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政府の物価対策の追加策

~予備費を使った小幅な対策~

熊野 英生

要旨

9月20日の閣議決定で、予備費を使った物価対策が決まった。4月の対策に続いての追加対策である。主な内容は、10月からの小麦価格の据え置きと、ガソリン等価格抑制の延長だ。それに、住民税非課税世帯への1世帯5万円の給付も加わる。この対策は、中長期の目標である脱炭素化の方針とどう接合するかが見えないとか、年金受給額が減らされる代わりに給付金を増やすだけでよいのかなど、様々な課題を抱えている。

目次

小粒の対策

岸田政権は、9月20日の閣議決定で、物価対策を追加することとした。原油価格・物価対策は、すでに4月に決定しているので、それに続くものとなる。予算規模は、予備費3.5兆円(34,846億円)を使い、追加的な歳出増にすることを回避した。先の4月の対策も、国費6.2兆円を使ったが、そのうち一般予備費・コロナ対策予備費を活用して、補正予算の追加は2.7兆円に止めた経緯がある。この予備費の範囲内ならば、国会の議決を経ずに政府が閣議決定で支出を決められる。今回の内容は、金額を予備費の範囲内に抑えようという苦心の後が感じられる。

物価対策の内容は、(1)10月の小麦価格上昇を回避するため、小麦の政府買い入れに税金を投入して、価格を4月分と同じに据え置くところが新しい内容である。2022年4月の値上げは、輸入価格の高騰を受けて、17.3%引き上げと大幅だった。自然体で行けば、10月は3割近くになってもおかしくないとみていたから、据え置きの効果は割に大きい。

次に、(2)ガソリン・軽油・重油・灯油の4油種の価格抑制の延長である。石油元売りに補助金を渡して、価格高騰を抑制する仕組みである。2022年1月27日に開始された価格抑制策は、これで少なくとも年末まで延長されることになった。これまで1月27日の開始以来、1リットル当たりの補助額の上限は5円→25円→35円と拡大されてきたが、今後はこれを11月30円、12月25円と段階的に縮小していく方針である。この(1)と(2)は、政府が財政資金を用いて、価格コントロールをする対応である。値下げにはならないが、これ以上の値上げを抑制させる効果はある。

それらとは別に、(3)住民税非課税世帯に1世帯5万円を給付する。財政負担は8,540億円になる。政府は、全世帯の4分の1に当たる1,600万世帯を想定しているという。政府は、低所得対策と呼ぶが、約7割の対象者が65歳以上の高齢者である。だから、高齢者対策という見方もできる。

インパクトは小さい

まず、この追加策の評価は、いかにも物価抑制の効果が小さすぎるという印象だ。財政資金を使った価格抑制には限界がある。インフレの本質は、輸入物価の上昇である。円安進行が、日本の物価に幅広いインパクトを与えている。だから、政府が物価抑制をしようとすれば、日銀と協調して、円安に歯止めをかけるしかない。すでに、原油価格はピークアウトしているので、円安が修正されれば、物価高騰も緩和されていくはずだ。逆に、岸田政権が黒田日銀に翻意を促せないところに何とももどかしさを感じる。

政府の対策は、値上がりが目立つ品目での価格コントロールを目指しているが、それでは限界があることは、データを確認するとよくわかる。

2022年8月の消費者物価の前年比(総合で3.0%)の寄与度を確認すると、食料品・エネルギーが全体の値上がりの83%を占めている(図表)。このうち、ガソリン・灯油の寄与度は8%、小麦関連(小麦粉、パン、麺、調理パン・パスタ・ピザ、外食のうどん・ラーメン・パスタ・サンドイッチ・ピザ)は15%である。政府の価格抑制は前年比上昇率のうち23%の寄与度部分を「上がりにくくさせる」という効果しか持たない。前政権の菅首相が推進した携帯電話料金の引き下げが随時剥落しているから、最近の消費者物価は逆に前年比が高まっているのが実情である。

