インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

トルコが急転直下でスウェーデンのNATO加盟支持へ

~欧州の安全保障環境に大きな一歩、ウクライナ情勢を巡ってトルコの存在感が高まる展開が続く~

西濵 徹

要旨

ロシアによるウクライナ侵攻は来月に1年半が過ぎようとしているが、依然見通しが立たない状況が続く。トルコはNATO加盟国ながら、ロシアとウクライナ双方と良好な関係を持つことを追い風に仲介役を買ってきた。他方、欧州の安全保障環境が変化するなか、歴史的に中立政策を採ってきた北欧のフィンランドとスウェーデンがNATOへの加盟を目指す姿勢をみせたが、トルコはクルド人問題を理由に難色を示してきた。その後の協議を経てトルコが態度を軟化させ、今年4月にフィンランドはNATO加盟を果たす一方、スウェーデンではクルド系住民による反トルコデモが頻発し、トルコはスウェーデンへの態度を硬化させた。NATOは首脳会議前に道筋を付けるべく協議を仲介した結果、トルコが一転してスウェーデンのNATO加盟を承認することで合意した旨が明らかになった。具体的なスケジュールは未定だが、欧州の安全保障環境は大きく変化する可能性が高まっている。他方、ウクライナ情勢を巡ってトルコは様々な形で仲介役としての存在感を高める動きをみせており、当面はトルコの動きに注目が集まる展開が続くことが予想される。

ロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、来月末に1年半が経過しようとしているものの、依然として道筋が見通せない状況が続いている。欧米とロシア、そして、事実上ロシアの後ろ盾となっている中国との間で関係が悪化するなか、トルコはNATO(北大西洋条約機構)加盟国ではあるものの、伝統的にロシアとウクライナの双方と良好な関係を有するため、両国の『仲介役』を買って出る動きをみせてきた。しかし、現時点においても両国が直接協議をする状況には至らず、こう着状態が続いている上、ウクライナ国内においては両軍による戦闘が激化する動きがみられるなど、事態打開にはほど遠い状況にある。他方、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ロシアと陸続きの欧州ではロシアに対する脅威が意識されるなど安全保障環境は激変しており、歴史的な経緯から安全保障政策を巡って『中立政策』を採ってきた北欧のフィンランドとスウェーデンがNATOへの加盟申請を行う事態に発展した。なお、両国によるNATO加盟実現には、既加盟国である30ヶ国の『全会一致』による承認が必要となるものの、トルコはこれに反対するなど『待った』を掛ける動きをみせた(注1)。これは、トルコの国内事情に加えて、トルコと両国との関係が大きく影響しており、トルコ政府がテロ組織に指定する反政府組織であるクルド労働者党(PKK)や関連組織である人民防衛隊(YPG)に対する扱いが大きな問題となってきた経緯がある。なお、PKKについてはトルコのみならず、米国やEU(欧州連合)、日本などもテロ組織に指定しているものの、YPGについてはシリアでのIS(イスラム国)掃討を巡って米国やEUが共闘したほか、フィンランドとスウェーデンはYPGの資金調達や政治活動を容認するとともに、トルコ政府が両国に要請したYPG関係者の身柄引き渡しを拒否する動きをみせてきた。さらに、トルコがYPGなどの掃討を目的にシリアへの越境攻撃に動いた際、フィンランドとスウェーデンはトルコへの武器輸出を停止する制裁発動に加わり、緊張関係が高まったことも影響したと考えられる。その後は、トルコと両国のほか、NATOや米国、EUなど様々な形で外相、及び首脳会談などを通じた協議が行われた結果、昨年のNATO首脳会談の前には3ヶ国の外相が覚書に署名してトルコが両国ノNATO加盟を支持することで合意したことが明らかにされるなど、トルコが態度を軟化させる動きもみられた(注2)。トルコが態度を軟化させた背後には、両国がトルコに対する武器禁輸措置の停止に加え、テロ容疑者の引き渡しに迅速に対応する方針を示すことで合意するなどトルコの要求が通ったほか、米国なども何らかの『妥協策』を提示したことが影響したようにみられた。なお、両国は憲法改正などを通じてテロ対策を強化するとともに、トルコに対する武器輸出を再開するなどの動きをみせる一方、スウェーデンはトルコがテロリストと見做す容疑者の引き渡しを拒否する動きをみせたほか、スウェーデン国内ではPKK支持者による反トルコデモが頻発する動きもみられた。こうしたことから、トルコ政府は当該デモを容認したスウェーデンに対する態度を硬化させる一方、フィンランドに対する加盟協議を分離して先行させる事態となった。結果、フィンランドは今年4月にNATOへの加盟を果たすことが出来たものの、スウェーデンに対しては引き続き厳しい態度で対応したほか、その後もスウェーデン国内ではPKK支持者による反トルコデモが頻発し、一部が過激化してイスラム教の聖典であるコーランを燃やす冒涜行為などに発展したことを受けてトルコのエルドアン大統領は協議に難色を示してきた。こうした事態を受けて、米国や英国などがトルコと個別に協議を行うなど仲介役となる動きをみせるとともに、10日に両国首脳による協議が行われ、直後にNATOのストルテンベルグ事務総長によると、トルコのエルドアン大統領がスウェーデンのNATO加盟に関する文書を可能な限り早期に議会に上程し、確実な批准実施に向けて議会との緊密な協力を図ることに合意した旨が明らかにされた。議会による批准日程の見通しなど具体的な内容は示されていないものの、上述のようにエルドアン大統領が直前まで態度を硬化させる動きをみせてきたことを勘案すれば、11~12日に開催が予定されるNATO首脳会議に併せて成果を上げるべく、事態は急転直下したと捉えられる。直前にエルドアン氏は米国のバイデン大統領と電話会談を行っており、トルコは米国に対して自国で保有する米国製戦闘機(F16)の近代化や新規購入を求めてきたことを勘案すれば、何らかの譲歩を引き出した可能性は高いと見込まれる。さらに、エルドアン氏はスウェーデンのNATO加盟承認の条件として、トルコのEU加盟を要求する動きをみせた模様であるが、直後に欧州委員会の報道官はNATOとEUの拡大プロセスについて別々のものとの認識を示すなど、事実上の凍結状態が続いているトルコのEU加盟交渉が前進するかは見通せない。今後のスケジュール感については依然として不透明なところが少なくないが、少なくともスウェーデンのNATO加盟を巡って『最後の砦』となってきたトルコの態度軟化により、欧州を巡る安全保障環境は大きく変化する可能性が高まったと判断出来る。一方、エルドアン氏はウクライナのゼレンスキー大統領と会談を行った際、ウクライナによるNATO加盟を支持する考えを明らかにしたほか、ゼレンスキー氏はトルコの仲介による捕虜交換でトルコ国内に留まることを条件に解放されたアゾフ連隊のメンバーとともに帰国するなど、トルコが仲介役として存在感を示す動きもみられた。17日に迫るウクライナによる黒海経由での穀物輸出を巡る合意期限を巡っては、食料や肥料輸出の輸出に対する障壁を取り除くとの合意履行が進んでいないことを理由にロシアが期限延長に難色を示す動きをみせているが、トルコが再び協議前進に向けた動きをみせることも予想される。ウクライナ情勢を巡っては、引き続きトルコの動きに注目が集まる展開が続くであろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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