インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

ベトナム景気は一見底入れ続くも、その内実は不透明要因が山積

~インフレ再燃、世界経済の減速懸念、電力不足、党・政府内の動きなど冷静に見極める要因は多い~

西濵 徹

要旨
  • 昨年のベトナムは久々の高成長を記録したが、統計的な問題が影響したことに留意する必要がある。一方、近年は「チャイナ・リスク」回避の動きが同国への投資を活発化させており、景気を押し上げることが期待される。なお、足下では商品市況の底入れに伴いインフレが再燃する動きがみられる一方、世界経済の減速懸念にも拘らず年明け以降の輸出は底入れの動きを強めるなど、景気に好悪双方の材料が混在する。
  • 景気に好悪双方の材料が混在するも、7-9月の実質GDP成長率は前年比+5.33%と伸びが加速している。当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースでも2四半期連続で8%超のプラス成長となるなど、景気は底入れの動きを強めている。外国人観光客の底入れや金融関連などサービス業で生産拡大が続く一方、家計消費や弱含んでいる上、輸出拡大にも拘らず電力不足や世界経済の減速懸念が製造業の重石となっている。足下の景気は底入れの動きを強めるが、その内容には不透明要因が山積する。
  • 政府は今年の経済成長率目標を+6.5%とするが、その実現のハードルは高い。欧米などと中ロの対立が激化するなか、米国との関係改善の動きは対内直接投資を押し上げると期待される。一方、共産党内では保守派台頭により対外開放路線の揺り戻しが懸念されるなか、日本にとっても同国と如何なる関係を構築していくかは両国関係のみならず、世界経済全体にも重要なものとなることを冷静に考える必要があろう。

昨年のベトナムを巡っては、コロナ禍の影響が一巡したことに加え、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きも追い風に、経済成長率は+8.02%と15年ぶりの高水準となるなど景気は底入れの動きを強めてきた。ただし、これは前年の同国経済がコロナ禍の影響で下振れしたことに加え、統計上のゲタが+5.5ptと大幅なプラスとなるなど大きく押し上げられていることに留意する必要がある。その一方、近年の同国を巡っては、米中摩擦やコロナ禍を経ていわゆる『チャイナ・リスク』が意識される上、中国での人件費高騰に伴うコスト上昇に加え、デリスキング(リスク低減)を目指した世界的なサプライチェーン見直しの動きも重なり、中国に代わる投資先と目されていることがある。さらに、同国は地理的に中国に隣接し、世界経済の成長センターであるASEAN(東南アジア諸国連合)の中心に位置する上、アジア太平洋地域における経済連携協定(CPTPP、RCEP)に加盟するなど貿易環境の整備を進めてきたことも対内直接投資を押し上げる一因になっている。他方、昨年は景気回復の動きに加え、商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ドン安による輸入インフレも重なり、インフレ率は中銀目標を上回る水準に加速したため、中銀は物価と為替の安定を目的に昨年9月、10月と連続利上げに追い込まれるなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まった。しかし、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡したこともあり、年明け以降はインフレ率が一転して頭打ちの動きを強めたため、中銀は3月以降に4ヶ月連続の利下げに動いており、政策金利は昨年の利上げ実施前の水準となるなど景気下支えに舵を切ってきた。よって、年明け直後の同国景気は底入れの動きに一服感が出る動きが確認されたものの、その後はインフレ鈍化による実質購買力の押し上げに加え、断続利下げの効果も重なり、家計消費をはじめとする内需をけん引役に景気は再び底入れした。なお、足下では主要産油国による自主減産延長に加え、異常気象の頻発を理由に農産物の主要輸出国が農産物の禁輸や輸出制限などの動きも重なり商品市況は再び底入れの動きを強めており、同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが顕在化している。また、昨年末以降は中国によるゼロコロナ終了を受けて中国景気の底入れが進むことが期待されたものの、足下の中国景気は勢いを欠く展開が続いているほか、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引してきた欧米など主要国経済も物価高と金利高の共存状態が長期化するなかで頭打ちの様相を強めるなど、外需を取り巻く状況は厳しさを増すことが懸念された。しかし、このところの輸出を巡っては昨年末にかけて頭打ちの動きを強めたものの、年明け以降の輸出額は一転底入れの動きを強めており、この背景には上述した中国に代わる生産拠点として同国が注目されていることが影響していると考えられる。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 輸出額(季節調整値)の推移
図 2 輸出額(季節調整値)の推移

