インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

インド中銀、緊急会合開催も政府への説明の検討が目的であった模様

~景気に配慮した政策を志向する兆候の一方、政策運営は難しい対応を迫られることは間違いない~

西濵 徹

要旨
  • インド経済を巡っては、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まるも、景気は依然として堅調な推移が続いている。他方、商品高やルピー安による輸入物価の押し上げに加え、堅調な景気もインフレを招いて中銀の定める目標を上回る推移が続くなか、中銀は今月3日に追加の金融政策委員会を開催することを発表した。金融市場では追加引き締めに動くとの観測もみられたが、会合後に中銀が公表した声明文では足下の物価上昇に関する政府への報告書の検討・起草を行った旨が示されるなど具体的なアクションはなかった。一方、中銀のダス総裁は2日に行った講演で性急な金融引き締めに距離を置く姿勢をみせており、景気に配慮する姿勢をみせる可能性は高まっている。ただし、ルピー相場は物価動向に影響を与えやすいなかで先行きの中銀は景気に配慮した政策運営に傾くか難しい対応を迫られることは間違いない。

足下のインド経済を巡っては、感染一服を受けた経済活動の正常化の進展も追い風にコロナ禍からの景気回復の動きが続いている。他方、商品高に伴う食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレに加え、世界的なインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜による資金流出がルピー安を招くなど、輸入物価を通じたインフレ昂進の動きに直面している。政府及び中銀(インド準備銀行)はコロナ禍からの景気回復を促すべく、財政及び金融政策の総動員による下支えを図ってきたものの、物価及び為替の安定を目的に今年5月に緊急利上げを実施したほか(注1)、その後も6月(注2)、8月(注3)、9月(注4)と立て続けの利上げ実施に動くなど金融引き締めを迫られている。このように物価高と金利高の共存は景気に冷や水を浴びせる懸念があるほか、世界経済も減速が意識されるなど景気に対する不透明感が高まる動きがみられるものの、足下の企業マインドの動きは製造業のみならず、サービス業もともに底堅く推移するなど経済成長のけん引役である家計消費など内需の堅調さを示唆する動きがみられる。さらに、企業マインドの改善を追い風に雇用を取り巻く環境も改善が続いており、足下のインフレ率は商品高に伴う食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられるとともに、堅調な景気を反映してコアインフレ率も高止まりしてともに中銀の定めるインフレ目標(4±2%)の上限を上回る推移が続いている。さらに、国際金融市場では商品高に伴うインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜による米ドル高の動きは世界的なマネーフローに影響を与えており、多くの新興国で資金流出を招いている。なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国では資金流出の動きが集中しやすく、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』に加えてインフレが顕在化しているインドでは通貨ルピー相場が最安値圏で推移しており、輸入物価を通じてインフレが一段と昂進する懸念が高まっている。こうしたなか、中銀は突如今月3日に追加の金融政策委員会を開催する方針を公表し、政府から足下のインフレ率が目標を上回る推移が続いていることの理由及びその対処方針を求められたことが影響した模様である(注5)。なお、中銀が3日に公表した声明文では、6人のすべての政策委員が参加する形で金融政策委員会の別会合を開催した上で、同会合において政府への報告書に関する検討及び起草が行われた旨が発表された。事前には筆者も含めて緊急会合において追加対応に動くとの見方が出たものの、緊急措置による『サプライズ』演出が目的であれば緊急会合の日時を発表した段階でその効果は雲散霧消するため、よく考えれば当然の結末であったと考えられる。また、前日(2日)に同行のダス総裁はインド商工会議所とインド銀行協会による共催セミナーでの講演において、別会合に関連して「会合後に書簡を公表する予定はなく、そもそも中銀には政府に送付する前に書簡を公表する権限を有していない。しかし、書簡の内容が絶対に公表されないという訳ではなく、その内容はいずれ明らかになる」と述べるなど、会合自体が政策運営そのものを協議の対象としていなかったと捉えられる。その上で「中銀の透明性が損なわれることはなく、インフレ目標にズレが生じただけ」とも述べており、「インフレの早期抑制に取り組んでいたら経済及び国民にとって非常に高い代償を払う結果になっていただろう」として性急な金融引き締めに距離を置く姿勢を示したと捉えられる。また、足下のルピーの対ドル相場は最安値圏で推移しているものの「幾つかの主要通貨は米ドルに対して大幅に調整しており、実質実効ベースでみれば認識にずれが生じている」とした上で、「足下のインド経済は様々な難題が山積するなかでも比較的堅調な推移が続いており、マクロ経済の安定の支援及び維持に引き続き尽力する」と述べるなど、政策運営に自信を覗かせている。こうした姿勢は政策委員のなかに景気に配慮する形で利上げの休止を示唆する向きも出ており(注6)、こうした見方を是認していると捉えられる。また、足下のルピーの実質実効レートは堅調に推移していることは間違いない。しかし、現実には貿易決済の大宗を米ドルが占めるなかでルピー安による輸入物価の押し上げがインフレに悪影響を与えやすいことを勘案すれば、ルピー安を甘んじて受け入れられる状況にはない。中銀はルピー相場の安定に向けて積極的な為替介入を実施しているが、足下の外貨準備高の水準は国際金融市場の動揺への耐性は充分と試算されるなど問題が生じる可能性は低いものの、ルピー安の放置は一段のインフレ昂進を招き得るため、景気に冷や水を浴びせる一段の金融引き締めに動くか、景気に配慮して緩やかな金融引き締めに留める一方で介入を拡大させるか、中銀は難しい対応を迫られることになろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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