ベトナム中銀、ドン安が収まらず2ヶ月連続の利上げに追い込まれる

~中銀は為替介入も辞さない姿勢も、外貨準備の減少が加速するなかで「ガマン比べ」の様相が強まる~

西濵 徹

要旨
  • ベトナム経済を巡っては、世界経済の減速懸念が外需の足かせとなるほか、商品高によるインフレは家計消費など内需に冷や水を浴びせる懸念があるなど、景気の不透明感が高まっている。また、米FRBなどのタカ派傾斜は資金流出を招いて通貨ドン相場は調整の動きを強めており、輸入物価を通じた一段のインフレ昂進を招くことが懸念される。中銀は先月に物価と為替の安定を目的とする利上げ実施に動くも、その後もドン安が進んだことを受けて、今月19日にはドン相場の実質切り下げに動いた。しかし、その後もドン安が収まらないなかで中銀は24日に追加利上げを決定した。為替介入も辞さない考えを示すが、外貨準備は減少ペースを強めるなど金融市場の動揺への耐性は着実に低下しており、「ガマン比べ」の様相が強まるであろう。

ベトナム経済を巡っては、中国による『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥に加え、商品高による世界的なインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜も追い風に、世界経済は頭打ちの様相を強めるなど外需に対する不透明感が高まっているものの、7-9月の実質GDP成長率は前年比+13.67%と四半期ベースで過去最高の伸びとなるなど、一見すると堅調な景気が続いている。ただし、これは昨年の7-9月の景気がコロナ禍再燃の影響で大きく下振れした反動が出ていることに留意する必要があり、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は2四半期ぶりのマイナスに転じたと捉えられるなど、実態としては踊り場状態にあると捉えられる(注 )。他方、足下の企業マインドは堅調に推移するなど底堅さがうかがえるものの、上述のように世界経済は減速が意識されるなどアジア新興国のなかでも経済の輸出依存度が相対的に高い同国経済にとっては『逆風』となることが懸念される。また、商品高による世界的なインフレの余波は同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招いており、低インフレを追い風に比較的堅調な推移が続いた家計消費など内需に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。さらに、国際金融市場では米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜の動きが世界的なマネーフローに影響を与えており、ベトナムは周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と比較して金融市場の開放度合いは低いにも拘らず資金流出の動きが活発化して通貨ドンは調整の動きを強めている。ドン安の進行は輸入物価を通じた一段のインフレ昂進を招くことが懸念される上、ドンの対ドル相場を巡っては管理変動相場制を採用するなかで資金流出に伴うドン安圧力に対して介入による相場維持を図る必要があるなど、当局は難しい対応を迫られている。こうしたなか、ベトナム中銀は物価及び為替の安定を目的に9月22日に翌23日付で政策金利を100bp引き上げる決定を行うなど金融引き締めに舵を切ったものの、その後も資金流出に伴うドン安圧力が強まる展開が続いたことを受けて、今月17日にはドンの対ドル相場の基準値からの変動幅を従来の3%から5%に引き上げるなど事実上の切り下げに動く決定を行った(注 )。しかし、その後も国際金融市場では米FRBによる一段のタカ派傾斜が意識される形でドン安が進んで最安値を更新する展開が続いていることを受けて、中銀は24日に本日(25日)付で政策金利を100bp引き上げる決定を行うなど(リファイナンス金利:5.00→6.00%、公定歩合:3.50→4.50%)、一段の金融引き締めを迫られている。会合後に公表した声明文では、「世界的なインフレは依然高く、米FRBは5回連続で利上げを実施したものの、今後も年内のみならず来年にかけて追加利上げが見込まれる」とした上で、「この動きは米ドル高と相俟って国内の金利及び為替に圧力を掛けている」との認識を示した。その上で、先行きの政策対応について「適時適切な管理に向けて国内外の市場を注視するとともに、流動性ニーズに応えるべく短期市場と外為市場に介入する用意がある」との考えを示している。足下の外貨準備高は月平均輸入額の3ヶ月分を上回る水準を維持しているものの、資金流出に伴うドン安圧力への対抗を目的とする為替介入を余儀なくされたことで足下では減少ペースが加速するなど、着実に国際金融市場の動揺への耐性が損なわれていることは間違いない。今後も米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜が見込まれるなかで同国をはじめとする新興国は『ガマン比べ』、『体力勝負』の状況に追い込まれる可能性は高まっている。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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