上述したように、足下の景気にはインフレの再加速により家計消費をはじめとする内需への悪影響が懸念される一方、外需の底入れが進む動きが確認されるなど好悪双方の材料が混在する動きがみられるなか、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+5.33%と前期(同+4.05%(改定値))から伸びが加速している。なお、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も2四半期連続のプラス成長で推移するなど底入れの動きが続いている上、2四半期連続で8%を上回るペースで拡大していると試算されるなど、足下の景気は底入れの動きを強めていると捉えられる。分野別の生産動向をみると、すべての分野で生産の底入れが進む動きがみられるものの、なかでもサービス業で生産が大きく上振れしている。ただし、足下の小売売上高を巡っては上述のようにインフレの再加速を受けて伸びが頭打ちの動きを強めており、足下のサービス業の生産拡大の動きは小売・卸売関連ではなく、外国人観光客の底入れに伴う観光関連のほか、IT関連サービス、金融などがけん引しているものと捉えられる。また、上述したように年明け以降の輸出額は底入れの動きを強めているものの、同国では夏場以降の熱波による少雨の影響で電力不足が深刻化しており(注1)、一部の工業団地では停電に伴い生産停止を余儀なくされる事態に陥ったため、製造業の生産拡大の動きに一服感が出ている。なお、足下の鉱工業生産は製造業や鉱業部門などを中心に前年を下回る伸びで推移しているほか、世界経済を巡る不透明感の高まりも重なり、主力の輸出財である電子部品のほか、縫製品関連などで生産拡大が手控えられる動きもみられることを勘案すれば、GDP統計上の第2次産業の生産が底入れしていることには違和感を禁じ得ない。ただし、鉱工業生産のうち公益関連の生産は堅調な推移をみせているほか、対内直接投資の底堅さを追い風に建設投資は比較的底堅く推移しており、こうしたことが生産を下支えしている可能性はある。事実、足下の製造業PMIの動きをみると、8月は辛うじて好不況の分かれ目となる50を上回る動きをみせているものの、基調としては50を下回る推移が続くなど弱含む展開をみせるなど、製造業を取り巻く環境は厳しさを増している。よって、表面的にみれば足下の景気は底入れの動きを強めているようにみえるものの、その内容については不透明要因が山積していると捉えられる。

図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図 4 製造業 PMI の推移
図 4 製造業 PMI の推移

なお、同国政府は今年の経済成長率目標を+6.5%としているが、9月末時点における累計ベースの成長率は+4.2%とこれを大きく下回る水準に留まっている上、上述のように国内においてはインフレ再燃の動きが顕在化しているほか、世界経済を巡る不透明感の高まりを勘案すれば、そのハードルは極めて高いのが実情である。さらに、ウクライナ戦争を機に世界は欧米などと中ロとの間で分断の動きが広がるなか、同国は明確には両陣営の双方にも同調しない『中間派』の立場をみせる一方、外交関係を巡っては中国とロシアを最上位(包括的戦略パートナーシップ)に位置付けてきた経緯がある。他方、近年は南シナ海の領有権問題を巡って中国と対立する動きもみられるなか、米国は接近する動きを強めている。こうした動きに呼応する形で、ベトナム政府は先月に米国との外交関係を最上位に引き上げる方針を明らかにしており、両国は半導体や重要鉱物などを巡る協力を強化することで合意している。こうした動きは足下で活発化する対内直接投資のさらなる押し上げに繋がることが期待される一方、同国政府を巡っては不透明な動きが顕在化しており、米国との関係が本当の意味で良好なものとなり得るかは見通しが立たない。というのも、同国はベトナム共産党による一党独裁体制が敷かれているが、党内においては保守派(理論派)が台頭する動きが顕在化している上、近年は党内の改革派が推進してきた対外開放路線が一転して揺り戻しに転じることが懸念されている。さらに、党内において広がりをみせる反腐敗・反汚職を名目にした取り締まりの動きが企業部門にも及ぶとともに、幅広い経済活動に対する統制の動きが広がっており、結果的にビジネス環境が悪化する懸念も高まっている(注2)。仮にそうした動きが強まれば蜜月の様相を強めてきた米国との関係に一転してすきま風が生じるリスクもくすぶる。その意味では、同国の行方については過度に期待をすることは禁物である一方、日本にとっても重要なパートナー国として如何なる関係を構築することが両国のみならず、世界にとって良いものとなるか冷静に考える必要があろう。

図 5 対内直接投資流入額の推移
図 5 対内直接投資流入額の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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