トルコ、一転して北欧2ヶ国によるNATO加盟支持に回る

~両国の武器禁輸の停止とテロ容疑者の引き渡しに加え、米国からも何らかの「妥協案」が出た可能性~

西濵 徹

要旨
  • ロシアによるウクライナ侵攻は4ヶ月以上が経ちこう着状態が続くなか、欧州では歴史的に軍事中立を維持したフィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請するも、トルコはこれに反対してきた。これは、トルコがテロ組織に指定するクルド労働者党(PKK)を巡って両国が事実上の支援やテロ容疑者の身柄引き渡しを拒否するとともに、トルコへの武器禁輸に動いたことが影響している。NATO首脳会談で交渉がまとまることは望み薄とみられたが、直前に3ヶ国及びNATOの首脳会談、その直前の米土首脳会談を経てトルコは一転して2ヶ国のNATO加盟支持に回る姿勢を明らかにした。2ヶ国はトルコへの武器禁輸停止やテロ容疑者の引き渡しの迅速な対処で合意したほか、米国も何らかの「妥協案」を提示した可能性がある。外交関係がリラ相場の不安定化を招く懸念は大きく後退している。他方、トルコ当局はリラ相場の安定化策を公表したが、経済のファンダメンタルズの脆弱さや政策の信認低下を勘案すれば、リラ相場は上値の重い展開が続こう。

ロシアによるウクライナ侵攻はすでに4ヶ月以上が経過している。トルコはNATO(北大西洋条約機構)加盟国ながら伝統的にロシアとウクライナの双方と良好な関係を有しており、両国の『仲介役』を買って出る動きをみせてきた。しかし、現実には両国による直接協議に至ることなくこう着状態が続くなど、先行きの見通しが立たないまま時間が経過している。こうした事態を受けて、ロシアと陸続き状態にある欧州の安全保障環境は大きく変化する可能性が高まっている。歴史的経緯も影響して北欧のフィンランドとスウェーデンの2ヶ国は安全保障政策を巡って『中立政策』を採ってきたものの、先月に両国がNATOへの加盟申請を行う事態となっている。ただし、両国のNATOへの新規加盟にはすでに加盟している30ヶ国による『全会一致』の承認が必要ななか、トルコはこれに反対する動きをみせるなど『待った』を掛けた格好である(注1)。この背景には、トルコ国内における事情に加え、NATOへの加盟申請を行った2国との関係が影響していることに注意が必要である。トルコでは、長年に亘って反政府組織のクルド労働者党(PKK)がクルド人による国家設立に向けて分離独立を目指すテロ行為を行う武力衝突が続いており、国民の間にPKKに対する反感が根強い上、エルドアン政権もPKKのほか、クルド人に対して強硬な姿勢を示してきた。なお、PKKを巡っては、トルコのみならず米国やEU(欧州連合)、日本なども『テロ組織』に指定しているものの、トルコ政府がPKKと同一視する関連組織の人民防衛隊(YPG)については、米国やEUはトルコの隣国シリアでのIS(イスラム国)掃討で共闘するなど微妙な関係にあり、トルコはこうした対応に不満を抱いてきた経緯がある。今回NATOへの加盟申請を行ったフィンランドとスウェーデンについては、YPGなどによる資金調達や政治活動を容認するとともに、トルコ政府が両国に要請した関係者の身柄引き渡しを拒否してきた。さらに、トルコがYPGなどの掃討を目的にシリアへの越境攻撃を展開して国境沿いの地域を占領する軍事行動に動いた際には、フィンランドとスウェーデンがトルコへの武器輸出を停止する制裁発動に加わるなど、微妙な関係にあることも影響したと考えられる。こうしたなか、北欧2ヶ国はトルコと直接協議を行うことでNATO加盟に向けた事態打開を図る動きをみせてきたものの、その後もエルドアン大統領は反対する姿勢を示すなど協議は難航するとともに、YPGの掃討を目的に隣国シリアへの軍事作戦に踏み切る構えを強めるなど『揺さぶり』を掛けてきた。他方、ウクライナ問題を巡ってウクライナ南部から黒海を経由した穀物輸出の停滞が世界的な食糧危機を招くとの懸念が高まるなか、トルコはロシア及びウクライナと協議を行うとともに、国連が提唱する穀物運搬船の『回廊』設置を後押しする姿勢をみせるなど、欧米などに『恩を売る』動きもみせた。とはいえ、その後もトルコは2ヶ国の正式加盟に当たっては両国によるトルコへの武器禁輸の停止、PKKに対する取り締まり強化を求めて協議の長期化も厭わない姿勢をみせたため、今月29~30日の日程で開催されるNATO首脳会議で交渉がまとまる可能性は低いとみられた。しかし、NATO首脳会議に先立ってトルコ(エルドアン大統領)とフィンランド(ニーニスト大統領)及びスウェーデン(アンデション首相)、そして、NATO(ストルテンベルグ事務総長)による首脳会談が行われた結果、トルコが一転して2ヶ国のNATO加盟を支持することで合意したことが明らかになった。その後3ヶ国の外相が覚書に署名し、トルコはNATO首脳会議に際して2ヶ国の加盟を支持する一方、2ヶ国はトルコへの武器禁輸停止に加えてテロ容疑者の引き渡しに迅速に対処する方針が示されるなど、双方の要求が通った格好である。なお、上述の首脳会談の直前には、トルコ(エルドアン大統領)と米国(バイデン大統領)による首脳会談が行われた模様である。米土関係を巡っては、トルコがロシア製地対空ミサイル防衛システム(S400)の導入に踏み切ったことを理由に米国がトルコに対するCAATSA(対敵対者制裁措置法)に基づく制裁発動に踏み切り、米国製ステルス戦闘機(F35)計画から排除したことを受け、トルコは代替案として保有する米国製戦闘機(F16)の近代化及び新規購入を求めてきたが、米国から何らかの『妥協案』が示された可能性も考えられる。その意味では、トルコの通貨リラ相場を巡っては外交関係の行方が調整の材料になることが懸念されてきたものの、トルコが欧米などとの交渉で一定の『成果』を得て北欧2ヶ国によるNATO加盟承認に転じたことでそうした懸念は大きく後退することが期待される。他方、トルコ当局(銀行調整監視機構(BDDK))は保有する外貨現金資産が1,500万リラ以上、且つ総資産もしくは年売上高に対する外貨比率が10%を上回る企業に対してリラ建の新規融資を停止するリラ相場の安定化策を公表し、大企業や中小企業が融資へのアクセス維持を目的に外貨売却を迫られたことでリラ相場はわずかに上振れした。しかし、外交関係がリラ売り材料となる事態は免れているものの、同国経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は極めて脆弱な上、中銀の政策運営に対する信認の低さがリラ相場の重石となる状況は変わらず(注2)、今後も事態打開にはほど遠い状況が続くであろう。

図 リラ相場(対ドル)の推移
図 リラ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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