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2026.03.24
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アジア新興国にイラン情勢悪化の悪影響が色濃く出る背景とは?
~エネルギーの中東依存、原油備蓄の乏しさ、財政・金融面のリスクなどが意識される状況に~
西濵 徹
- 要旨
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- イスラエルと米国によるイランへの軍事行動を契機に中東情勢が緊迫化するなか、金融市場は動揺している。イランは報復としてホルムズ海峡の封鎖を含む対抗措置を強化しており、事態収拾の見通しは立っていない。米国は早期解決を模索しているものの、イスラエルは攻撃継続の意向を示しており、両国の思惑は異なる。こうしたなか、当面の市場は引き続きトランプ大統領の発信に翻弄される展開が続く可能性が高い。
- アジア新興国では、近年の経済成長も追い風にエネルギー消費が拡大しており、マレーシアを除く主要国で原油と天然ガスの収支は赤字であるうえ、中東への依存度が高い。イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖により調達コストが上昇するなか、中東産原油価格はWTIや北海ブレントを大きく上回っており、アジア新興国への悪影響が特に大きくなるとの見方が投資家心理を冷え込ませていると考えられる。
- 石炭依存度が相対的に高い中国やインドなどは、原油高の影響を受けにくいとみられた。しかし、足元では石炭価格も上昇しており、その優位性が薄れつつある。また、多くのアジア新興国で原油戦略備蓄は1〜2ヶ月程度にとどまり、IEAによる過去最大規模の備蓄放出も原油価格の高止まりを抑えられていない。結果として、エネルギー構造にかかわらずアジア新興国全体への悪影響が広がるとの懸念が強まっている。
- コロナ禍で財政が悪化したアジア新興国では、エネルギー価格上昇によるインフレ圧力の高まりが財政をさらに圧迫することが懸念される。補助金の積み増しや金融引き締めへの対応が求められる一方、金利上昇による債務負担の増大により、財政運営の自律性の低下も懸念される。アジア新興国は高い成長ポテンシャルを持つものの、当面は中東情勢の不透明感に揺さぶられる厳しい局面が続くとみられる。
イスラエルと米国によるイランへの軍事行動をきっかけに、中東情勢が緊迫の度合いを増すなか、世界経済への悪影響を警戒して、金融市場は大きく動揺している。イスラエルと米国は、軍事行動によりイランの最高指導者であるハメネイ師や、多数の政府要人を殺害するなど、当初の目的を達成したと捉えられる。その一方、イラン革命防衛隊は、イスラエルに加え、中東にある米軍基地や関連施設、米国と関係が深い国に対する報復攻撃に動いている。さらに、革命防衛隊は、ペルシャ湾とオマーン湾をつなぐ海上輸送の要衝であるうえ、世界の原油消費量の約2割が通過するホルムズ海峡の事実上の封鎖に動くなど、対抗措置を強化している。その後も、米国とイスラエルはイランに対する攻撃を継続するとともに、イランも報復を展開するなど、事態の沈静化に向けた道筋が見えない展開が続いている。なお、トランプ米大統領は、イランとの間で建設的な協議が進んでいることを理由に、イランのエネルギーインフラに対する攻撃を延期する方針を明らかにしたが、イラン側はこれを否定するなど、双方の意見に相違がみられる。さらに、イスラエルのネタニヤフ首相は、米国とイランによる協議が行われているものの、イランに対する攻撃を継続する意向を示すなど、米国と異なる考えを有する可能性を示唆している。市場においては、米国が早期の事態収拾を目指す姿勢を好感する向きがみられるものの、イスラエルに引っ張られる形で事態が長期化するリスクは消えておらず、トランプ氏の発信に右往左往させられる展開が続く可能性は高い。
こうしたなか、金融市場においては、中東情勢の緊迫化が世界経済、とりわけアジア新興国に深刻な悪影響を与えるとの見方が強い。近年のアジア新興国は高い経済成長を実現するとともに、その背後でエネルギー消費が拡大する一方、エネルギー資源の埋蔵量が乏しく、多くの国で原油や天然ガスの収支(輸出と輸入の差し引き)は赤字となっている。域内において数少ない産油国であるインドネシアも、近年の国内需要の拡大に加え、精製能力不足も重なる形で2004年には原油の純輸入国に転じているうえ、その後は赤字幅が拡大しており、天然ガスの輸出も頭打ちしている。その結果、主要なアジア新興国のうち原油や天然ガスの収支が黒字であるのはマレーシアのみとなっており、中東情勢の緊迫化による原油価格や天然ガス価格の上昇は対外収支の悪化を招きやすい構造となっている。さらに、欧米などや、アフリカや中南米、CIS諸国など他の新興国と異なり、地理上の問題も影響してアジア新興国はエネルギー資源の大部分をペルシャ湾経由での中東からの輸入に依存している。イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖を巡っては、一部の船舶が同海峡を通過しているとの情報も漏れ伝えられるなど、実態は異なる状況にある可能性はある。しかし、多くの船舶で航行が大幅に遅れているうえ、ホルムズ海峡を回避する形で原油や天然ガスの調達を活発化させることは、それだけコスト増につながる。また、金融市場においては中東情勢の緊迫化を理由に原油価格は総じて上昇しているが、物理的な供給懸念に直面している中東産原油は、WTI(北米)や北海ブレント(欧州)などと比較して大きく上振れしている。結果、前述のように、中東産原油や天然ガスへの依存が高いアジア新興国については、その影響が色濃く現れるとの連想を招きやすく、投資家心理を冷え込ませている。また、中東情勢に対する見通しが日々立ちにくくなっていることも、アジア新興国に対する見方を大きく悪化させていると考えられる。


