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2023.09.08
アジア経済
ニュージーランド経済
ニュージーランド総選挙の火ぶたが切られるも、混戦必至の情勢
~政党支持率では与党劣勢の一方、野党国民党も決め手を欠くなかで混戦となる可能性は高い~
西濵 徹
- 要旨
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- ニュージーランドでは8日、キロ総督が議会を解散して来月14日の総選挙に向けた火ぶたが切られた。アーダーン前首相の個人的人気を追い風に6年前に政権奪還を果たした労働党だが、足下では物価高、治安情勢、住宅価格への対応を理由に支持率は低下傾向が続く。政党別支持率では国民党が労働党を上回る推移が続き、足下では両党の支持率の差が開く動きもみられる。他方、次期首相にふさわしい人物を巡っては現職のヒプキンス氏が僅差で国民党のラクソン党首を上回るなど、国民党は決め手を欠く状況が続く。総選挙まで残り1ヶ月ほどのなか、各党による選挙戦は激戦が展開されるとともに混戦必至と見込まれる。
ニュージーランドでは8日、キロ総督が議会(代議院:一院制(総議席数120))の解散を宣言し、来月14日に予定される次期総選挙の火ぶたが切られた。ヒプキンス政権を支える与党・労働党を巡っては、2017年の総選挙においていわゆる『ジャシンダ旋風』を追い風に議席を大きく増やすとともに、緑の党やニュージーランド・ファースト党との連立合意を経て9年ぶりとなる政権奪還を実現した。さらに、2020年の前回総選挙においては、銃乱射事件や火山噴火、コロナ禍など山積する課題に対して当時のアーダーン首相によるリーダーシップを発揮したことを追い風に議席を一段と積み増し、単独で半数を上回る議席を獲得する地滑り的勝利を実現した。しかし、その後の同国ではコロナ禍からの景気回復が進む一方、商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨NZドル安も影響して、インフレ率は中銀目標を大きく上回る推移が続いている。さらに、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを実施したものの、インフレが高止まりするなかで物価高と金利高が共存するなど実質購買力を下押ししており、幅広く国民生活に悪影響を与えている。また、アーダーン前政権によるゼロコロナを目指したコロナ禍対応を巡っては、その後に抗議デモが頻発する事態に発展したほか、国民生活を取り巻く状況悪化を受けてギャングによる抗争や強盗が頻発するなど治安情勢が悪化する動きもみられた。そして、ここ数年の同国では住宅価格の高騰が社会問題化しており、アーダーン前政権は安価な住宅供給を図るKiwi Build政策を公約に掲げたものの、目標に及ばない状況が続くとともに、度重なる政策変更を余儀なくされてきた。中銀による断続利上げを受けて、コロナ禍からの景気回復も追い風に急騰した住宅価格は頭打ちに転じる動きをみせたものの、依然としてコロナ禍前を上回る推移が続くなど住宅価格を巡る問題は解消にほど遠い状況が続いている。こうしたことから、今回の総選挙においては物価、治安、住宅価格が主な争点となっている。他方、6年前の政権奪還の立役者であったアーダーン前首相は、上述の問題を理由に政権支持率が過去最低水準となったほか、労働党の支持率も最大野党の国民党を下回るなど総選挙を巡る情勢が厳しくなったことを受けて今年1月に突如辞任を表明した(注1)。後任の首相には、前政権においてコロナ禍対応や治安対策などで手腕を発揮したヒプキンス氏が就任することで党勢の立て直しを目指した(注2)。しかし、その後も問題解消にはほど遠い状況が続くとともに、物価対策を巡っては与野党ともに中銀を『政争の道具』とする動きも顕在化するなど中銀に飛び火する事態となっている(注3)。なお、直近の世論調査によれば最大野党の国民党の支持率が35%程度で推移している上、足下では労働党の支持率が一段と低下して10pt程度の差が付く動きが確認されている。また、労働党と連立を組む緑の党の支持率は10%前後で推移する一方、国民党との連立が取り沙汰されるリバタリアン政党のACT党の支持率は10%強と緑の党を上回る推移が続いている。連立枠組を巡る調査においても、国民党とACT党の連立が労働党と緑の党の連立を上回る推移が続いている上、足下では両者の支持率の間に差が広がる動きがみられるなど、現与党が苦戦を強いられることは避けられない。ただし、次期首相にふさわしい人物に関する世論調査では、現職のヒプキンス氏が国民党のラクソン党首を一貫して上回る推移が続いており、直近においても僅差で上回るなど国民党も決め手を欠く状況にある。総選挙まで残り1ヶ月強のなかで混戦となることは必至と見込まれる。
注1 1月19日付レポート「ニュージーランド・アーダーン首相が突然の辞任表明」
注2 1月23日付レポート「ニュージーランド、次期首相にヒプキンス氏、総選挙に向け党勢立て直しは進むか」
注3 8月30日付レポート「総選挙に向けて「政争の道具」になりつつあるニュージーランド中銀」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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