ニュージーランド景気はリセッションを脱するも、景気・物価に不透明要因山積

~総選挙は激戦必至の情勢、次期政権と中銀は難しい政策対応を迫られることは不可避の情勢~

西濵 徹

要旨
  • 昨年末から年明けにかけてのニュージーランド経済は、物価高と金利高の共存に加え、自然災害の頻発も重なりテクニカル・リセッションに陥るなど景気は頭打ちした。その後は復興需要の発現やインフレの頭打ちも重なり、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.46%と3四半期ぶりのプラス成長に転じた。しかし、外需底入れの動きが景気を下支えする一方、内需は公的需要への依存度を強めており、家計消費は力強さを欠く展開が続く。分野別の生産動向も内需の弱さや主力産業の農林漁業の低迷が示唆されるなど、景気は底入れが続くも、その実態は見た目に比べて厳しい状況にあると捉えることが出来る。
  • 来月の総選挙に向けて与党・労働党の支持率は低迷する一方、野党・国民党の支持率は堅調な推移が続き、ラクソン党首の支持率はヒプキンス首相を猛追するなど激戦が予想される状況にある。足下のインフレは頭打ちするも依然高止まりしており、商品市況は底打ちするなどインフレの再燃に繋がる動きが顕在化している。中銀は利上げ打ち止めを示唆するなか、金融市場では米ドル高圧力が再燃するなかでNZドル相場の上値が抑えられるなど輸入インフレに繋がる可能性もある。総選挙の行方は中銀人事に影響を与える一方、政府・中銀にとっては先行きも難しい政策の舵取りを迫られる展開が続くことが予想される。

昨年末から年明けにかけてのニュージーランド経済を巡っては、物価高と金利高の共存に伴い家計消費をはじめとする内需の重石となる動きが顕在化するとともに、年明け直後には記録的豪雨やサイクロンの接近など自然災害が頻発したことも重なり、2四半期連続のマイナス成長となる『テクニカル・リセッション』に陥るなど景気は頭打ちしてきた。その後、政府はサイクロン被害からの緊急復興対策を目的に財政出動に舵を切る動きをみせているほか、昨年末にかけて30年ぶりの高水準で推移したインフレ率も年明け以降は頭打ちしており、中銀も7月の定例会合で約2年に及んだ利上げ局面の停止に舵を切るなど、同国経済を取り巻く環境に変化の兆しがうかがえる。こうした状況を反映して、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.46%と前期(同▲0.03%(改定値))から3四半期ぶりのプラス成長に転じるなどテクニカル・リセッションを脱したことが示されている。ただし、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率は+1.8%と前期(同+2.2%)から伸びが鈍化しているものの、これは昨年の4-6月が外需をけん引役に景気底入れの動きが加速した反動が影響したことがある。事実、実質GDP(季節調整値)の水準はコロナ禍以降で最も高い水準となっており、同国景気は着実に底入れの動きが進んでいることは間違いないと捉えられる。内訳をみると、緊急復興対策を追い風に政府消費が押し上げられるとともに、公的部門を中心とする復興需要の発現を反映して固定資本投資も大幅に押し上げられるなど景気を下支えしている。さらに、国境再開による外国人観光客数の底入れの動きに加え、隣国の豪州向けや米国向けなどを中心に財輸出に底堅い動きがみられることを反映して輸出は3四半期ぶりの拡大に転じるなど景気を押し上げている。一方、物価高と金利高の共存状態が続くなか、自然災害からの復興需要の発現の動きは早くも一巡して家計消費は力強さを欠いており、こうした動きを反映して輸入の減少ペースは加速している。結果、純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は+4.8ptと成長率そのものを大きく上回る水準となっており、足下の景気は見た目ほど良いものではないと捉えることも出来る。分野別の生産動向を巡っても、外国人来訪者数の底入れの動きを反映して観光関連や運輸関連の生産に堅調さがうかがえる一方、家計消費が力強さを欠いていることを受けて小売関連の生産は弱含む推移が続くなど、サービス業の間でも跛行色が鮮明になっている。サービス業以外では、輸出の堅調さを反映して鉱業部門の生産は拡大傾向が続いている上、製造業も復興需要の発現を反映した設備関連の生産に底入れの動きがみられるものの、金利高の長期化を受けた住宅需要の弱さを受けて家具など耐久消費財のほか、関連するすそ野産業の生産も弱含んでいる。さらに、自然災害の影響が尾を引く形で主力産業の農林漁業関連の生産も弱含んでおり、足下の景気は極めて厳しい状況にあると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
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なお、同国では来月14日に次期総選挙の実施が予定されており、選挙戦は残り3週間強と佳境を迎えているものの(注1)、先週発表された最新の世論調査においても最大野党の国民党に対する支持率が政権与党の労働党に対して10pt程度上回る推移が続いており、ヒプキンス政権、及び労働党は苦戦が避けられない状況にある。与党の労働党が支持率低下を招いている背景には、上述のように昨年末から年明け直後にかけての景気が頭打ちの動きを強めていることに加え、閣内においてナッシュ前警察相とウッド前移民相が相次いで金銭スキャンダルを理由に辞任したほか、ヒプキンス首相に次ぐ次世代リーダーを目されたアラン前法相が飲酒運転で事故を起こした上、警察官による同行要請を拒否したことが明らかになり、結果として閣僚辞任と総選挙への不出馬に追い込まれるなど閣僚人事を巡る問題が露呈したことも影響している。他方、労働党に対する支持率は低下する一方でヒプキンス首相自身に対する支持は比較的底堅く推移しており、次期首相に相応しい人物を巡っては国民党のラクソン党首を上回る推移が続いてきた。これは、ヒプキンス首相が44歳と若さを売りにしてきたことに対して、ラクソン氏は53歳と一回りほど上である上、ラクソン氏自身が国民党のなかで右派色が強く、中道派の間に忌避感が根強いことが影響しているとされた。しかし、最新の世論調査では次期首相に相応しい人物を巡ってラクソン氏とヒプキンス氏が同率となるなど猛追する動きが確認されており、景気低迷が長期化するなかで経済界出身のラクソン氏は長らく企業経営に携わるなど、経済の立て直しが急務になるなかで期待を集めている模様である。とはいえ、インフレ率は頭打ちに転じるも依然として中銀目標を大きく上回る推移が続いている上、足下では主要産油国による自主減産に加え、農産物の禁輸の動きが広がるなど商品市況は底入れの動きを強めており、インフレ圧力の再燃に繋がる兆しが顕在化している。総選挙に際しては、与野党双方の間で中銀が『政争の道具』と化す動きもみられるなか(注2)、選挙戦の行方に拘らず先行きも中銀は政策運営を巡る難しい舵取りを迫られる展開が続くであろう。他方、足下の国際金融市場においては中銀の利上げ打ち止めが意識される一方、米FRB(連邦準備制度理事会)による追加利上げが意識されるなかで通貨NZドルは米ドルに対して上値が抑えられる展開が続いており、商品市況の底入れの動きと相俟って輸入インフレを招く可能性もくすぶる。足下の景気は表面上ながら堅調さが示唆される内容となったことで、中銀はインフレ抑制に向けて長期間に亘って高水準で維持する必要性も意識されるなか、次期政権と中銀の次期指導部は引き続き難しい政策対応を迫られる展開が続くであろう。

図表3
図表3

図表4
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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