インドネシア・ジョコ大統領、中銀総裁に現職のペリー氏を再指名

~国内外に不透明要因が山積するなか、スリ・ムルヤニ財務相とのタッグによる「安全運転」を重視~

西濵 徹

要旨
  • インドネシアでは中銀のペリー現総裁の任期が5月に迫る一方、中銀法改正により総裁や理事に元政治家を任命可能となり、その行方に注目が集まった。事前にはペリー氏の再任のほか、スリ・ムルヤニ財務相を指名するとの見方が強まったが、ジョコ大統領は23日にペリー氏を指名することを明らかにした。先行きの同国経済には国内外で不透明要因が山積しており、ペリー氏の手腕を評価するとともに、スリ・ムルヤニ氏を財務相に留任させることで「安全運転」を重視したとみられる。ペリー氏の下で中銀は昨年来の利上げ局面の終了を決定したが、ルピア相場が再び頭打ちする動きもみられるなか、中銀は介入による安定を目指すとみられる。ただし、ペリー氏にとっては景気、物価、為替の安定に向けた難しいかじ取りを迫られる展開が続こう。

インドネシア経済を巡っては、昨年の経済成長率は+5.31%と9年ぶりの高成長となるなどコロナ禍の克服が進んでいるものの、足下の景気については物価高と金利高の共存が家計消費など内需の足かせとなることが懸念されるほか、世界経済の減速懸念や商品高の一服、国境再開による外国人観光客の底入れの動きも一巡するなど外需に不透明感が強まる動きがみられる(注1)。こうしたなか、中銀は先週16日に開催した定例会合において、昨年末以降におけるルピア相場の調整一服に加え、先行きのインフレ鈍化を想定して、昨年8月以降における利上げ局面の終了を決定するなど、景気に配慮する姿勢をみせている(注2)。他方、昨年末以降のルピア相場を巡っては、国際金融市場における米ドル高圧力に一服感が出たことを受けて底打ちする動きがみられたものの、足下においては米ドル高の動きが再燃していることを反映して一転して頭打ちしている。中銀はこのところのルピア安について、米FRB(連邦準備制度理事会)の高金利維持といった外部環境に拠るところが大きいとの認識を示すとともに、新規制(輸出企業に対する輸出代金の約3割を3ヶ月間国内に保有する義務)導入の動きも相場を下支えするとの見方を示すなど楽観視している模様である。また、昨年後半にかけてのルピア安局面においては為替介入を通じた相場安定を図る動きをみせており、利上げ局面の終了を明言したことを受けて、今後は再び為替介入に動く可能性が高まっていると判断出来る。なお、昨年後半にかけての為替介入を受けて外貨準備は減少の動きを強めた結果、一時はIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無を示す基準として提示するARA(Assessing Reserve Adequacy)に照らして『適正水準(100~150%)』の下限を下回るなど、困難に直面することが懸念された。しかし、その後の米ドル高圧力の一服により資金流出圧力が弱まるとともに、資金流入に転じる動きを反映して外貨準備高は増加に転じており、足下では適正水準を回復するなど懸念は大きく後退している。他方、中銀を巡っては、昨年末に行われた中銀法の改正に基づく形で、政策目標に持続可能な経済成長の支援を目的とする金融システムの安定維持といった内容が追加されるなど、政策運営に当たってこれまで以上に景気に配慮する必要性が高まっている。さらに、人事についても総裁や理事に元政治家を指名することが可能になるとともに、大統領が危機的事態を宣言した際に中銀が政府からの国際の直接購入を認める財政ファイナンスを是認する内容が盛り込まれている。よって、仮に元政治家が中銀総裁に就任するとともに、財政ファイナンスを通じて政府による施策を側面支援する動きが強まれば、中銀の独立性が大きく損なわれるほか、ルピア相場にも悪影響が出ることが懸念された(注3)。ペリー現総裁の任期が5月23日に迫るなかで政府が誰を次期総裁に任命するかに注目が集まっていたが、23日にジョコ大統領はペリー氏を指名することを明らかにした。その理由についてジョコ氏は「世界経済が混乱に見舞われるなかでリスクを取ることは出来ない」とした上で、これまでのペリー総裁の手腕、及び経験を改めて評価したものと捉えられる。今後は議会が1ヶ月間に亘って人事案の検討を行った上でその可否を決定するものの、議会内においては与党連合が4分の3以上を占めていることを勘案すれば、否決される可能性は極めて低いと見込まれる。中銀総裁は過去8人が1期で任期満了となる展開が続いてきたものの、ペリー氏が再任されれば異例の2期目入りとなる。事前にはスリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相を中銀総裁に指名する見方も示されたものの、ジョコ大統領としてはスリ・ムルヤニ氏を財務相に留めることを求めたとされており、来年2月に次期大統領選(第1回投票)と総選挙が予定される上、国内外で先行きの景気に対する不透明要因が山積するなかで『安全運転』を重視したと見込まれる。ペリー総裁にとっては、国内外で不透明要因が山積するなかで物価と景気、為替の安定を図る難しいかじ取りを迫られる展開が続くであろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