「科学技術指標2023」から見える日本の科学技術活動での立ち位置

~研究開発費の規模は大きいが伸びは劣後~

佐久間 啓

- ポイント -

*日本の論文数は世界第5位、Top10論文数は第13位

*産学官合わせた研究開発費は主要7か国(日米英独仏中韓)中、米国、中国に続く第3位を維持

*対GDP比は日本が3.59%と高い一方、実質の研究開発費伸びは主要国に比べて劣後

*日本の研究開発費のうち企業が72.1%を占め、産業別では輸送用機器が30.4%と最大

*日本の政府負担は主要国中最低レベル

*報告書の概要だけでもチェックし、日本の科学技術活動の立ち位置を認識すべき

先日、文科省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)から日本と主要国の科学技術活動をまとめ、分析した「科学技術指標2023」(以下、「指標」)が公表された。これは科学技術活動を5つのカテゴリーに分類し日本と主要国の状況を表しており、毎年公表されている。言うまでもなく科学技術は国の経済成長の根幹であり、そのグローバルな活動状況や日本の立ち位置を確認しておくことは重要だ。報告書は客観的・定量的データで体系的に分析されており大変有益で興味深い内容になっている。

この「指標」では論文数、注目論文数の順位が有名だ。2019年から2021年の平均で論文数は1位が中国(シェア24.6%)、以下米国(16.1%)、インド(4.0%)、ドイツ(3.9%)と続き、日本は第5位(3.8%)。また引用数から見たTop10論文数でみると日本は13位(2.0%)の位置にある。ここでもトップは中国(28.9%)、2位は米国(19.2%)で合わせて48.1%と科学技術論文では圧倒的な位置を占めている。20年前の1999年から2001年のデータでは日本は論文数で米国(27.5%)に次ぐ第2位(8.8%)、Top10論文数では米国(41.4%)、英国(8.2%)、ドイツ(6.8%)に次ぐ第4位(6.0%)の位置にあった。

図表1
図表1

図表2
図表2

この論文数データの20年の変化は、一言で言えば中国、インドの台頭、日本の地位低下が目立つということだろうか。ただ論文で見ると科学技術分野における日本の相対的地位低下が目立つわけだが、産学官を合わせた研究開発費は主要国(日米独仏英中韓の7か国)中、米国、中国に次ぎ第3位の位置にある。「だからまだ大丈夫」と言うつもりはないが、まだこの分野での競争力の基盤は大きく崩れているわけではないとは言える。そこで今回のMarket Side Mirrorではこの「指標」から論文数ではなく研究開発費中心に日本の立ち位置について確認しておこうと思う。

図表3
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図表4
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図表5
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日本の研究開発費は2021年度で19兆7,408億円、前年比+5,043億円、+2.6%となっている。1990年度の13兆783億円から21年で1.5倍に増加しているものの、年平均増加率は2.4%程度に止まる。部門別にみると企業が14兆2,244億円(占率72.1%)、大学が3兆7,839億円(同19.2%)、公的機関等が1兆7,324億円(同8.8%)である。

企業の占率は1990年度に70.9%あったものの90年代の平成バブル崩壊から雇用・設備・債務の所謂“3つの過剰”問題の中で研究開発費の見直し、削減が進んだこともあり90年代後半にかけて占率は60%台半ばまで落ちたものの、2000年代以降は景気の波に影響されながらも70%台を維持している。大学の占率は1990年度の17.6%から若干上下しながら2021年度には19.2%となっている。

次にこうした日本の研究開発費の現状をグローバルにみてみたい。2021年の主要国の研究開発費をOECD購買力平価換算で見ると、米国が断トツで82兆4,704億円、続いて中国(2018年データ)が48兆4,637億円で第3位に日本19兆7,408億円、次にドイツ15兆6,786億円、韓国12兆2,391億円、フランス7兆8,737億円と続いている(英国は「指標2023」ではデータ未整備のため主要国から外した)。この分野での米国の圧倒的規模感と中国の驚異的な拡大ペースにあらためて驚くしかない。

