シンガポールはいよいよ政権移譲、ウォン次期政権の行方は

~「Xデー」は5月15日、リー一族のいない政界は構造問題や与党PAP立て直しなど難題に直面しよう~

西濵 徹

要旨
  • 15日、シンガポールのリー・シェンロン首相は来月15日に退任してローレンス・ウォン副首相に政権を委譲する考えを明らかにした。与党PAP内で「第4世代」に当たるウォン氏は官僚出身でリー氏の首席秘書官を務めた後に政界進出を果たし、教育相としてコロナ禍対応の陣頭指揮に当たり次期指導者としての頭角を現した。リー氏は元々満70歳となる2022年の首相退任を公言していたが、第3世代でリー氏の後任と目されたヘン氏が辞退したことで若返りが進み、ウォン氏にお鉢が回ったとみられる。同国政界はリー一族のいない状態となるなか、構造問題やPAPの立て直しも急務であり、難しい局面に直面することになろう。

15日、シンガポールのリー・シェンロン首相は来月15日にローレンス・ウォン氏に政権を委譲する方針を明らかにした。リー氏を巡っては2004年に首相に就任し、予てより自身が満70歳を迎えるまでの首相退任を公言してきたため、2022年2月に満70歳を迎えることを念頭にここ数年は禅譲に向けた環境整備を進めてきた。しかし、コロナ禍による経済や社会の混乱を受けた対応に注力せざるを得なくなったため、リー氏の首相退任は事実上『棚上げ』される格好となった。さらに、コロナ禍の最中の2020年に行われた総選挙において、1965年の独立以来政権与党の座を維持する与党PAP(人民行動党)の得票率は過去3番目の低水準となるなど苦戦を強いられた。この結果を受けて、翌年にはリー氏の後継者と目されるとともに、総選挙の陣頭指揮を執ったヘン・スイキャット副首相(当時)が高齢を理由に次期首相の座を降りるなどリー氏の政権禅譲は『ふりだし』に戻る格好となった。その後、PAP内では次期首相人事についてヘン氏をはじめとする『第3世代』の次の世代に当たる『第4世代』から選出する方向で議論が進められた結果、ヘン氏の後任の財務相に就任したローレンス・ウォン氏を次期指導者に選任することを決定した(注1)。この決定を受けて、昨年にはウォン氏が副首相(兼、財務相)に就任したほか、その後もPAP副書記長、金融管理局(中銀)長官、政府系ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド)であるGIC副会長に就任するなど政権移譲に向けた取り組みが進められてきた。さらに、昨年11月に開催したPAP党大会においてリー氏は今年11月の結党70周年を念頭に、結党記念日を前に政権移譲を行う方針を明らかにした(注2)。よって、氏による政権移譲のカウントダウンが始まるとともに、その時期がいつになるかに注目が集まってきたなか、結党記念日である11月21日まで約半年を残した来月15日に決定した格好である。なお、ウォン氏は貿易産業省の官僚としてリー首相の首席秘書官を務めた後に政界に転身し、文化・社会・青年相、国家開発相、教育相を歴任したほか、上述したヘン氏の財務相退任を受けて後任となった。さらに、ウォン氏は教育相としてコロナ禍対策チームの共同議長を担うなどコロナ禍対応の陣頭指揮を担うとともに、実績を上げてきたことも『ポスト・リー』の筆頭となる一因になったとみられる。今回の決定に際して、リー氏は自身のSNSに「ウォン氏と第4世代のチームはコロナ禍に際して国民の信頼を得るべく懸命に働いてきた」とした上で、「第4世代のチームは政府の最優先課題である国をより良く前進させることに注力しており、国民にはウォン氏とチームを全面的に支援し、彼らとともにシンガポールの明るい未来を創造して欲しい」と記している。ウォン氏も自身のSNSに「謙虚に、かつ強い使命感を持ってこの職責を受け入れ、全力を尽くすことを誓う」とのビデオメッセージを投稿するなどこれに応じている。ただし、リー氏は初代首相であったリー・クアンユー氏の長男としてPAP内における求心力を有したのとは異なり、ウォン氏は上述のように官僚出身であるなど政治的求心力に乏しく、自身を含めた第4世代による集団指導体制を通じた統治に変化していくことは避けられない。他方、同国は経済社会格差の拡大や急速に進む少子高齢化という構造問題を抱えるなか、ウォン次期政権は経済成長を実現しつつこれらの課題への対応を迫られるなど難しい対応を迫られることになる。来年11月までに実施予定の次期総選挙に向けては、前回総選挙で支持が低下したPAPの立て直しも急務となるなか、リー一族が政治の一線を離れるなかで同国政界は大きな変化を余儀なくされることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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