ベトナム中銀、ドン相場の最安値更新に堪らず事実上の切り下げ決定

~米FRBのタカ派傾斜の弊害が露わに、多くの新興国が「ガマン比べ」に追い込まれる状況は必至~

西濵 徹

要旨
  • ベトナム経済を巡っては、7-9月の実質GDP成長率が前年比+13.67%と一見すれば底入れが進むも、実態としては足踏み状況にある。世界経済の減速懸念のほか、商品高によるインフレに加え、金融市場での通貨ドン安も輸入物価を通じたインフレ昂進も懸念されている。中銀は先月、物価及び為替安定を目的に利上げを決定する一方、政府は事実上の金融緩和に向けた圧力を示唆するなど難しい対応を迫られている。ただし、米FRBなどのタカ派傾斜を受けて通貨ドン相場は最安値を更新するなど資金流出に直面するなか、中銀は17日に事実上のドン相場の切り下げを決定した。中銀は為替安定へ介入も辞さない姿勢を示すが、年明け以降の外貨準備は急減しており、今後は「ガマン比べ」の様相を一段と強めることも予想される。

ベトナム経済を巡っては、中国による『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥のほか、商品高による世界的なインフレを受けた米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜など逆風に繋がる動きが山積しているものの、7-9月の実質GDP成長率は前年同期比+13.67%と四半期ベースで過去最高の伸びとなるなど一見すると堅調な動きが確認されている。とはいえ、これは昨年の7-9月がコロナ禍再燃の影響で景気が大きく下振れした反動が影響していることに留意する必要がある上、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は2四半期ぶりのマイナスに転じているとみられるなど、景気の実態は踊り場状態にあると判断出来る(注1)。ただし、如何なる理由にせよ前年比ベースで堅調な伸びが続いていることを受けて、同国政府は今月11日に今年通年の経済成長率を+8%と従来見通し(6.0~6.5%)から上振れするとの見方を示している。なお、9月までの累計ベースの今年の経済成長率は+8.8%であり、現状は政府の最新見通しの実現のハードルは決して高くないようにみえる。しかし、昨年の10-12月は前期にコロナ禍を受けて景気が下振れした状況から一転して大幅な拡大に転じたことを勘案すれば、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率ベースで+20%を上回るプラス成長を実現する必要があると試算出来る。足下の同国経済を巡っては、世界経済の減速懸念が外需の足かせとなることが避けられないほか、国内では商品高を受けた食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレが直撃するなど、国内外で景気の足かせとなる動きが顕在化していることを勘案すれば、政府見通しは些か楽観に過ぎるというのが実情であろう。また、国際金融市場では米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜を受けて新興国で資金流出の動きが広がるなか、同国金融市場は対外的に開かれている訳ではないものの、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを理由に資金流出の動きが強まっている。結果、こうした動きを反映して通貨ドンの対ドル相場は調整の動きを強めて最安値を更新しており、生活必需品を中心とするインフレ圧力が強まるなかでの通貨安は輸入物価を通じて一段のインフレ昂進を招く懸念が高まっている。中銀は先月22日、足下のインフレが上振れしていることに加え、ドン安によるインフレへの悪影響を懸念して政策金利を100bp引き上げるなど(リファイナンス金利:4.00→5.00%、公定歩合:2.50→3.50%)、景気下支えを優先した政策運営からの転換を迫られている。他方、政府は最新の経済見通しの発表に際して、先行きの金融政策について「年内は『柔軟で穏健な』政策を目指す」との考えを示すなど、事実上中銀に対して金融緩和に向けた圧力を強める動きをみせてきた。しかし、金融市場においてはドン安圧力が収まらず中銀が定める基準値からの変動幅の下限近傍で推移するなど、管理変動相場制の維持が難しくなる事態に直面してきた。こうしたなか、中銀は17日にドン相場の変動幅を従来の3.0%から5.0%に引き上げるなど、事実上のドン相場の切り下げに動くことを決定した。声明文では「引き続き市場動向を注視するとともに、市場安定に向けて外貨を売却する用意がある」とするなど、為替安定に向けて介入に動く可能性に含みを持たせた。ただし、ここ数年拡大が続いた外貨準備は昨年末以降に一転して減少に転じている上、足下では減少ペースが加速しており、金融市場におけるドン安に対抗して相当額の為替介入を迫られている可能性がある。中銀は「今年『大量の』外貨を市場に投入している」旨の説明を行うもその額を明らかにしていないほか、今後も米FRBは一段のタカ派傾斜に動くと見込まれるなかで資金流出の動きが続く可能性は高い(注2)。主要国中銀による大幅利上げ実施の弊害は着実に新興国に現れていることは間違いないなか、今後は他の新興国も『ガマン比べ』の状況に追い込まれる状況が予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