研究開発費の伸びと言う点でより分かり易くするために実質の購買力平価換算値で2000年を100として数値を計算してみた。これによれば米国は2021年で197.0、ドイツが163.0、フランスも131.1であるが、日本は132.2と2000年以降の伸び率と言う点では主要国内では最下位の位置に止まっている。驚異的ペースの中国(2018年データ)は1167.4と桁違いであるが、韓国も491.9と主要先進国に比べて驚異的な拡大ペースとなっている。韓国は半導体市場を代表するハイテク大企業が複数本社を構える国。強力な研究開発と思い切った設備投資で世界シェアを拡大していることがこの数字に表れているようだ。

図表6
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図表8
図表8

図表7
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米国の圧倒的規模感や中国の驚異的拡大ペースには驚くが、研究開発費の対GDP比をみるとまた違った姿が見えてくる。2021年では圧倒的規模感の米国も3.46%と日本の3.59%に及ばず、驚異的ペースの中国(2018年データ)もGDP比では2.14%に止まる。ご存じの通り日本はGDP自体の伸びが主要国では劣後しているから比率が高いのは当たり前では?という声もあるだろう。ただ研究開発費自体も増加しているので規模感だけで言えば“全然足りてない”という状況ではなさそうだ。そしてここでも韓国の数字には注目だ。日本とは逆でGDPの規模感に比べて少数の巨大企業の活動が目立つだけという見方もできるが、グローバル市場で戦うことを前提にした企業行動には見習う点が多いと感じる。

図表10
図表10

部門別にはいずれの主要国も企業が中心であるが、米国、中国、韓国は日本の72.1%を上回っているが、欧州勢は大学、公的機関等の占率が比較的高いことから企業の占率は60%台で推移している。企業部門について主だった国別に研究開発費の産業別内訳をみるとその国の産業構造の特徴がはっきりと理解できる。日本は輸送用機器が30.4%、コンピュータ、電子・光学製品が20.8%と2つの産業で51.2%を占めている。米国は圧倒的規模の中で情報通信26.6%、医薬品17.6%、コンピュータ、電子・光学製品17.3%と比較的バランスのとれた構成。ドイツは輸送用機器が39.9%、韓国はコンピュータ、電子・光学製品が49.5%とそれぞれ基幹産業が基幹産業たる所以の存在感を示している。

図表11
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図表12
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図表13
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図表14
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図表15
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また研究開発費は産学官を合わせたデータであるが、このうち政府の負担割合をみると、2021年で低い方から日本が最下位で17.8%、続いて直近負担割合が低下傾向にある米国の19.9%、韓国が22.8%と続く。中国は2018年データで20.2%。ドイツ、フランスは2020年データだが、それぞれ29.7%、31.5%と比較的政府の負担割合が高い。産学官のうち欧州勢は大学、公的機関等の割合が高いことの裏返しと言えるだろう。

図表16
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ここまで研究開発費という観点で日本の立ち位置を確認してきた。科学技術の分野でも他の分野と同じように“米国に次ぐ世界第2位”という定位置から外れて相対的な順位は低下していることは事実だが、この「指標」が昨今よく報じられている国際社会での日本の相対的な地位低下を示す単なるデータの一つとして埋もれさせてはいけないと思う。報告書全文は量が多いが、概要だけでも確認した方がいい。ノーベル賞決定時期にだけ科学技術が話題なるのでは勿体ない。

研究開発費の負担の問題、産学官の連携、役割分担や研究者の研究、育成体制…この分野は意見が対立する課題も多い。「指標」には実に多くのデータ、分析が掲載されている。ここで触れなかった項目の方がも多い。それらを確認しながら日本のこれまでの科学技術活動の変化と現状の立ち位置をしっかり認識してまだまだ残る課題や将来の日本経済の姿について多くの人が考えていく必要があるだろう。

以上

佐久間 啓


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