韓国中銀、物価、家計債務、不動産価格、ウォン相場に悩みは尽きず

~先行きの政策運営は「米FRB次第」、利下げ後ズレ観測で自律的な調整は一段と困難な展開~

西濵 徹

要旨
  • 韓国で10日に行われた総選挙では尹政権を支える保守系与党が惨敗し、大統領と国会のねじれ状態が続くこととなった。惨敗した要因は山積するが、インフレが長期化するなかで生活必需品を中心にインフレが再燃しており、ウォン安による輸入インフレ懸念もくすぶる。他方、中銀の金融引き締めを受けて不動産価格は頭打ちが続く一方、家計債務は高止まりするなどリスク要因となる懸念もある。こうしたなか、中銀は12日の定例会合で政策金利を10会合連続で3.50%に据え置いたが、先行きの政策運営を巡って見方を幾分緩和させる姿勢をみせた。しかし、同行の李総裁は先行きの政策運営は「米FRB次第」との考えを示すなど自律的な決定が難しいとの考えを仄めかしており、当面は現行姿勢を維持せざるを得ない状況が続こう。

韓国で今月10日に実施された総選挙では、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権を支える保守系与党の「国民の力」が惨敗を喫する一方、革新系野党の「共に民主党」は系列政党を併せて議席数を積み増すなど圧勝して大統領と国会のねじれ状態が続くこととなった(注1)。与党が惨敗を喫した背景には様々な要因が考えられるものの、ここ数年は不動産価格の急上昇を背景に社会経済格差が鮮明になるなか、コロナ禍一巡による経済活動の正常化の動きに加え、商品高と米ドル高も重なりインフレが昂進して国民生活を取り巻く環境が厳しさを増していることがある。中銀は物価と為替の安定を目的に一昨年後半以降に累計300bpもの利上げに動いたほか、商品高と米ドル高の一巡を受けてインフレは頭打ちに転じたものの、足下においても依然として中銀目標を上回る推移が続くなどインフレ収束にほど遠い状況が続いている。さらに、エルニーニョ現象など異常気象を理由に食料インフレの動きが顕在化しているほか、中東情勢の不透明感の高まりを理由に国際原油価格は底入れの動きを強めるなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。その上、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営を巡る見方を反映して米ドル高が再燃しており、足下の通貨ウォン相場は調整の動きを強めるなど輸入インフレ圧力が強まる懸念も高まっている。他方、コロナ禍後の経済活動の正常化や金融市場における『カネ余り』を追い風に急上昇した不動産価格は中銀による利上げ実施を受けて一転して頭打ちの動きを強めたものの、その後は下落ペースこそ鈍化するも足下においても下落の動きに歯止めが掛からない状況が続いている。韓国では家計部門が抱える債務残高のGDP比がアジア太平洋地域のなかでも突出している上、その大宗を住宅ローンが占めており、不動産価格の調整はバランスシート調整圧力に繋がりやすい上、金利上昇に伴う債務負担の増大も重なり家計消費の足かせとなる懸念が高まっている。よって、中銀内では2月の定例会合において政策委員の間で先行きの政策運営に対する見方が割れるなど(注2)、物価高と金利高の共存が長期化していることの弊害に警鐘を鳴らす動きがみられる。しかし、上述したように足下ではインフレ圧力に繋がる材料が山積するなか、中銀は12日に開催した定例会合で政策金利を10会合連続で3.50%に据え置く決定を行っている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「インフレ鈍化のペースは主要国の間でも異なる状況に直面している」とした上で、先行きも「主要国の金融政策を巡る動きや地政学リスクの影響を受ける」との見方を示しつつ、同国経済について「外需をけん引役に回復している」上で「今年の経済成長率は2月時点の見通し(+2.1%)をわずかに上回ると見込まれるが、景気回復の経路は主要国の金融政策やIT産業の動向、住宅ローンの再編動向の影響を受ける」との見通しを示している。また、物価動向について「緩やかな鈍化が見込まれるが、地政学リスクや国際原油価格、農産品価格の動向など不透明要因がくすぶる」とした上で、ウォン相場について「米ドル高や周辺国通貨の下落に歩を併せる形で調整が続いている」としつつ、家計債務について「住宅ローンの頭打ちの動きを反映して減少に転じている上、不動産価格も下落しているが、住宅ローンを巡るリスクはくすぶる」との認識を示している。そして、先行きの政策運営については「金融市場の安定に留意しつつ、景気安定と中期的な物価安定を目指す」との従来からの姿勢を示した上で、「不確実性が高くインフレが目標に収束すると確信するのは時期尚早」としつつ「物価の鈍化、金融市場や景気を巡るリスク、家計債務、主要国の金融政策、地政学リスクを注視しつつインフレ鈍化が確信出来るまで十分な期間に亘って抑制的なスタンスを維持する」としており、2月会合では『十分に長期間に亘って』としていた見方をやや緩和させたと捉えられる。会合後に記者会見に臨んだ同行の李昌鏞(イ・チャンヨン)総裁は、今回の決定も「全会一致」としつつ、「7人の政策委員のうち1人が向こう3ヶ月以内の利下げの可能性に留意すべきと発言した」と前回会合と同じ動きがあったことを明らかにする一方、「インフレ見通しを巡る不確実性が極めて高いなかですべての政策委員が年後半の政策運営を予見できず、インフレが高止まりすれば年内の利下げは難しいかもしれない」との見方を示している。その上で、「足下の原油価格は想定以上である」としつつ、「足下のウォン安は米ドル高に拠るものであり、経済のファンダメンタルズに対して調整の動きが早ければ必要に応じて安定化策を講じる」ものの「米FRBの利下げが後ズレすればウォン相場に影響を与える可能性があるなど注視する必要がある」との認識を示している。そして、「フォワードガイダンスの変更は来年になるだろう」との見通しを示すなど、米FRBの動向次第になるとの考えを示している。その意味では、同行が政策運営を自律的に決定する余地は限られるなかで当面は現行姿勢を維持せざるを得ない展開が続くであろう。

以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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