金融史に残る破綻、再編劇が起きても持ちこたえている金融市場

GFCの経験が活かされているがまだ楽観はできない

佐久間 啓

要旨

- ポイント -

  • GFCの経験と反省が活きているが楽観はできない
  • FRBの利下げだけを織り込むのは早計
  • 予想通りの経済減速か予想以上の悪化か見極める必要、楽観はできない
  • データがないなかで先走ってリスク評価を間違えないことが大切

2023年3月は金融市場にとって記憶に残る月になった。3月10日、主にスタートアップ企業向け融資を行うカリフォルニア州のシリコンバレー銀行(SVB)、3月12日には暗号資産(仮想通貨)取引で知られるニューヨーク州のシグネチャー銀行がそれぞれ経営破綻。いずれも総資産1,000億ドルを超える銀行の破綻であり、本拠地はカルフォルニアとニューヨーク、主要顧客はスタートアップと暗号資産とある意味時代を象徴する金融機関の破綻である。金融当局の行動は早く、12日中に政府による預金の全額保護、FRBによる新たな流動性供給の枠組み設定が発表されたことから比較的落ち着いた動きが続いている。

3月19日にはUBSによるクレディスイス(CS)の買収が発表された。1990年代までの“スイス3大銀行”と言われた時代から“2大銀行”時代を経て遂に一つになったという意味でもエポックメイキングな出来事。スイス政府、金融当局による事実上の救済買収であり、買収金額も直前のCSの時価総額を大きく下回る30億スイスフラン。破綻ではないことから株式は全損処理されないが、政府による特別な支援が入ったということで所謂“AT1債”は全損処理されることになった。

これだけの“大事故”を受けて当然のことながら金融不安が急速に高まり、グローバルに金融機関の株式が売られボラティリティーが急騰したが、市場全体を巻き込む“ショック”と言えるほどの大きな動きにはなっていないように感じる。これは2007年から2010年にかけてのグローバル金融危機(Global Financial Crisis、以下GFC)の経験と反省を活かしたバーゼルⅢ規制の導入や政府・金融当局の素早い行動の賜物なのか?それとも長く続いた低金利、カネ余り時代に常識となった“金融市場がグラつけば利下げ”に動くことを織り込んでいるからなのか?本稿ではこの辺りを考えてみたい。

前者だとすれば「今回の経営破綻はあくまで個別の話でありシステム全体の問題ではない」、「規制・監督について見直しは必要だが基本上手く機能しておりこれからも的確に対応できる」ので金融不安によるボラティリティーの高止まりは長く続かない、意外に早く金融不安は市場の主要テーマではなくなると言うこともできる。

ただそこまで政府・金融当局が完璧に不安心理を抑えることができると思っている市場参加者は少ないだろう。今回のアメリカの銀行破綻では預金は全額保護されたが、今後の対応を巡って当初は現行の預金保険対象の引上げや、破綻時の保護の全面的な拡大の検討が言われていたが、規律の点、財源の問題から預金保護にも限界があることは明確でストレス時の預金保護の追加的措置の枠組みの議論になってきている。預金保険対象金額を超える預金の流動性はこれまでより高くなるリスクもありバーゼルⅢの流動性規制の枠組みも再検討の必要が出てくるかもしれない。

今回のAT1債が株式に劣後して全損するという件は結構長く尾を引くだろう。バーゼルⅢ規制は国際的な枠組みであるが実際の規制は各国の規制当局が細かいルール等を決めることになっている。AT1債はリスクは高いが株式には優先する“債券”として認識して投資している投資家が多く、今回のスイス当局の判断には驚いた人が多い。AT1の損失吸収ルールは国によって違うことは理解され、投資家は当然目論見書も確認しているはずだが直前まで自己資本規制等基準をクリアしていたG-SIB’sのAT1債がいきなり全損というのは「書いてありますよ」と言われても投資家の間に動揺が走るのは当然だろう。

いずれにしても現行の規制・監督について市場が不安を感じたのは間違いない。今は事案が起きたばかりで当局は金融不安の連鎖を避けることに注力するべきだし、市場もその点では異論はないはずだ。今後は規制・監督の見直しの議論が始まると思われるが、その動きを見極めていくことになる。比較的落ち着いた動きなのはGFCの経験と反省があるからというのは間違いないが、忘れかけていたリスクを思い起こすきっかけにもなったわけで、しばらく金融市場の一大テーマとして注目され続けるだろう。楽観はできない。

後者の利下げを織り込んでいるから比較的落ち着いているというのは言い過ぎとしても、この金融不安がFRBの姿勢に影響を与えたということは言える。銀行の相次ぐ経営破綻の後の3月21~22日にFOMCが開催された。ニュースを受けて利上げ見送りという見方も出ていたが大方の予想通り25bpの利上げ、ドットチャートも2023年末5.25%で2022年12月と変わらずとなった。ただし声明文の中でこれまでの“ongoing increases in the target range will be”から“some additional policy firming may be”に変更。つまり“継続的な利上げを行う”から“追加的な引締めが必要”に変更。記者会見でパウエル議長は利上げ停止も議論したと発言。この局面での金融機関の経営破綻が足元好調な雇用環境やピークアウトが見えているインフレ率にどういう影響を与えていくのか注視する姿勢を見せた。3月初めまではターミナルレートの引上げもあり得るぐらいのタカ派発言をしていたことを考えると大きな姿勢変化と言えるだろう。この姿勢変化が金融市場の落ち着きを支えていると言えるだろう。

その後、株式市場では連銀貸出や今回の危機対応で新設されたBTFPによる貸出が増え、FRBのバランスシートが拡大したことか実質量的緩和再開と囃すむきも出てきて金融株が売られる一方大型グロース株が買われるという場面も見られた。ただFRBのバランシート拡大→量的緩和→株式買いと考えるのは流石に早計だろう。しかしFRBがここまでその姿勢を変化させたのは、金融不安が引き締め効果を持つからだ。銀行が流動性への対応から貸出態度を厳しくすれば経済活動にはインパクト大きい。FRBはこの1年間でFF金利を025%から5.0%まで異例のスピード引き上げてきた。金融政策は実態経済に影響を与えるまでにある程度の時間が必要であるが、これまでの引き上げの効果を見守るステージに移行しつつあったタイミングで今回の銀行破綻は起きた。タミナルレートに近づいたところで金融不安による追加的引締めが起きては実体経済を必要以上に冷え込ませるリスクが大きい。そうした判断からの声明文の文言変更、記者会見での発言だろう。

今金融市場が気にするべきは利上げの累積効果と金融不安による追加的引締めによって実体経済が予想通りに減速するのか予想を上回って急激に悪化していくのかという点だ。株式市場的には業績下方修正がどこまであるか?という点だ。その視点ではまだSVBの破綻から3週目であり、ハードデータではその影響は捉えられない。銀行の貸出態度も3カ月毎の公表だ(直近は2022年12月データ)。まだ楽観はできない。早くデータを確認したいのにできないもどかしさから、ささいな事実を過大に捉えてリスク評価を誤ることもありがちだ。これまで以上に丁寧にファンダメンタルズデータを読み解いていく必要があるし、金融システムの動向を確認するために銀行のバランシートの情報(FRBより週次で公表:Assets and Liabilities of Commercial Banks in the United States - H.8)やマネーマーケットの動向についても注意を払っていくことが重要だ。

以 上

佐久間 啓


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

佐久間 啓

さくま ひろし

経済調査部 研究理事
担当: 金融市場全般

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