ペルー、スタグフレーションに政情懸念、実体経済を巡る状況は困難続き

~デモによる実体経済への悪影響は最悪期を過ぎるも、依然として国内・外双方で悪材料は山積~

西濵 徹

要旨
  • 南米ペルーでは、昨年末のカスティジョ前大統領への弾劾成立、身柄拘束をきっかけにデモが激化して非常事態宣言が発令された。一時は観光業や鉱業部門に深刻な悪影響が出たが、足下ではこう着状態が続くも最悪期は過ぎつつある。ただし、一昨年来の商品高に伴うインフレが長期化しており、中銀は1年半に及ぶ利上げ局面に追い込まれるなど物価高と金利高の共存状態が続く。結果、昨年後半はリセッション状態に陥るなどスタグフレーション状態に直面している。中銀は今年2月に利上げ局面の休止に動き、14日の定例会合でも3会合連続で政策金利を据え置くも、物価高が続くなかで難しい対応を迫られる。他方、通貨ソル相場は銅価格の上振れなどを理由に底堅い動きが続いているが、実体経済は厳しい状況に直面している。

南米ペルーでは、昨年末にカスティジョ前大統領に対する弾劾が成立するとともに、副大統領であったボルアルテ氏が大統領に昇格して同国初となる女性大統領が誕生した。他方、カスティジョ前大統領が弾劾直前に試みた議会閉鎖、及び解散による臨時政府の樹立が反逆罪に問われて身柄を拘束されたことをきっかけに、カスティジョ氏や同政権を支えた急進左派政党PL(自由ペルー)支持者を中心にデモが激化したほか、一部が暴徒化して非常事態宣言が発令された。なお、非常事態宣言の発令から4ヶ月が経過しているものの、依然としてカスティジョ氏の支持基盤である同国南部を中心にデモが散発的に発生するなど、依然として事態収束の見通しが立たない状況が続いている。なお、一昨年の大統領選においてカスティジョ氏とボルアルテ氏はPLの候補としてタッグを組むも、その後にボルアルテ氏がPLと対立するとともに、カスティジョ氏への弾劾決議に際して議会内で多数派を占める右派と協調して大統領に昇格した経緯がある。こうしたことから、デモ参加者からボルアルテ氏は『裏切り者』と見做されるとともに、カスティジョ氏の復権とボルアルテ氏の辞任、議会閉鎖と早期の総選挙実施、新憲法制定などを要求している。政権・議会は一定の譲歩をみせるも折り合いが付かない状況が続いている上、裁判所は先月、カスティジョ氏に対して大統領在任中の汚職疑惑を理由に3年の予備的拘束を命じる判決を下すなど、こう着状態の長期化が避けられなくなっている。他方、昨年末以降におけるデモの激化やその長期化を受けて、同国経済の柱のひとつである観光業に深刻な悪影響が出たほか、複数の鉱山が襲撃被害を受けて稼働停止を余儀なくされるなど、幅広く経済活動が下振れする事態に発展したものの、足下においては『最悪期』は過ぎつつある模様である。ただし、一昨年以降における商品高による世界的なインフレの動きは同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレに直面しており、中銀は一昨年8月に物価抑制を目的とする利上げに踏み切り、その後は国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ソル安による輸入インフレ懸念も高まったため、物価と為替の安定を目的に今年1月まで18会合連続での利上げを迫られてきた。結果、感染収束を受けた経済活動の正常化を追い風に、コロナ禍により下振れした景気は底入れの動きを強めており、一昨年の経済成長率は+13.6%と過去最大の伸びとなる一方、昨年は物価高と金利高の共存により景気は頭打ちの動きを強めるとともに、年後半は2四半期連続で前期比年率ベースの成長率はマイナスになったと試算されるなど、いわゆるテクニカル・リセッションに陥ったと捉えられる。結果、昨年通年の経済成長率は前年の反動も影響して+2.7%に留まっているほか、今年についても上述のように長期化するデモに伴い幅広い経済活動に悪影響が出ていることが景気の足かせとなることが懸念される。一方、一昨年以降に加速の動きを強めたインフレ率は昨年6月(前年比+9.32%)を境に頭打ちに転じているものの、直近3月においても+8.67%と中銀の定めるインフレ目標(2±1%)の上限を大きく上回る推移が続いている。ただし、上述のように景気減速にも拘らず物価高が続くスタグフレーション状態にあることを理由に、中銀は今年2月に1年半に及んだ利上げ局面の休止を決定しており、14日の定例会合においても3会合連続で政策金利を7.75%に据え置いているものの、会合後に公表した声明文では「今回の決定は必ずしも利上げサイクルの終了を示唆する訳ではない」と改めて強調するなど、難しい対応を迫られている。他方、同国通貨ソル相場を巡っては、昨年末にかけての国際金融市場において米ドル高の動きに一服感が出ていることに加え、その後も中国によるゼロコロナ終了を受けた同国の主力輸出財である銅をはじめとする国際商品市況の上振れ期待も追い風に底堅い動きが続いている。先行きの景気動向を巡っては、政府は鉱業部門の生産が正常化しつつあることを理由に今年の銅生産が前年比で+15%程度上回るとの見通しを示す一方、中銀は社会不安の長期化が家計、企業双方のマインドの足かせになるとともに、鉱業部門を中心とする設備投資意欲の後退が景気の重石になると対照的な見方を示す。国内・外双方に不透明要因が山積するなかで同国経済を取り巻く状況は厳しい展開が続くことは避けられないであろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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