インド中銀、5会合連続で金利据え置き、総選挙へ物価抑制が至上命題に

~食料インフレの懸念がくすぶるなか、政府も中銀もなりふり構わぬ姿勢を強める可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のインドでは、景気回復の動きに加えて商品高とルピー安が重なりインフレが昂進したため、中銀は大幅利上げを余儀なくされた。しかし、商品高と米ドル高一服によりインフレは一旦鈍化し、中銀は利上げ局面を終了させている。他方、足下では雨季の少雨の影響で食料インフレ圧力が強まる動きがみられる。政府は来年の総選挙を見据え、ロシア産原油の輸入拡大やコメの禁輸などに動くなど物価安定に向けてなりふり構わぬ姿勢をみせる。足下のインフレは食料価格の動向に揺さぶられる展開が続くなか、中銀は8日の定例会合において5会合連続で金利を据え置き、物価安定に断固とした措置を採る姿勢をみせる。なお、7-9月のGDPが想定を上回ったことを受けて今年度の成長率見通しを上方修正する一方、物価見通しを据え置き、リスクは均衡しているとの認識を示す。ただし、多くの新興国では米ドル安に伴い通貨高の動きが顕在化するも、ルピー相場は最安値圏で推移する奇妙な展開が続く。当面は総選挙を意識した政策運営が展開されるなか、政府、中銀ともになりふり構わぬ姿勢を強める可能性に注意を払う必要があるとみられる。

昨年のインドは、ウクライナ戦争を機にした商品市況の高騰や、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ルピー安に伴う輸入インフレ圧力の高まりに加え、コロナ禍一服による経済活動の正常化の進展も重なり、インフレが中銀(インド準備銀行)の定める目標を上回る水準に加速する事態に見舞われた。こうした事態を受けて、中銀は昨年5月に緊急利上げに舵を切るとともに、その後も物価と為替の安定を目的に断続利上げに動くなど、大幅利上げを余儀なくされた。なお、ロシアによるウクライナ侵攻を理由に欧米などはロシアへの経済制裁を強化する一方、インドは原油消費量の7割を海外からの輸入に依存しており、原油高に伴うインフレを軽減すべくロシアから割安な原油輸入を急拡大させるなど『国益重視』の姿勢をみせた。こうした動きに加え、昨年末以降は商品高や米ドル高の動きが一巡するなどインフレ要因が後退しており、年明け以降のインフレは頭打ちの動きを強めて中銀目標の域内に回帰したため、中銀は今年4月に1年弱に及んだ利上げ局面を休止させるとともに、その後は様子見姿勢を維持している。一方、今年のインドは雨季(モンスーン)の雨量が8年ぶりの低水準となったことを受けて、穀物をはじめとする農産品の雨季作(カリフ)の生産量は前年を下回るなど供給懸念が高まり、その後は穀物や生鮮食料品を中心に価格が上昇する事態に直面した。同国では来年4~5月にかけて連邦議会下院(ローク・サバー)総選挙が予定されるなか、インフレ動向は選挙の行方に影響を与えることが懸念されるため、総選挙後の政権3期目入りを目指すモディ政権は高級品種のバスマティ米以外の白米の輸出禁止、タマネギ輸出への高関税賦課などにより国内向けの供給を優先させて物価安定を目指すなどなりふり構わぬ姿勢をみせている。さらに、国際金融市場において米ドル高の動きが再燃してルピー安が懸念される事態となったことを受けて、中銀は為替安定を目的に積極的な介入に動くなど、物価安定に向けて政策ツールを総動員する動きをみせてきた。こうした動きも追い風に、一時的にインフレが再加速する動きがみられたものの、その後は再び頭打ちして中銀目標の範囲内に収まる動きをみせており、一見するとインフレは収束しているようにみえる。足下においては世界経済の減速が意識されるなかで国際原油価格は一段と頭打ちの動きを強めており、エネルギー価格の下落に繋がることが期待されるものの、中銀による積極介入にも拘らずルピーの対ドル相場は最安値圏で推移する展開が続くなど輸入インフレ圧力がくすぶる状況は変わらない。他方、川上の段階に当たる卸売物価の動きをみると、夏場にかけて急上昇したトマト価格は落ち着きを取り戻すも、タマネギや豆類の価格は引き続き上昇に歯止めが掛からないほか、コメの価格も上昇が続いており、依然として食料インフレ圧力がくすぶる状況は変わらない。こうしたなか、中銀は8日に開催した定例会合において政策金利(レポ金利)を5会合連続で6.50%に据え置くとともに、政策の方向性も「景気下支えに配慮しつつ、インフレ目標への収束を確実にすべく金融緩和の解除に注力する」との方針を維持している。なお、今回の決定に際しても金利据え置きは全会一致となる一方、政策の方向性については「5(維持)対1(留保)」と引き続き票が割れる展開が続いている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「地域ごとに異なるペースながら減速が続いている」との見方を示す一方、同国経済について「底堅く推移している」とした上で、先行きについても「製造業の堅調さや建設需要の旺盛さ、地方経済の緩やかな回復が続く」として「今年度の経済成長率は+7.0%になる」と従来見通し(+6.5%)から+0.5pt上方修正している。一方、物価動向について「足下では野菜やエネルギーの価格下落に加え、幅広くインフレ緩和の動きが確認されている」とした上で、先行きは「食料インフレを巡る不確実性やベース効果がインフレの上振れ要因になる」としつつ「今年度のインフレ率は+5.4%になる」と従来見通しを据え置いている。その上で、景気及び物価を巡るリスクについては「均衡している」との見方を示している。他方、「コアインフレの鈍化の動きはこれまでの金融政策の効果を示唆しているが、食料インフレの再燃がディスインフレプロセスを阻害してインフレ期待に悪影響を与えることが懸念される」とした上で、「食料インフレの動向を注視する」としている。そして、政策運営について「インフレ期待の安定に向けて積極的なディスインフレ政策の継続が必要である」とした上で、先行きについて「状況が許せば適時適切な政策措置を講じる用意があり、断固としてインフレ期待の固定化に取り組む」と再利上げに含みを持たせている。また、会合後にオンライン会見に臨んだ同行のダス総裁は、足下の同国経済について「堅牢且つ成長のモメンタムを維持している上、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は力強く、安定成長に適した状況にある」との認識を示している。なお、7-9月の実質GDP成長率は前年比+7.6%と高成長が続いている様子が確認されたものの、季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率はわずかながらマイナス成長になったと試算されるなど、その実態は『足踏み状態』と判断出来る(注1)。一方、物価動向について「不透明な食料品価格の動向の影響を受けるなか、乾季作(ラビ)の動向を注視する必要がある」とした上で、「国際的な砂糖価格の上昇の動きが懸念される」としつつ「積極的な供給サイドでの介入は食料品価格の抑制に繋がる」として、政府による事実上の禁輸措置を評価する姿勢をみせる。また、足下のルピー相場について「経済の堅牢さを反映したもの」との見方を示しているものの、他の新興国においてはこのところの米ドル安に伴い自国通貨高の動きが顕在化しているにも拘らず、ルピー相場は依然として最安値圏で推移する展開が続く奇妙な状況にある。先月に実施された総選挙の前哨戦となる州議会選においては、モディ政権を支える与党BJP(インド人民党)の強さが改めて確認されたものの(注2)、食料品価格の行方はインフレ動向、ひいては選挙戦の行方にも影響を与えることが懸念されるなか、今後も政府、中銀はなりふり構わぬ姿勢を強める可能性に注意する必要がある。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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