ニュージーランド、内・外需ともに下振れして2四半期ぶりのマイナス成長

~中銀は再利上げに追い込まれる公算後退も、ラクソン政権は景気重視姿勢を一段と強まる可能性~

西濵 徹

要旨
  • ニュージーランドでは、コロナ禍一巡による景気回復に加え、商品高や米ドル高も重なり過去2年以上に亘ってインフレは中銀目標を上回る推移が続く。中銀は物価抑制へ断続利上げに動く一方、年明け以降はインフレが鈍化しており、7月以降は様子見姿勢を維持している。中銀法改正に伴い中銀は物価抑制のみに注力出来るようになっているが、景気を無視することが出来ないなかで当面は様子見姿勢が続くであろう。
  • 昨年末から年明け直後にかけてテクニカル・リセッションに陥るも、その後は復興需要やインフレ鈍化が景気を下支えする動きが確認された。しかし、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率▲1.01%と再びマイナス成長に転じている。世界経済の減速が財輸出の重石となるほか、物価高と利上げの累積効果も重なり家計消費や企業部門の設備投資など内需も幅広く下振れしており、内・外需双方で減速が鮮明になっている。こうした動きを反映して生産活動も幅広く弱含む動きが確認されるなど、厳しい状況に直面している。
  • 中銀はインフレの粘着度を警戒しているが、足下の景気の弱さはインフレ圧力の後退を促すと期待される。足下のNZドル相場は中銀の再利上げが意識される一方で「米国次第」の展開が続いてきたが、再利上げの可能性が後退するなかでしばらくは一進一退のこう着状態が続く可能性が高まっていると判断出来る。

このところのニュージーランドでは、コロナ禍からの景気回復に加え、商品高と国際金融市場での米ドル高を受けた通貨NZドルによる輸入インフレも重なり、過去2年以上に亘ってインフレ率が中銀(NZ準備銀行)の定めるインフレ目標を上回る推移が続いている。中銀の金融政策を巡っては、コロナ禍対応を目的に利下げや量的緩和など異例の緩和に踏み切ったものの、コロナ禍を経た生活様式の変化に伴う不動産需要の拡大を反映して市況は急騰するなどバブル懸念が高まった。よって、一昨年以降に中銀は正常化に舵を切るとともに、その後も物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げに舵を切る難しい対応を迫られた。しかし、中銀の金融引き締めにも拘らずインフレは高止まりしており、物価高と金利高の共存が長期化して景気に冷や水を浴びせるほか、急騰した不動産市況も頭打ちに転じてバランスシート調整圧力が強まる懸念が高まった。さらに、年明け直後には記録的豪雨や巨大サイクロンの接近といった自然災害が相次いだため、昨年末から年明けにかけては2四半期連続のマイナス成長というテクニカル・リセッションに陥るなどスタグフレーションに直面した。他方、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きに一服感が出るなどインフレ圧力が後退しており、昨年は約30年ぶりの水準に加速したインフレ率も年明け以降は頭打ちの動きを強めている。よって、中銀は今年7月に2年間に及んだ利上げ局面を停止させており、その後は様子見姿勢を維持している。中銀は先月の定例会合において4会合連続の金利据え置きを決定するなど様子見姿勢を継続する一方、政策委員の間ではインフレ圧力の粘着度を警戒する向きに加え、不動産市況を巡る見方が分かれるなどインフレ見通しにバラつきが生じている様子がうかがえる(注1)。その上で、先行きの政策運営を巡って追加利上げに含みを持たせる考えをみせるとともに、先月発足したラクソン政権は中銀の付託権限の縮小を目的とする中銀法改正を政権公約に掲げており(注2)、昨日(13日)に国会において同法が可決されたことを受けて、今後の発効手続きを経て中銀は物価安定のみに注力することが可能となる。しかし、現実には中銀が景気動向を無視する形で政策運営を遂行することは困難と見込まれる上、足下では底打ちの兆しを見せてきた不動産市況が再び頭打ちの様相をみせるなど一進一退の動きをみせているほか、その動向は景気に影響を与えることに鑑みれば慎重な政策の舵取りを擁する状況は変わらない。よって、先行きの政策運営については長期に亘って現行の引き締め姿勢を維持する展開が続く可能性が高まっていると判断出来る。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 住宅販売価格(中央値)の推移
図 2 住宅販売価格(中央値)の推移

上述のように、昨年末から年明け直後にかけての同国景気は、物価高と金利高の共存に加え、自然災害が相次ぐ不幸も重なったことで2四半期連続のマイナス成長となるテクニカル・リセッションに陥ったものの、その後は復興需要の発現やインフレ鈍化による実質購買力の押し上げも重なりプラス成長に転じるなどテクニカル・リセッションを脱することに成功した(注3)。しかし、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率▲1.01%と前期(同+1.95%(改定値))から2四半期ぶりのマイナス成長となるなど足下の景気は再び躓いている様子がうかがえるとともに、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も▲0.6%と丸2年ぶりのマイナス成長に転じるなど頭打ちの様相を強めている。国境再開による移民流入の堅調さや、世界的な人の移動が活発化していることも追い風にサービス輸出は堅調な推移が続く一方、最大の輸出相手である中国景気の不透明感や世界経済の減速懸念が重石となる形で財輸出は下振れしており、全体としての輸出も減少している。他方、足下のインフレは鈍化して実質購買力の押し上げに繋がる動きはみられる一方、中銀による金融引き締めの累積効果が重石となる形で耐久消費財や余暇消費関連を中心に家計消費に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、住宅投資も下振れするとともに企業部門による設備投資需要も弱含む動きを反映して固定資本投資も減少するなど、全般的に内需も弱含んでいる。なお、内需の弱さを反映して輸入も下振れしているものの、輸出の減少ペースが輸入を上回る推移をみせていることを反映して、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで▲0.76ptと外需の低迷が景気の足を引っ張っている様子がうかがえる。他方、在庫投資による成長率寄与度は前期比年率ベースで+3.80ptと大幅プラスになったと試算されるなど在庫の積み上がりの動きが景気を下支えしているとみられるなど、足下の景気実態はみため以上に厳しいものと捉えることが出来る。また、分野ごとの生産動向を巡っても、外国人来訪者数の堅調さや金融取引の活況などを反映して一部のサービス業で生産が拡大する動きがみられるものの、家計消費をはじめとする内需の弱さは小売・卸売関連など幅広いサービス業の生産の足かせとなっているほか、商品市況の低迷や外需の弱さを受けて鉱業や製造業の生産も幅広く低迷する展開が続いている上、農林漁業関連の生産も力強さを欠く推移をみせている。よって、足下の景気は全般的に弱含んでいると捉えられる。

図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図 4 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 4 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

なお、中銀は先月の定例会合においてもインフレの粘着度を警戒する姿勢をみせているものの、足下の景気は想定以上に幅広く弱含んでいる様子が確認されたことは、先行きのインフレ圧力の後退を促すことが期待されるとともに、中銀にとっても再利上げの必要性が後退していることを示唆している。ラクソン政権は経済重視の姿勢をみせているが、足下の景気が予想外に下振れしていることが確認されたことで景気下支えに向けた動きが一段と意識されることが予想される。足下の通貨NZドル相場を巡っては、中銀が引き続きタカ派姿勢を維持する一方、国際金融市場における米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営に対する見方を反映した米ドル相場の動きに左右される展開が続いている。米FRBによる利下げが意識される動きがみられる一方、中銀による追加利上げ観測が後退する可能性を勘案すれば、当面のNZドル相場については一進一退のこう着状態が続く可能性が高いと見込まれる。

図 5 NZ ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図 5 NZ ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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