2024年度の株式市場で個人は売り手か?買い手か?

~新NISAスタートでも冷静さを失わず逆張りスタイルは変わらず~

佐久間 啓

前号の2024.4.9付Market Side Mirror「2024年度も株式市場で外国人買いは続くのか?」に続き、- その2 – として、新NISAスタートで注目の集まる「個人」の株式売買動向について考えてみたい。

データによれば2023年度の個人は38,165億円の売り越し。2021年度、2022年度と1984年度以降初めて2年連続買い越しとなり、ようやく個人にも株式投資が日常になる日がくるかと思われたが一転、3年ぶりの売り越しとなった。尤も個人は1984年度以降、1990年度、2009年度、2021年度、2022年度の4回しか買い越したことのない“株式売り主体”なので驚くことではないのかもしれない。逆に、2021年度、2022年度と2年連続買い越しとなったことの方が驚きで、遂に売り主体からの変身?潮目は変わったのか?とも考えられたが、2023年度が比較的大きな売り越しとなったことからそうした期待は一旦打ち砕かれた格好だ。

個人は売り越し主体ではあるものの、当然“売り注文”しか出さないわけではなく市場で買ったり売ったりしている。全体の売り買いのグロス金額(委託取引)は2023年度2,011兆4,523億円と初めて2,000兆円を超えて2020年度以降4年連続で過去最高を更新している。- その1 -で見た通りグロス取引のシェアは外国人が66.7%と圧倒的だが、個人も26.2%と外国人に次ぐシェアを占めている。個人は1980年代までは30%を超える存在感を示していた。1990年代以降、外国人の存在感が高まる裏で売買シェアは低下してきたものの、最近は、市場動向次第で若干の上下はあるが、20%台前半を維持している。個人は売り越し基調が続いており株式市場から撤退する人も多いと考えられるが、市場全体の売り買いのグロス金額が過去最高を記録する中で、ある程度の売買シェアを維持できているということは着実に新しい投資家層が増えているということかもしれない。

個人の売買動向は“下がれば買い上がれば売り”の所謂逆張りが特徴と言われる。そこで2000年1月以降の日経平均株価の月次騰落率と個人の差引き売買動向の相関係数(0を中心に±1に近い程相関が強い)を見てみると▲0.62(マイナスは逆相関)、相場が大きく動き出した2013年1月からでは▲0.73となり、確かに“下がれば買い上がれば売り”の逆張りの投資行動がよく見られることが分かる(因みに2023年度の週次データで試算すると▲0.88)。 外国人投資家のそれは、それぞれ+0.55、+0.44(現物取引+先物取引では+0.70、+0.63)と、個人とは真逆の所謂“順張り”。2つの投資主体で市場取引の90%以上を占めるが、その2つが真逆の投資スタイルというのは日本市場の特徴の一つだろう。

また、個人の売買動向は現金取引と信用取引に分けられるが、過去の動きをみると基本、信用取引が買い越し、現金取引が売り越しとなっている。グロスの取引量でみると個人は現金取引より信用取引のボリュームが圧倒的に大きく、先述の個人の取引シェア26.2%のうち現金取引が8.0%なのに対し信用取引は18.2%もある。個人の株式取引の約7割が信用取引だ。最近では2020年のコロナショックによる急落からの回復過程で信用取引が拡大、その後も活発な取引が続いている。2021年、2022年と2年連続で買い越しとなったのも安定的な信用取引の買い越しが続いたことが一つの要因と言えるだろう。

2005年以降の信用取引残高(信用買い残高-信用売り残高)の推移をみると、残高3兆円が長く天井として頭を押さえていたが、信用買い残高の増加により2024年入り後、明確に壁を上回ってきている。日経平均株価が過去最高値を更新する中で押し目を積極的に拾う動き(逆張りの買い)が活発になっているようだ。

2024年1月より新NISAがスタートしている。金融庁の資料によれば2023年12月末時点(速報値)のNISA口座数は一般NISAが1,161.9万口座、つみたてNISAが974.1万口座、合わせて2,136万口座ある。この口座は基本的に新NISAに移行されることから、2024年に入り、「成長投資枠」240万円/年、「つみたて投資枠」120万円/年、合わせて360万円/年の非課税投資枠を持つ口座が2,136万口座誕生したことになる。単純計算で、制度変更がなければ「一般NISA」120万円/年×1,161.9万+「つみたてNISA」40万円/年×974.1万=17兆8,392億円の年間非課税投資枠が、新NISA導入により360万円×2,136万=76兆8,960億円と非課税投資枠が4.3倍に拡大している。新規の口座開設もあり年間投資枠は更に大きくなることが予想される。

