうか。

まず、岸田政権にとって、春闘の結果は経済分野でまたとない大きな手柄を手にしたことになる。政労使会議を介して、経営者側に強く意向を働かせることができたと考えているはずだ。日銀は、岸田政権のお祝いムードが最高潮に達しているタイミングを捉えて、「安定的に2%を上回る物価上昇」が展望できると宣言するだろう。このアナウンスは、経済正常化が進んでいることを日銀が裏書きするものでもある。岸田政権は、日銀の前向きな評価に対して、政策変更にNoを言わないとみられる。安倍政権下のレジームが変わったことを岸田政権下での進歩として捉える可能性もある。

植田総裁からみると、「鉄は熱いうちに打て」の考え方で、せっかくの好機を逃さないはずだ。映画のクライマックスでトイレに立つようなことはしないと思う。

逆に、4月会合まで待つと、さすがに春闘の熱気は少し冷めてしまう。新年度に入って、3月短観の結果なども出揃うが、自動車の不祥事などがあって、大企業・製造業の業況DIはやや悪化する可能性がある。株価も、現在よりも不安定化することが心配だろう。従って、植田日銀は、勝負をかけるのならば4月よりも3月だと判断する可能性が高いとみる。

賃上げで2024年度の成長見通しも上振れる

春闘が日銀の政策変更の根拠になる理由は、経済成長見通しの上方修正が加わることもある。春闘の賃上げ率がここまで高まると、エコノミスト達の間では、2024年度のどこかで実質賃金もプラスに転じるという見方が強まるだろう。2023年度に継続した実質消費の前期比マイナスも、2024年度中のどこかでプラスに転じる可能性がある。だから、内需拡大の見通しから、4月の展望レポートでは2024年度の成長率予想を従来の1.2%(1月見通し)から上方修正するだろう。

経済面での前向きな変化は、賃上げ以外にも様々にある。①株価上昇の資産効果や②訪日外国人消費の拡大がある。そのほか、家計貯蓄率がプラス幅を縮めて、2023年7-9月にはマイナスになっている。③最近は所得拡大が消費に回りやすくなっているということだ。2024年6月の所得減税も、以前に考えていたよりも相対的に消費に回る可能性が出てきた。

さらに、④公的年金の改定額も2.7%と今年(68歳以上1.9%)を大きく上回ることもある。この対象者は、人口の約3割に及ぶので大きい。これらの変化は、内需拡大を予想させて、成長率の見通しも上方修正されるだろう。

2024年度の経済見通しでは、海外経済の変化も重要だ。FRBの利下げが6月辺りに実施されると、年内の米経済はソフトランディングの公算が高まっていく。ECBも早晩利下げに転じるので、景気を下支えする側に回るとみられる。

マーケットの反応

3月解除になれば、日経平均株価には逆風だ。事前に、4月解除の予想が強かったのは、決算に絡んで3月中の株価を押し下げるような政策変更を日銀はよもやしてこないという観測が強かったからだ。

しかし、日経平均株価は、3月上旬までに4万円台を記録して、日銀からみれば十分すぎるほど上昇したという評価になるだろう。日銀は、マイナス金利解除のショックを今ならば吸収できると考えるだろう。

また、緩和解除の際には、再び「緩和的な金融環境が続く」という見通しを強調することを忘れないだろう。そして、連続利上げはしない、追加利上げまでは時間をかけると、安心材料になるアナウンスを提示する。為替レートに対しては、日銀のアナウンスが時間の経過とともに円安効果を発揮するとみるだろう。従って、株価や為替へのマイナス金利解除のショックを過剰に恐れることはしないだろう。

相場の状況も、一旦は株安・円高に振れることは不可避だろうが、そのマイナス・インパクトは長続きしないと予想される。4月入りすると、新年度のニューマネーが株式市場に流入する。5月には決算発表が好材料になって株価が動いていく局面に移る。輸出企業は、2024年中の金融政策の動向を意識して、来期の想定為替レートを決めていくと予想される。

焦点はYCC見直し

3月19日の会合での見直しは、マイナス金利だけではないだろう。焦点は、YCCを撤廃するまでに至るのか、オーバーシュート・コミットメント廃止までやるのか、になる。すでに、YCCの長期金利目標0%は有名無実化している。長期金利の上限目途の1%程度で、政策運営上の支障は何も起きていない。YCCの長期金利の部分を現状維持する可能性はある。

しかし、今後、数年間の政策運営を展望して、将来の「足枷」になりそうなものはなくすという選択もある。長期国債の購入自体は現状とは変えずに、長期金利のレートに言及することを完全に止めることもあり得るだろう。

そして、オーバーシュート・コミットメントは廃止含みであろう。この枠組みは、金融政策の機動性を縛る目的で導入されたもので、インフレ時代には意義を失っている。すでに植田総裁は、インフレ・リスクにも言及しており、2%を大幅に上回るような物価上昇率に対して、それを警戒する方に少しずつ軸足を移している。オーバーシュート・コミットメントは、デフレ時代の負の遺産として、3月19日をもって廃止する可能性は十分にあると筆者は考えている。

熊野 英生


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