アジア新興国については、1次エネルギーに占める石炭への依存度が比較的高い国が多く、そうした国においては原油や天然ガス価格の上昇による影響を受けにくいとの見方がある。IEA(国際エネルギー機関)によれば、2024年時点における中国の1次エネルギーに占める石炭比率は60.9%と、他のアジア新興国のなかでも突出しているほか、インド(46.4%)も比較的高水準となっている。一方、アジア新興国のなかで原油や天然ガス収支の赤字幅が比較的大きい韓国やタイ、シンガポールについては、1次エネルギーに占める原油や天然ガスの割合が比較的高く、これらの国々においては価格上昇による影響が出やすい特徴を有する。また、アジア新興国のなかには、原油の戦略備蓄量がベトナム(15日)やインドネシア(20日)のほか、フィリピン(60日)、タイ(61日)、インド(74日)など1~2ヶ月程度と小規模にとどまる国が多く、すでに枯渇が懸念される国も出ているほか、中東情勢の緊迫が長期化した際の影響深刻化は避けられない。IEAは3月11日、原油価格の高騰に対応することを目的に、過去最大となる4億バレル規模の原油備蓄を放出することで合意したほか、その後も必要に応じて追加放出に動く方針を示している。しかし、その後も中東情勢に改善の兆しがみられず、原油価格は高止まりしており、効果は見通せない状況が続いている。そのうえ、足元では原油や天然ガスに比べて落ち着いた推移をみせてきた石炭価格も上昇しており、1次エネルギーに占める石炭比率が比較的高い国にも影響が伝播する可能性が高まっている。よって、1次エネルギー比率の動向にかかわらず、アジア新興国全体としてエネルギー価格の上昇圧力が強まる懸念が高まっており、こうした事情もアジア新興国への悪影響が広がるとの見方につながっている。


アジア新興国ではここ数年コロナ禍の影響で財政状況が悪化しており、公的債務残高は拡大している。よって、各国では財政の持続可能性向上に向けた取り組みが急務になっている。しかし、原油や天然ガスのみならず、石炭価格の上昇によるエネルギー価格の上昇は、インフレ圧力を強める要因となる。アジア新興国のなかには補助金を通じてガソリンなどエネルギー価格を抑える動きがみられ、このところの原油価格の上昇を受けて、価格抑制の観点から補助金の積み増しを余儀なくされる流れもみられる。他方、インフレ加速が懸念されるなかで各国中銀は金融政策を引き締め方向にシフトすることも予想されるほか、金利上昇による債務負担の増大が財政運営の自律性を失わせるリスクも高まる。こうした事情も、金融市場においてアジア新興国に対する見方が悲観に振れる一因となっている可能性がある。なお、他の新興国と比較して高い経済成長が期待できる地域はアジア新興国であり、その潜在力は依然として高いことは間違いない。とはいえ、当面は中東情勢を巡る不透明な動きに揺さぶられるとともに、その悪影響が及びやすいことを理由に厳しい展開となることは避けられず、金融市場の見方も交錯する状況が続くであろう。

西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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