インド中銀、インフレ懸念に対応して緊急利上げを決定

~景気への「逆風」を警戒して中銀は緩和スタンスを維持も、引き締めシフトは避けられない模様~

西濵 徹

要旨
  • 国際金融市場では、国際商品市況の上振れによるインフレ懸念が高まり、米FRBなど主要国中銀はタカ派姿勢を強めるなど新興国を取り巻く状況は変化を余儀なくされている。インドは伝統的に経済のファンダメンタルズが脆弱ななか、ここ数年のインフレは落ち着いた推移が続いたが、商品市況の上振れを受けてインフレは昂進しており、対外収支も脆弱さが増している。こうしたなか、中銀は4日に緊急会合を開催してレポ金利を40bp、現金準備率を50bp引き上げる金融引き締めに舵を切る決定を行った。足下の景気動向について感染一服による回復を期待する一方、物価の上振れリスクに対応する考えをみせつつ、景気の逆風を懸念して緩和姿勢を維持する考えを改めて示した。ただし、外部環境は一段と厳しさを増すことが予想されるなか、今後は一段の金融引き締めを迫られるとともに、景気回復の足かせとなる可能性に要注意と言えよう。

このところの国際金融市場においては、世界経済の回復による需要底入れが進む一方、ウクライナ情勢の悪化を受けて欧米諸国などはロシアに対する経済制裁を強化させるなど供給懸念が意識されるなか、幅広い国際商品市況が上振れしており、世界的にインフレ圧力が強まる動きがみられる。こうした事態を受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀はタカ派姿勢への傾斜を強めており、コロナ禍対応を目的とする全世界的な金融緩和を受けた『カネ余り』の手仕舞いが進むことが意識されている。なお、国際金融市場では全世界的なカネ余りに加え、主要国における金利低下も追い風に一部のマネーがより高い収益を求めて新興国に回帰する動きがみられたが、環境変化によりこうした状況は変化しており、なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国では資金流出に向けた圧力が掛かりやすい。インドは慢性的に経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』を抱えている上、過去にはインフレも常態化しており、2013年に当時の米FRBのバーナンキ元議長による量的緩和政策の縮小『示唆』発言をきっかけにした国際金融市場の動揺(テーパー・タントラム)では、資金流出が集中した5ヶ国(フラジャイル・ファイブ)の一角となった。他方、ここ数年のインフレ率は落ち着いた推移をみせてきたものの、足下では幅広い国際商品市況の上振れを受けてインフレ率は上振れして3ヶ月連続で中銀(インド準備銀行)の定める目標(4±2%)を上回る水準で推移してきた。さらに、コロナ禍対応を理由にインド政府は事実上の財政ファイナンスに動くなど財政面での脆弱さは高まっているほか、原油などエネルギー資源の大宗を中東などからの輸入に依存するなかで国際商品市況の上振れにより対外収支は悪化が避けられず、国際金融市場では資金流出に伴う通貨ルピー安が輸入物価を通じてインフレの加速を招く懸念もくすぶる。なお、中銀は先月の定例会合において政策金利を据え置く一方、短期金利のコリドーの縮小に加え、先行きについて段階的に流動性の吸収を図る方針を示すなど金融政策の正常化を開始する方針を明らかにしていた(注1)。ただし、足下においては国際商品市況が一段と上振れする動きをみせている上、国際金融市場を取り巻く環境も変化の度合いを強めるなど、インドを取り巻く状況は厳しさを増すことが懸念されるなか、中銀は来月6~8日に予定された次回の定例会合を前に4日に緊急会合を開催し、政策金利であるレポ金利を40bp引き上げて4.40%とするとともに、現金準備率も50bp引き上げて4.50%とするなど金融引き締めに舵を切る決定を行った。会合後に公表された声明文では、世界経済について「地政学リスクによる混乱を受けて下振れリスクが高まっている」とする一方、同国経済について「感染一服により経済活動は安定化しているが、物価は大きく上振れしている」との見方を示した。その上で、物価動向について「不確実性が高く、地政学的な状況に左右されるが、直接的及び間接的影響により上振れリスクが高まっており、4月の定例会合で想定された見通しから大きく上振れする可能性が高まる」との認識を示した。他方、景気見通しについては「雨季の雨量は例年並みと見込まれるほか、経済活動の正常化も期待されるが、外部環境の悪化や商品市況の上昇、供給制約は景気の逆風になる」との認識を示し、「インド経済はこうした状況を乗り切ることは出来ると見込まれるが、リスクバランスを継続的に注視することが賢明」との見方を示した。よって、短期的なインフレの上振れリスクに対応すべく利上げ及び現金準備率の引き上げを決定する一方、景気に対する逆風に対応すべく、政策スタンスについては「経済成長を支えつつ、物価が目標域に収まるよう緩和策の撤退に焦点を当てながら緩和的な姿勢を維持する」との従来姿勢を維持することを決定している。会合後にオンライン記者会見に臨んだ同行のダス総裁は、今回の決定について「足下の経済活動は概ね4月の定例会合の想定通りに進んでいるが、物価は供給要因が経済に与える二次的要因を抑制した上で、長期的なインフレ見通しに影響を与えないよう毅然とした措置で適切且つ時宜を得た対応を正当化すると判断した」との考えを示した。現時点において中銀は慎重姿勢を崩していないとみられるものの、インフレの一段の上振れに繋がる材料が山積していることを勘案すれば、今後は一段の引き締めを迫られる可能性は高く、景気回復の足かせとなり得ることに留意が必要になると予想される。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ルピー相場(対ドル)の推移
図 2 ルピー相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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