リーダーは経済成長に重要か?

~個別政策に及ぼす影響は大きいと考えられるが、過度な期待は禁物~

前田 和馬

要旨
  • 2024年米国大統領選の投開票日まで1年を切った。先行きの米国経済の動向を占ううえで「誰が大統領になるか」を重要視する見方は多い。
  • 実際、幾つかの既存研究は国のリーダーと経済成長に有意な関係性を見出している。また、個別の政策決定は政治家のバックグランドに大きく依存しうる。
  • とはいえ、経済成長の決定要因は多岐にわたるほか、国のリーダーが政策を完全に裁量的に決定できるわけではない。このため、リーダーの役割を過度に期待し過ぎることには注意が必要だろう。

2024年米国大統領選の投開票日(2024年11月5日)まで1年を切った。市場関係者の間では各候補者の政策スタンスに対する関心が強まっており、今後の米国経済の動向を占ううえで「誰が大統領になるか」を重要視する向きは多い。一方、経済成長を担うのはあくまで民間部門であり、政府の果たす役割は限定的との見方もある。

そもそも、大統領や首相といった国家のリーダーと経済成長に明確な関係性はあるのだろうか。

Jones and Olken(2005)はこうした疑問に答える代表的な研究の一つである。同論文は国家のリーダーが在職中に亡くなった世界の57の事例に関して、その前後におけるGDP成長率やインフレ率の動向を調査している。不況時に政権交代が生じやすいなど経済と政治は相互に影響しあうのが一般的だが、経済動向と無関係なリーダーの交代事例を調べれば、リーダーが一国経済に及ぼす影響のみを抽出できると考えられる。同論文では分析の結果、リーダーの死はその後数年の経済成長率やインフレ率に影響を与えており、特にリーダーの権限が強い独裁国家ではこうした影響が大きくなると指摘する。同論文よりもサンプル数を拡張したBesley et al.(2011)では、教育レベルの高いリーダーの自然死がその後の経済成長率の低下に繋がると結論付けている(注1)。他方Funke et al.(forthcoming)では、ポピュリストとみられるリーダーはその国の一人当たりGDPを長期的に10%低下させると述べている。

リーダー次第で一国の経済成長率が変化しうる場合、リーダーによる政策決定とその実行体制が経済への主な波及経路として考えられる。多くの先行研究は、個別の政策決定・推進が政治家のバックグランドやその支持層に大きく依存することを示している(注2)。例えば一国の外交政策を巡っては、冷戦期間においてCIAのサポートを受けた国家指導者は、米国からの(比較優位でない製品の)輸入を増加させ、対米貿易収支を悪化させるとの研究結果がある(Berger et al.(2013))。また米国の議員レベルで見ると、娘を多く持つ父親議員は人工中絶などの女性の権利を巡る問題に関してリベラルな投票行動を示す一方(Washington(2008))、徴兵対象の息子を持つ議員は、同年齢の娘を持つ議員と比較し、徴兵関連法案への賛成率が1割程度低下すると指摘されている(McGuirk et al.(2023))。他方地方自治レベルでは、Nye et al.(2015)が米国の大都市を対象に、黒人の市長在任中には公務員などの黒人雇用が白人よりも増加すると指摘する(注3)。

とはいえ、リーダーがマクロ経済に及ぼす影響を期待し過ぎることには注意が必要かもしれない。そもそも上記の研究を含め、リーダーとマクロ経済の関係性を分析する際に、世界経済の動向や一国の景気循環などリーダー以外の経済的要因をコントロールするのは容易なことではない(注4)。長期的な経済発展の決定要素を巡っては、文化や組織、地理的条件、或いは遺伝などの様々な要因を指摘する研究が存在する(注5)。G7諸国におけるリーダーの平均在任年数は、日本やイタリアでは約2年、その他の国では5-8年程度であり(図表1)、こうした任期で一国の様々な経済的・社会的要因を変化させるのは難しい。加えて、民主主義国家における立法権は主に議会にあり、リーダーによる政策決定は与党内、或いは与野党のパワーバランスによる制約を受けることが多い。

