スリランカ債務再編へ日印仏の新枠組発足、中所得国債務問題に「光」か

~二国間融資で最大債権国・中国の対応に注目、平場で透明性の高い協議が行われる意義は大きい~

西濵 徹

要旨
  • スリランカは過去の度重なる失政に加えてコロナ禍も重なり、昨年対外債務のデフォルト状態に陥った。ウィクラマシンハ政権の下でIMF支援受け入れに向けた協議が進められてきたなか、支援実施の前提となるすべての債権者からの融資保証が得られ、先月のIMF理事会において承認された。この決定に基づき直ちに約3.3億ドル規模の財政支援が実施されるなど、同国経済の立て直しに向けた大きな一歩を踏み出した。
  • こうしたなか、主要債権国である日本とインド、債務再編で知見の多いフランスが共同議長となる新枠組の発足が発表された。二国間融資で最大の債権国である中国の対応に注目が集まるが、全債権者が平場で協議することで融資などの付帯条件が詳らかになることの意義は大きい。中国を協議に着かせる環境作りに加え、すべての参加者にゴリ押しを許さない毅然とした対応を採ることが何よりも求められることになろう。

スリランカにおいては、ラジャパクサ一族(マヒンダ元大統領、及びゴタバヤ元大統領)の下での度重なる失政に加え、コロナ禍による主力産業(観光業)の壊滅的打撃も重なる形で外貨不足に陥り、エネルギー資源や肥料、穀物、医療品など幅広く輸入が滞る事態となり、インフレ昂進を受けて国民生活に深刻な悪影響が出るとともに、対外債務が支払い不能となったことで債務不履行(デフォルト)状態に陥った。さらに、昨年は国民生活の大混乱をきっかけに反政府デモが活発化して政情不安に陥るとともに、最終的に当時のゴタバヤ元首相が海外逃亡して大統領を辞任する事態となり、その後に議会での大統領選を経てウィクラマシンハ政権が誕生し、ウィクラマシンハ大統領の下で経済の立て直しが図られている。なお、同国では外貨不足が顕在化する以前から、ラジャパクサ一族の下で中国からの経済支援を急拡大させてきたことを受けていわゆる『債務の罠』と称される事態に陥るなど、財政や対外債務を巡る問題に直面してきた。よって、ウィクラマシンハ大統領は財務相を兼務することでIMF(国際通貨基金)からの支援受け入れの窓口となり、円滑な支援受け入れを通じた経済の立て直しを目指す姿勢を前面に打ち出してきた。IMFからの金融支援については、昨年9月に実務者レベルで拡大信用供与ファシリティー(EEF)に基づく総額22億SDR(約29億ドル)規模の支援を行うことで合意がなされたが(注1)、支援実施には理事会承認が必要であり、その前提として中国、インド、日本をはじめとする主要債権国のほか、国債を保有する海外金融機関や資産運用会社との間で債務再編に向けた合意が必要になる。ウィクラマシンハ政権は昨年中の合意に向けて交渉を進めてきたものの、パリクラブ(主要債権国会議)との交渉は進展する一方、パリクラブに属さない主要債権国である中国とインドとの協議が難航してきた。しかし、今年1月にはインドがIMF支援を後押しすべく債務再編に応じることを明らかにしたほか、その後も中国(中国進出口銀行)が昨年と今年に期限を迎える債務を対象に即時返済を求めない上、中長期的な債務処理に関する交渉をまとめる意向を示しており、これによりIMF支援の受け入れの前提となるすべての債権者からの融資保証を得られた(注2)。結果、IMFは先月20日に開催した理事会でEEFに基づく総額22.86億SDR(約30億ドル)規模の支援実施を承認し、この決定に基づいて直ちに2.54億SDR(約3.3億ドル)相当の財政支援が実施されるなど、経済の立て直しに向けて大きな一歩を踏み出している。

こうしたなか、今月14~16日にかけて米・ワシントンDCにおいて開催される世界銀行とIMFの合同春季総会のサイドイベントとして、スリランカの債権国会合の発足が公表された。新たな枠組は、スリランカの主要債権国である日本とインド、そして、パリクラブの議長国として長年に亘って債務再編協議に関する経験を有するフランスの3ヶ国が主導する形で発足される。国際金融市場においてはここ数年、様々な新興国が債務問題に直面しており、G20(主要20ヶ国・地域)は2020年に低所得国を対象にIMFなどが主導する形で債権国が協調する形で債務減免を含め、債務再編などを進めやすくする『共通枠組み』の導入を決定している。しかし、スリランカは1人当たりGDPが3,268ドル(2022年)と中所得国に該当するため、上述の債務再編に関する共通枠組みの対象外となっている。今年のG20の議長国であるインドは、共通枠組みの対象を中所得国にも広げることを目指す姿勢をみせているものの、2月に開催された財務相・中央銀行総裁会議では債務再編の取り組みについて参加国の間に意見の隔たりがあることが明らかになるなどハードルの高さが露わになった。こうした事態を受けて、同国の主要債権国である日本とインド、そして債務再編に関する知見の多いフランスが共同議長として債務再編の議論を主導する枠組みを創設したと捉えられる。なお、スリランカにとって二国間融資で最大の債権国である中国は現状様子見姿勢だが、過去にはアフリカのザンビアにおいてフランスと中国が債権国会議の共同議長となるなど、債務再編のテーブルに着く動きもみられるなかで今後の対応に注目が集まる。他方、パリクラブ、非パリクラムの債権国が一堂に会して債務再編に関する協議を行うことは、すべての債権国・債務国が融資などの条件(金利、融資期間などをはじめとするすべての条件)を開示する必要に迫られるとともに、そうした条件に基づいて協議が進められることを意味する。中国による経済支援を巡っては、同国でも債務返済の目途が立たなくなったことを理由にハンバントタ港に対する99年間の租借権が中国国営企業に与えられるなど、極めて不透明な条件が付与されることが少なくないなか、こうした問題が詳らかにされることの意義は大きく、その意味でも中国に協議のテーブルに着かせる『環境作り』が必要になる。協議内容の透明性を高めるとともに、あらゆる参加者に『ゴリ押し』を許さない毅然とした対応が求められることになろう。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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