インド、景気底入れの動きに一服感、成長実現のハードルが高まる兆しも

~経済規模は英国を抜いて世界5位入りも、国内外で成長モデル見直しの影響は必至と見込まれる~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済はスタグフレーションに陥る懸念が高まっている。他方、世界的なインフレによる米FRBなどのタカ派傾斜は世界的なマネーフローに影響を与え、経済のファンダメンタルズの脆弱な新興国に資金流出が集中する動きがみられた。インドは商品高によるインフレに直面する上、資金流出によるルピー安もインフレ昂進を招くなか、中銀は物価及び為替安定を目的に金融引き締めを余儀なくされた。足下では米ドル高の動きに一服感が出ているが、商品市況の高止まりでルピー相場に調整圧力がくすぶるなど難しい状況が続く。
  • インド経済は国内外双方で不透明要因が山積するなか、7-9月の実質GDP成長率は前年比+6.3%に鈍化、前期比年率ベースでは5四半期ぶりのマイナス成長と試算されるなど底入れの動きは一服している。国境再開の動きは外需を下支えする一方、物価高と金利高の共存は実質購買力を下押しするなど内需は総じて弱含んでいる。先行きは世界経済のスタグフレーション入りが懸念される上、内需を取り巻く環境も一段と厳しさが増すことを勘案すれば、当面の景気は一段と勢いを欠く展開が続く可能性が高まっていると言える。
  • 当研究所は先月定例の経済見通しを改定したが、7-9月は前提とほぼ同じであったため、今年度+7.1%、来年度+5.6%とする見通しを据え置く。今年はインドの経済規模は英国を抜いて世界5位になる見通しだが、先行きは国内外での成長モデルの見直しも影響して成長実現のハードルが高まることは避けられない。

世界経済を巡っては、中国による厳しい行動制限を伴う『動態ゼロコロナ』戦略への拘泥が幅広い経済活動に悪影響を与えており、サプライチェーンの混乱を通じて中国経済のみならず、中国と連動性の高い国々の景気の足を引っ張る動きがみられる。さらに、ウクライナ情勢の悪化による供給不安を理由とする商品高は世界的なインフレを招くなか、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀は物価抑制を目的にタカ派傾斜を強めており、コロナ禍からの景気回復が続く欧米など主要国では物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。このように経済成長のけん引役となってきた中国、及び欧米など主要国はともに景気減速が意識される状況に直面しており、世界経済はスタグフレーションに陥る懸念が高まっている。また、米FRBなどのタカ派傾斜の動きは世界的なマネーフローに影響を与えており、なかでも経済のファンダメタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が加速する動きがみられた。インドについては、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』が慢性化しており、国際金融市場の動揺に際して常に資金流出に直面してきたが、コロナ禍を経て財政状況は一段と悪化し、商品市況の高止まりは対外収支の悪化を招くなど、これまで以上にファンダメンタルズは脆弱さが増す展開となっている。さらに、商品高による世界的なインフレはインドにおいても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いており、資金流出に伴うルピー安は輸入物価を押し上げることで一段のインフレに繋がることが懸念される。事実、資金流出に伴いルピー相場は最安値を更新する展開をみせるとともに、インフレ率も中銀(インド準備銀行)の定めるインフレ目標を上回る推移が続くなか、中銀は5月に緊急利上げに踏み切るとともに(注1)、その後も物価及び為替の安定を目的に断続利上げに追い込まれるなど対応に苦慮する事態に直面している。なお、中銀は先月初めに緊急での金融政策委員会を開催しており、政府から足下の物価高に対する説明を求められる一方、利上げなど具体的なアクションを伴う形での政策対応は示されなかった(注2)。また、足下の国際金融市場においては米ドル高の動きに一服感が出ていることを反映して調整局面が続いたルピー相場は底打ちしており、ルピー安による物価への悪影響は幾分後退しているようにみえる。しかし、足下のルピー相場は商品市況の高止まりによるファンダメンタルズの脆弱さを理由に上値の重い展開が続いており、中銀は今後も物価及び為替の安定を目的に一段の金融引き締めを迫られる状況は変わっていない。よって、足下のインド経済は上述のように外部を取り巻く環境が急速に厳しさを増す動きがみられるなか、国内においても物価高と金利高の共存が経済成長のけん引役となってきた家計消費など内需の足かせとなり得るなど、国内外双方で不透明要因が山積していると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