2024年においては、1月に台湾総統選、3月にロシア大統領選、春にインド総選挙、9月に自民党総裁選、11月に米国大統領選のほか、2024年~25年1月にはイギリス総選挙など、主要国では多くの政治イベントが予定されている。各国及び世界の経済動向を占ううえでは、各リーダー候補の経済政策が重要であるのは確かだが、これまでの経済トレンドを大転換させるのは容易ではないことにも留意する必要があるだろう。

図表1
図表1

以上

【注釈】

  1. Jones and Olken(2005)は1945-2000年における77のリーダーの自然死・事故死の事例からデータの取得が困難、或いは在任期間が短い事例を除外している一方、Besley et al.(2011)は1875-2004年における215のリーダーの自然死を対象に分析を行っている。

  2. 金融政策に関しては、Malmendier et al.(2021)はFOMCメンバーがこれまでの人生において経験したインフレ率が、FRBのインフレ予想や政策決定の判断に影響することを指摘している。

  3. このほか、Chattopadhyay and Duflo(2004)はインドにおける首長のジェンダーと公共財供給の関係性を分析し、女性村長は農村部女性が必要とする水道等のインフラに多くの投資を行うと指摘している。

  4. また、上記のような「興味深い」研究結果は一流の学術誌に掲載されやすい一方(Brodeur et al.(2016))、有意な関係性を発見できなかった分析結果は注目を集めにくい。

  5. 経済成長との関係性を巡っては、文化に関してはNunn(2021)、組織はAcemoglu et al. (2005)、地理的要因はFernandez-Villaverde et al.(2023)、遺伝はAshraf and Calor(2013)などをそれぞれ参照。

【参考文献】
Acemoglu, Daron, Simon Johnson, and James Robinson, (2005). “The Rise of Europe: Atlantic Trade, Institutional Change, and Economic Growth," American Economic Review, 95(3), 546-579.

Ashraf, Quamrul and Oded Galor, (2013). “The ‘Out of Africa' Hypothesis, Genetic Diversity and Comparative Development," American Economic Review, 103(1), 1-46.

Berger, Daniel, William Easterly, Nathan Nunn, and Shanker Satyanath, (2013). “Commercial Imperialism? Political Influence and Trade during the Cold War,” American Economic Review, 103(2), 863-896.

Besley, Timothy, Jose G. Montalvo, and Marta Reynal-Querol, (2011). “Do Educated Leaders Matter?” The Economic Journal, 121(554), 205-227.

Brodeur, Abel, Mathias Lé, Marc Sangnier and Yanos Zylberberg, (2016). “Star Wars: The Empirics Strike Back,” American Economic Journal: Applied Economics, 8(1), 1-32.

Chattopadhyay, Raghabendra and Esther Duflo, (2004). “Women as Policy Makers: Evidence from a Randomized Policy Experiment in India,” Econometrica, 72(5), 1409-1443.

Fernandez-Villaverde, Jesus, Mark Koyama, Youhong Lin, and Tuan-Hwee Sng, (2023). “The Fractured-Land Hypothesis," The Quarterly Journal of Economics, 138(2), 1173-1231.

Funke, Manuel, Moritz Schularick, and Christoph Trebesch. “Populist Leaders and the Economy,” American Economic Review, forthcoming.

Jones, Benjamin and Benjamin Olken, (2005). “Do Leaders Matter? National Leadership and Growth Since World War II,” The Quarterly Journal of Economics, 120(3), 835-864.

Malmendier, Ulrike, Stefan Nagel, and Zhen Yan, (2021). “The making of hawks and doves,” Journal of Monetary Economics, 117, 19-42.

McGuirk, Eoin F., Nathaniel Hilger, and Nicholas Miller, (2023). “No Kin in the Game: Moral Hazard and War in the US Congress,” Journal of Political Economy, 131(9), 2370-2401.

Nunn, Nathan, (2021). “History as Evolution,” Handbook of Historical Economics, Alberto Bisin and Giovanni Federico (eds). North Holland, 41-91.

Nye, John V.C., Ilia Rainer, and Thomas Stratmann, (2015). “Do Black Mayors Improve Black Relative to White Employment Outcomes? Evidence from Large US Cities,” The Journal of Law, Economics, and Organization, 31(2), 383–430.

Washington, Ebonya L., (2008). “Female Socialization: How Daughters Affect Their Legislator Fathers,” American Economic Review, 98(1), 331-332.

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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