日銀の大規模金融緩和政策の終わりが近づく

~植田総裁記者会見と1月決定会合「主な意見」から投資家目線で読み解く~

佐久間 啓

日銀の大規模金融緩和政策の終わりが近づいている。日銀は2024年1月22日、23日に金融政策決定会合を開催。市場の一部には物価と賃金の好循環が見え始めておりマイナス金利の解除、或いは解除に向けたフォワードガイダンスの変更等があるのではとの思惑もあったようだが現行の金融政策を維持、文言の修正もなかった。注目された「展望レポート」では2024年、2025年の消費者物価(除く生鮮食品)の見通しをそれぞれ2.4%(前回2023年10月時の2.8%から下方修正)、1.8%(前回2023年10月時の1.7%から上方修正)としている。

決定会合後の記者会見で植田総裁は「先行き、賃金と物価の好循環が強まり、基調的な物価上昇率が2%に向けて徐々に高まっていく確度は、引き続き少しずつ高まっている」とし、その根拠として「物価上昇率の除く生鮮・エネルギーの方は、来年度も再来年度も1.9%くらいとなっていまして、2%に非常に近い値となっている。その姿は前回とあまり変わらないわけですけれども、まだ必ずしも自信が持てないというふうに申し上げていた中で、もう一回点検をしてみたら、同じような見通しが、中心的な見通しであるということになったという辺りが、一番見通しの確度が上昇したということの根拠」とした。

金融政策の転換が近づきつつあるなかで、以下総裁会見で気になった発言について投資家目線から整理しておきたい。

総裁は「賃金から販売価格への波及も、サービスを含む価格が緩やかな上昇傾向にあるということや、先日の支店長会議での報告などを踏まえると、賃金から販売価格への波及も少しずつ広がっている」という認識を示した。12月の決定会合後の記者会見で企業のスタンス、価格動向等について「データだけでなくヒアリング情報を含め、丹念に点検していくつもり」としていたが、1月11日に行われた支店長会議での各支店から地域経済の現状を踏まえても好循環実現の確度が上がったということになる。支店長会議に向けて収集された情報は「地域経済報告-さくらレポート」(表紙が桜色)として公表されている。これまであまり注目されてこなかったが、今後は貴重な情報源として注目が集まる可能性もあるだろう。

また、金融政策の正常化、マイナス金利の解除に際して、市場で金利が乱高下することは避ける必要があるが、解除にあたっての留意点は?という質問に対して「現時点での物価・経済・金融見通しを前提としますと、大きな不連続性が発生するような政策運営は避けられる」とした。この「不連続性は避けられる」という意味について、事実上終息させているがYCCの枠組みは残し金利の乱高下に備えるという意味だとする意見、閾値の前後で政策スタンスを大きく変えるのではなく物価・経済・金融情勢の変化に合わせて動かすので市場を混乱させるようなことはしないという意味だとする意見、解除後もインフレが加速していく状況ではなく一気に金利水準を引き上げるよことはないので不連続性は避けられるという意味だとする意見と様々だ。いずれにしても日銀は市場が混乱して金利が乱高下するようなことは避けたいし避けられると考えているということだ。

金利の乱高下というのは長期金利(債券市場)ももちろんだが、短期金利の乱高下の方が怖い。これまで無風だった短期金融市場で金利がマイナスからゼロ、プラス領域に変わっていくことで市場が混乱して必要な資金が確保しにくい、金利が急騰するというような状況は何としても避ける必要がある。日銀が「不連続性が発生するような政策運営は避けられる」と考えていることは市場に一定の安心感をもたらすものと言えよう。

政府はデフレ脱却について①消費者物価指数、②GDPデフレーター、③単位労働コスト、④GDPギャップを重視しているが、金融政策正常化を進めるに当たって足元マイナスの需給ギャップがしっかりとしたプラスに転換していくことが必要なのかどうか、それとも基調的に改善方向であればいいのかという質問に対し、「少し長い目でみれば、少しずつ上昇してきてゼロ近辺にいるというトレンドに大きな変化はないというふうにみていますし、これがはっきり大きくプラスにいかないと物価目標達成に到達しないのかといえば、そういうことはないというふうにみております」とした。

