世界経済を読み解く『2024年にインフレへの勝利宣言なるか』

前田 和馬

目次

不安定だった2023年の世界情勢

2023年は世界情勢が大きく不安定化した1年であった。2月に中国の偵察気球がアメリカを飛行、6月はロシアの民兵組織「ワグネル」が反乱しモスクワへと進軍、10月にはガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」がイスラエルへと大規模攻撃を実施した。本稿執筆時点において、ガザにおけるイスラエル・ハマスの衝突は予断を許さない状況にあるほか、ロシア・ウクライナ戦争も長期化の様相を呈している。

それではこうした予想外の出来事のなかで、2023年の世界経済はどうだったか?総じて、大きな波乱はなかった。国際通貨基金(IMF)が3か月ごとに公表する「世界経済見通し」を見ると、23年1月時点における同年の世界経済成長率は+2.9%の予想だった。一方、直近10月時点の予想は+3.0%であり、この1年間でほとんど変化がない。この背景には、地政学リスクは高まったものの、原油価格やサプライチェーンへの影響が限定的に留まったことがある。

バラつき始める各国の景気動向

2023年の世界経済は「インフレ」「利上げ」「景気減速」が主要テーマだった。世界各国で物価が高騰するなか、多くの中央銀行は利上げを継続した。この結果、世界的にインフレ率は減速する一方、住宅価格が下落するなど景気の減速感が強まっている。

こうした世界経済のストーリーにサプライズはなかったが、ここ1年の国・地域別の状況を見ると、想定外な部分も多少ある。米国では金融引締めの影響が思ったよりも現れず、消費は底堅さを示している。一方、ユーロ圏や中国の景気には弱さが見られる。ドイツ経済は、エネルギー高による個人消費の低迷を背景に、2023年通年でマイナス成長へ陥った可能性がある。他方、中国では大手不動産会社のデフォルト危機が相次ぐなど、不動産市況の悪化が景気の重石となっている。

このように各国の景気状況がバラつき始めたのは、コロナからの経済活動の正常化(サービスの急回復)が終了したことの裏返しでもある。個別国の構造的な問題が好不況に現れやすく、長期的な成長の源泉である生産性やイノベーションが重要となる局面に戻ったといえる。

インフレ減速と利下げ

前述のIMF見通しによると、2024年の世界経済成長率の予想は+2.9%である。米国は学生ローンの返済再開や利上げ効果の発現を背景に前年から減速する一方、ユーロ圏は景気の持ち直しを見込む。ちなみにこの成長率は2010-19年平均の+3.8%を大きく下回る。インフレ率や金利水準は歴史的に高い水準に留まり、高インフレが家計の実質購買力、高金利は設備投資や住宅需要をそれぞれ抑制し続けると考えられている。

とはいえ、これらの影響が徐々に緩和に向かうというのが、2024年のメインシナリオだ。足下の各国データではインフレ率が低下を続けており、金融市場はインフレ収束への確信を強めている。そもそも、昨今の物価上昇要因として指摘されてきたのは、中国等のロックダウンによるサプライチェーンの混乱や、ロシアのウクライナ侵攻による原油価格の急騰などである。こうした要因は概ね正常化しつつあり、大半の国でインフレのピークは過ぎさった。

インフレが主要国の目標である2%へ向かい、「インフレに対する勝利宣言」が近いのであれば、現在の政策金利水準は高すぎるとの見方が強い。このため、2023年で利上げは打ち止め、2024年半ばにはFRBやECB等の主要中銀が利下げに踏み切ると市場では予想されている。

リスク要因:インフレ再燃、中国経済

もちろん、こうしたメインシナリオに対しては幾つかのリスクが挙げられる。

最も警戒が必要なのはインフレ高止まりリスクだろう。インフレ率は低下傾向にあるものの、パウエルFRB議長が指摘するように「依然高すぎる」のが現状だ。そもそも、2024年における先進国のインフレ率予想(IMF)は+3.0%であり、2%目標の達成にはまだ距離がある。各国中銀が利下げに転じるとのシナリオは、インフレが2%への歩みを止めた瞬間に崩れてしまう。

特に日米欧における深刻な人手不足は、インフレ再燃を起こしうる。各国の失業率は歴史的に低い水準にあり、労働市場のひっ迫は賃金水準、そしてインフレの構造変化を促すかもしれない。また、エネルギー価格の急騰が再びインフレを加速させる可能性も排除出来ない。中東情勢が早期に落ち着く望みは薄いだろう。

インフレ再燃が顕在化する場合、追加の利上げ、或いは高金利の長期化が予想される。このシナリオでは世界的な株価の調整、日米金利差拡大による更なる円安進行のリスクがある。

インフレ以外では、中国経済の動向も懸念材料だ。政策支援等を背景に足下の輸出や鉱工業生産は底入れの兆しを示すものの、GDPの約2割を占める不動産投資は低迷が続いている。また、消費の弱含みを背景に、世界的なインフレ下にも関わらずデフレ懸念が浮上している。

中国経済を主因に世界同時不況が実現する場合、経済的な結びつきの強さから日本やASEAN諸国は最も影響を受けやすい。世界的な利上げの波に取り残された日銀は、2024年中に漸くマイナス金利を解除すると見込まれるが、こうした懸念が強いとすれば、マイナス金利解除の機会を逸する可能性が高い。

資料1 世界経済のGDP成長率見通し
資料1 世界経済のGDP成長率見通し

2024年は選挙イヤー

最後に、2024年は選挙イヤーである。国内では自民党総裁選、海外では米国、イギリス、ロシア、台湾、インド、欧州議会など多くの国・地域で選挙が予定されている。

11月の米国大統領選では、バイデン大統領とトランプ前大統領の対決が有力視されている。とはいえ、バイデン大統領の再選には高齢批判が強く、トランプ氏との直接対決では苦戦を強いられるとの世論調査結果がある。また、トランプ氏は共和党候補として圧倒的に優位な立場にあるものの、複数の刑事裁判が24年3月以降に開始されるなど大統領候補としては前代未聞だ。このため、民主・共和両党の候補者選びを含めて、米大統領選を巡る不透明感は強い。

また、各国の政治体制が流動的ななかで、地政学リスクの高まりには引き続き警戒が必要だ。特に1月の台湾総統選では親米路線の与党・民進党の候補が優位に立つ一方、中国は台湾統一のために武力行使も辞さない姿勢を堅持している。台湾は世界の半導体生産で6割のシェアを誇っており、「想定外」の台湾有事は世界経済への甚大な被害をもたらす。

資料2 2024年の主な選挙
資料2 2024年の主な選挙

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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