このように足下のインド経済には不透明要因が山積する状況に直面しているなか、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+6.3%と前期(同+13.5%)から伸びこそ鈍化するも、8四半期連続のプラス成長で推移するなど堅調さが続いていることが示されている。なお、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は前期に大きく拡大ペースが加速した反動で5四半期ぶりのマイナス成長に転じていると試算されるなど、底入れの動きが続いた流れに一服感が出ている様子がうかがえる。世界経済の減速懸念の高まりにも拘らず、ルピー安による価格競争力の向上に加え、感染一服による国境再開も追い風に外国人観光客の底入れが進み、財及びサービスの両面で輸出は底堅い動きが続くなど、外需が景気を下支えする展開となっている。一方、行動制限の緩和によるペントアップ・ディマンド発現の動きが一巡している上、物価高と金利高の共存により家計部門の実質購買力に下押し圧力が掛かっていることを反映して家計消費は鈍化しているほか、企業部門による設備投資需要にも一服感が出るなど、幅広く内需に下押し圧力が掛かる動きがみられる。一方、供給サイドの統計である実質GVA(総付加価値)成長率も7-9月は前年同期比+5.6%と前期(同+12.7%)から伸びが鈍化しており、季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率も5四半期ぶりのマイナス成長に陥ったと試算されるなど、底入れの動きが続いた景気に一服感が出ている様子がうかがえる。外国人観光客数の堅調な流入などを追い風に観光関連をはじめとするサービス業の生産に堅調な動きがみられるほか、農林漁業関連の生産にも底堅い動きがみられる一方、物価高と金利高の共存による実質購買力の下押しを受けた建設需要の低迷に加え、国内外の景気を取り巻く不透明感の高まりを反映して製造業や鉱業部門の生産も総じて弱含む動きがみられるなど、幅広い分野で生産活動に下押し圧力が掛かっている。先行きについては世界経済のスタグフレーション入りが懸念されるなど外需を巡る不透明感が高まることは避けられない上、インフレ圧力がくすぶるなかで一段の金融引き締めを迫られるなど実質購買力の重石となる動きが一層顕在化する可能性を勘案すれば、当面の景気は勢いの乏しい展開となることが考えられる。

図表3
図表3

図表4
図表4

図表5
図表5

なお、当研究所は先月に定例の経済見通しの改訂を行っており、インドについては今年度(2022-23年度)の経済成長率は+7.1%、来年度(2023-24年度)は+5.6%に徐々に鈍化するとの見方を示しているが(注3)、7-9月はGDP統計が見通しの前提に近い内容となったことを受けて現時点においてはこれを据え置く。他方、昨年時点におけるインドの米ドルベースのGDPは3.08兆ドルと英国(3.13兆ドル)に肩を並べる水準となっていたが、今年は9月までの累計ベースでインド(2.54兆ドル)が英国(2.33兆ドル)を上回ると試算されるなど、通年ベースで英国を上回ることは必至であり、インドの経済規模は米国、中国、日本、ドイツに次ぐ世界5位になるとみられる。ただし、来年の世界経済は成長のけん引役が不在となる可能性が高まるなか、成長の原動力となっている家計消費を取り巻く環境は厳しさを増しており、先行きは経済成長の勢いに陰りが出ることは避けられそうにない。同国は経常赤字状態であるなど慢性的な資金過小状態にある上、先行きの国際金融市場はカネ余りを前提とした資金流入も期待しにくくなることが予想されるなか、世界経済自体もこれまでのグローバル化を前提した成長実現が難しくなると見込まれることを勘案すれば、インド経済についても成長実現のハードルが徐々に高まることを頭に置いておく必要があろう。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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