また今の日本経済がデフレ脱却という観点で最終段階にあるのか、そこの認識は?という質問に対し「私どもの政策の判断基準は、2%のインフレ率の持続的・安定的な実現というところです。デフレを文字通りとりますと、マイナスのインフレ率ということですので、そういう状況とは、もうかなり遠いところに現在来ている」とし、日銀としては物価と賃金の好循環による物価安定目標の実現が高い確度で判断できれば金融政策の正常化を進めることに障害はないという認識を示した格好だ。

他にも「実質賃金が足元でマイナスでも近い将来プラスに転じる見通しがあれば正常化を必ずしも妨げるものではない」、「全ての中小企業の賃金がみんなそこそこ上がらないと金融政策の判断ができないかというと、それはそうではなくて、大きなウエイトを持つ中小企業ですが、それが経済全体の平均の賃金の動きにどれくらい影響を与えるかというところを中心にみていくということになる」として足元の懸念材料も大きな障害ではないと考えているようだ。総じて1月23日の記者会見では今春闘の結果が想定通りに出てくればマイナス金利解除にGoサインを出せるのではという印象の会見内容だった。

1月26日には前回2023年12月18日、19日金融政策決定会合の議事要旨が公表されている。その中で「多くの委員がマイナス金利やイールドカーブ・コントロールの枠組みの解除を検討するためには、賃金と物価の好循環を確認し、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現が見通せるようになる必要があると改めて指摘」したうえで「何人かの委員は現時点では、急いで利上げをしないとビハインド・ザ・カーブに陥ってしまうという状況にはないと考えられる」とし「別の何人かの委員は出口を見据え、イールドカーブ・コントロールやマイナス金利政策について、その副作用や市場への影響も踏まえつつ、その在り方を検討していく必要があると指摘」しており、賃金と物価の好循環の見極めと枠組みの解除について慎重派と前向き派の間で活発な議論がかわされていたことが分かる。

そして本日1月31日には1月22日、23日金融政策決定会合の「主な意見」が公表された。この中でも物価安定の目標の実現が「十分な確度をもって見通せる状況にまで至っていない」とする意見はあるが、「確度は引き続き少しずつ高まっている」、「賃金と物価の好循環の実現の機運が高まっている」、「不確実性はあるものの、物価安定の目標の実現が見通せる状況になってきた」「賃金と物価の好循環実現の確度は更に着実に高まったと捉えられる」といった意見が目立ち、12月の決定会合と比べ前向き派の発言が目立っている印象だ。そうした目標実現の確度が高まりつつあるという状況の中で出口についての議論が始まったことが分かる。政策変更の順番、出口以降の金利パス、ETF、J-REITの買入枠の扱いと具体的な政策手段についての意見も交わされている。こうした議論があっての総裁記者会見なので政策転換は近いと感じさせる内容だったことも納得できる。日銀の大規模金融緩和政策の終わりは確実に近づいている。

市場では春闘の結果が見えてくる3月か4月の決定会合での政策転換がコンセンサスになりつつある。ただ少し長い目線で見れば3月でも4月でも大きな違いはない。市場の関心は解除後の金利パスに移っていくだろう。市場は先読みが大好きだ。“政策金利の天井はせいぜい0.5%?”、“1.0%は耐えられないだろう”とターミナルレートの議論が始まる。合わせて長期金利の居所を巡る議論も始まるだろう。コストプッシュから始まったインフレだが30年ぶりに賃金が動いたことの意味は大きいのかもしれない。金利の復活で短期金融市場、債券市場も“市場らしくなる”と期待したい。

日本国債主要金利
日本国債主要金利

以上

佐久間 啓


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