2023年の年間投資枠(一般+つみたて)での買入は54,096億円(速報値)、年間投資可能枠に対する消化率は32%程度と計算される。年間非課税投資枠が単純計算で4.3倍に拡大して対枠消化率に大きな変化がなければ2024年に25兆円程度の資金が新NISAを通じて証券市場に投入される計算になる。ただし非課税期間恒久化、非課税保有限度額の拡大といった制度変更により既存の課税口座からの移し替えの拡大も考えられるので、25兆円がすべて新規資金として投入されるわけではない。そもそも“枠”が拡大しただけで資金が用意されたわけではなく、枠が拡大したからといって“待ってました”とばかりに買入が単純に4倍になることも考えにくい。それでも新NISAが市場に与えるインパクトは大きく、関係者の盛り上がりもある意味当然だ。

2024年1月以降の個人の売買動向をみると、1月に▲9,370億円、2月に▲2,712億円と売り越した後、3月は2023年10月以来となる3,928億円の買い越しとなっている。この間の現金取引と信用取引の動きをみると、現金取引は1月▲13,631億円、2月▲7,579億円、3月▲2,319億円と売り越しが続く一方、信用取引は1月4,261億円、2月4,867億円、3月6,247億円と買い越しが続いている。日経平均株価は2023年12月末から2024年3月末までで、+6,905円、上昇率+20.6%と好調な相場展開であったことから、これまで見てきた通り、“逆張り”の個人は、積極的に売りを出したようだ。3月の買い越しも、信用取引の大幅買い越しによるところが大きい。3月の信用取引の買い越し額6,274億円は2013年以降でみて2023年9月の7,637億円に次ぐ2番目の買い越し額であり、相場の活況に合わせ個人の市場参加が熱を帯びてきていることを示している。

しかし、買い越しの続く信用取引は新NISAの対象外だ。信用取引の拡大は制度変更とは直接的な関係はない。新NISA対象の現金取引では売り越しが続いているが、期待された資金は株式市場に向かっていないのだろうか。
 1月以降、個人から高配当銘柄中心に相当量の買い注文が入っているという報道を耳にする機会も多く、間違いなく新NISA資金による個人の買いは増えているはずだ。個人の売買動向をグロスでみると、新NISAスタートの2024年1月以降、確かに買いの金額は増えている。それでも売り越しということは、それ以上に相場上昇による利益確定売りが多いということだが、問題はその売りの中身だ。もちろん史上最高値更新で相場上昇スピードも速かったことから、保有株式の利益確定売りを入れる向きが多かったはずだ。加えて新NISA制度に絡む売買も影響した可能性もありそうだ。

旧NISA枠で保有している証券は5年間の非課税期間を過ぎると課税口座に移管されることになる。特定の銘柄をそのまま非課税で保有を継続したい場合は非課税期間内に旧NISA口座で一旦売却し、新NISA口座で買い直す必要がある。旧NISAの非課税期間内に売却すれば売却益も非課税となる。こうした制度設計から、2020年に買い入れた株式等は5年の非課税期限の2024年中に売却し、新NISA口座で買い直せば売却益も非課税となりそのまま保有を継続できることになるため、相場が大きく上昇した1月~3月に入れ替えの売買が増えた可能性もあるということだ。2021年に買い入れた分は2025年、2022年分は2026年、2023年分は2027年までに売却すれば非課税となるため、このタイミングで必ずしも売却する必要はないが、相場上昇スピードが速かったこともあり前倒しで売却する向きも多かったと考えられる。

新NISAスタートで買いは増えているが“個人投資家”という括りでみれば“現物取引は売り越し、信用取引は買い越し”、“上がったら売り、下がったら買いの逆張りスタイル”にはまだ変化は見られない。新NISAでの盛り上がりを期待した向きにはやや肩透かしの動きかもしれないが、史上最高値更新というイベントに対しても冷静にこれまで通りのスタイルで対応しているとも言える。
 投信の動向をみると、多くの個人投資家の関心は完全に“外”に向いているのが現実であるが、国内株式市場でのグロスの売買高も確かに増えつつある。株式市場が結果を出し続ければ個人投資家の関心も高まり、確かな買い手としての存在感を示すはずだ。新NISAスタートの盛り上がりを契機にどうやって“投資は非日常”から“投資は日常”という世界を実現していくのか、関係者全員の知恵と工夫が問われている。

以上

佐久間 啓


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