インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド、EUとのFTAで最終合意、米国との関係悪化も交渉後押し

~20年弱の協議を経ての合意、対外開放路線に大きく舵、安全保障・防衛面での協力深化へ~

西濵 徹

要旨
  • インドとEUは27日、2007年から開始していた自由貿易協定(FTA)交渉について最終合意に至ったことを明らかにした。インドは伝統的に自国産業保護を重視し、RCEPからの離脱など自由貿易に慎重な姿勢を示してきた。しかし、2022年に交渉を再開、昨年から交渉を加速させてきた。背景には、米国の関税政策や米印通商協議の不透明感を受け、インドとEUの双方が経済関係の多角化を図る狙いがある。
  • 協定では、EUがインドからの輸入品の約99.5%について関税を段階的に引き下げる一方、農産品は対象外とされ、インド国内の政治事情に配慮した内容となった。インド側も自動車や酒類などの高関税を大幅に引き下げ、EUにとっては世界有数の成長市場へのアクセス改善が進むと期待される。EUにとっては、存在感を増す「グローバルサウス」の中核であるインド市場への足掛かりを得る点でも意味が大きい。
  • 両者は安全保障・防衛分野でも協力を強化し、年次対話や海洋安全保障、サイバー分野での連携を進める方針を示した。米国との関係が不安定化する中で、EUとの関係深化は地域の安全保障環境にも影響を与える可能性がある。こうした動きは、日本にとってもインドとの関係強化を考えるうえで重要な意味を持つ。

インドとEU(欧州連合)の当局は27日、自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉が最終合意に至ったことを明らかにした。インドとEUは、2007年にFTA締結に向けた交渉を開始したものの、交渉が行き詰まるなかで一旦中断を余儀なくされた。これは、インドが伝統的に自国産業保護の観点から自由貿易に後ろ向きの姿勢を示してきたことが影響している。インドを含めたアジア太平洋地域での締結を目指したRCEP(地域的な包括的経済連携協定)も、最終的にインドが枠組みから離脱することで合意に至っている。しかし、コロナ禍を経て2022年にインドとEUは交渉を再開させるとともに、2025年には交渉を加速化させることで合意するなど、交渉を巡る動きは大きく前進してきた。背景には、トランプ米政権の関税政策が世界経済を翻弄するなか、インド、EUはともに関係の深化を通じてその影響を抑制させたいとの思惑が影響したとみられる。インドを巡っては当初、モディ首相とトランプ氏との個人的関係の良好さを理由に米国との通商協議が円滑に進むと期待された。しかし、インドは「全方位外交」を外交的国是とし、ウクライナ戦争が発生して以降はロシアから原油などの輸入を急拡大させるなど、結果的にロシアの継戦能力の維持に加担してきた。これを受けて、米国はインドからの輸入品に対する関税を、相互関税(25%)にロシア産原油の輸入拡大への『ペナルティー』としての2次関税(25%)を合わせた50%とする措置を発動した(注1)。なお、インドの経済構造は内需依存度が比較的に高く、対米輸出額も名目GDP比で2.2%程度に留まるため、マクロ面での直接的な影響は限定的と見込まれる。その一方、輸出全体に占める対米比率は2割と比較的高いことから、輸出関連産業への影響は避けられない。その後もインドと米国は協議を継続しているほか、足元ではインドがロシア産原油の輸入を大幅に減らしていることを理由に、ベッセント米財務長官がインドに対する追加関税の撤廃を示唆する動きもみられる。なお、過去にもインドと米国の高官は通商協議の進展を示唆する発言を繰り返してきたものの、実際には合意の道筋が描けない展開をみせている。こうした米国との協議の見通しが立ちにくい状況が続いていることも、EUとの協議を後押しした可能性がある。

図表
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インド政府の発表によれば、EUは2032年まで7年間をかけてインドからの輸入品の99.5%に対する関税を引き下げるとともに、インドの海産物、皮革・繊維製品、化学製品、ゴム、卑金属、宝石・宝飾品に対する関税はゼロになるとしている。その一方、大豆や牛肉、砂糖、コメ、乳製品といった農業関連品目は協定の対象から除外されており、EUとしてはインド側の事情に配慮した可能性がある。モディ政権を支える最大与党インド人民党(BJP)は、2024年の総選挙で大幅に議席を減らすなど苦戦を強いられたが、その一因としてBJPが票田とする農村地帯で軒並み議席を減らしたことが影響している。その後に実施された地方選挙では、BJPが息を吹き返す動きがみられるものの、仮に農産品や酪農品の市場開放に動けば、支持基盤を大きく損なうリスクがある。米国との通商協議が難航している背景には、米国による米国産農産品の輸入拡大に対するインド側の抵抗が影響しているとの指摘もある。こうしたなか、EUとしてはインドとの対立を避けるとともに、早期の妥結を優先したと考えられる。インドの輸出に占めるEU向け比率は2割弱と、米国に次ぐ割合であるうえ、EUを通じて欧州諸国へのアクセス改善も期待される。インドは2025年、英国やニュージーランドとのFTAでも最終合意に至っており、対外開放に大きく舵を切っていると捉えられる。一方、インドは国内産業の保護を目的に最大110%としている自動車関税について、協定発効直後に30~35%に、5年間をかけて10%に引き下げるほか、自動車部品は5年から10年かけて撤廃するなど世界3位の自動車市場の門戸開放を進める。また、ワインなどアルコール飲料に対する関税は150%から直ちに75%に、蒸留酒に対する関税は40%に引き下げられる。さらに、機械、電気機器、化学製品、鉄鋼などに対する関税も段階的に引き下げられるなど、EUにとって将来市場であるインドへのアクセス改善が期待される。EUも2025年にインドネシアやメキシコと、数日前にも南米南部共同市場(メルコスル)とのFTAに署名しており、世界経済において「グローバルサウス」と称される新興国が存在感を増すなか、その『本丸』とも呼べるインドへのアクセスを得たと捉えられる。インド政府によれば、今後は5~6ヶ月かけて議会における精査を経た後に正式署名が行われるとともに、1年以内の施行を見込むとしている。

図表
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さらに、インドとEUは、安全保障・防衛パートナーシップにも署名しており、欧州における防衛構想にインドが参加する可能性を模索している模様である。具体的には、安全保障と防衛に関してインドとEUは年次対話を開催するほか、海洋安全保障やサイバー問題、テロ対策などに関する協力の深化を図るとしている。インドは、安全保障面では伝統的にロシア(旧ソ連)と関係が深く、現時点においても防衛装備品の大宗をロシア(旧ソ連)製品が占める。一方、近年は中国による一帯一路をはじめとする外交戦略の脅威に直面するなか、日本、米国、オーストラリアとともにQuad(日米豪印戦略対話)に参画するなど、安全保障・防衛面でも多様な関係を構築してきた。米国との関係悪化によりQuadの行方に不透明感が高まるなか、EUとの関係深化は地域情勢の行方に影響を与えることが予想される。また、日本とインドは2019年から外務・防衛閣僚会合(2プラス2)を定期的に開催する一方、日本とEUは防衛装備品を巡って関係深化を図っていることも重なり、安全保障や防衛面で一段と関係深化が進むことも考えられ、日本にとっても重要なカギを握ることになろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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