図表1
図表1

やはり、値上がり品目の中で目立つのは、電気代・ガス代である(寄与度1.04%<全体の35%>)。これを引き下げられれば、政府の対策はより効果を上げられる。強いて言えば、現在、電力会社の料金改定は、基準時点の1.5倍の上限に達していて、それ以上の引き上げはできなくなっている(上限撤廃する会社もある)。これは一種の価格コントロールと言えなくもない。

また、岸田首相は、冬の電力需給逼迫に備えて、原発稼働を増やすとしている。これも、間接的に燃料コストを引き下げる対応になるかもしれない。ただし、電力会社の経営内容は、料金引き上げを抑制するほど悪化するので、そちらの方にもいずれ何らかの手当てが必要になってくるだろう。

ガソリン補助の問題点

政府のガソリン等補助金は、何度も延長されてきた。1月から12月までの財政支出の投入額は累計3兆円に達する(今回1.3兆円)。当初は、激変緩和措置と呼んでいたから、今回はごく短期間の予定が長期化していることがわかる。本来は高いものを安く売ることは、ガソリンなど化石燃料の消費を間接的に増やすことになりかなない。菅前首相の掲げた脱炭素化とは逆行してしまう。日本は2030年に温室効果ガスを▲46%削減することを公約しているので、価格補助は緊急避難的な措置であるべきだ。もしも、価格補助を延長するのであれば、もう一方で脱炭素化を促進する政策誘導を強化すべきではないか。例えば、EV車への買い替え促進について、スクラップ・インセンティブを手厚くして加速する方法がある。米国のバイデン政権は、インフレ対策法を成立させ、EV車促進や再生エネルギー普及を進めることにした。そうした脱炭素化をあまり念頭に置かずに、ガソリン等の価格据え置きだけをすることは、中長期的な視野が欠けていることになる。

住民税非課税世帯への給付金

価格コントロールの施策に加えて、住民税非課税世帯に1世帯5万円を配ることが決まった。さすがにこれには驚いた。与党は、ばらまき指向の野党の政策を参議院選挙では批判していたからだ。もう参議院選挙は終わって、3年間は国政選挙がない公算が高い。なぜ、与党がここにきて給付金の散布に傾くのかと首をかしげる人は多い。

岸田政権になって、2021年11月には住民税非課税世帯に10万円を給付することを決めた。その後、4月の物価対策では、2022年度になって11月の給付から漏れた新しい住民税非課税世帯への給付を決めている。この1年間を通じてみると、住民税非課税世帯は15万円の給付金を受け取ることになる。

問題のひとつは、この7割が65歳以上の高齢者だという点だ。公的年金の受給額は4月から前年比▲0.4%ほど減額されている。物価・賃金スライド制によって、1年遅れで年金受給額がカットされた。今年は運悪く、そこに物価上昇が来たことが年金受給者を襲った。政府はやむを得ず給付金を設けたという訳だ。

しかし、本筋は公的年金制度を見直すことではないか。1年遅れで物価スライドを適用するタイミングが遅すぎると思える。マクロ経済スライドで、じわじわと年金生活者の待遇が悪化することも、政府が高齢者の不遇を配慮しなくはいけない素地をつくっている。高齢者への給付金は、そうした矛盾に手を付けずに、高齢者の不満を緩和しようとするところも問題である。

賃上げはどこに行ったか?

物価対策として、国民が最も期待するのが賃上げである。今回は賃上げのための工夫が入っていない。賃上げをすれば、翌年の年金受給額も少し増える。4月の対策では、賃上げ促進税制によって、勤労者の所得を増やそうという方針が盛り込まれていた。しかし、この仕組みはマクロ的にどこまでワークしているのかがわからない。4~7月の毎月勤労統計をみる限り、実質賃金の下落は大幅だ。賃上げは、まだ成功すらしていない。筆者の記憶では、賃上げは岸田政権の看板政策だったはずなので、賃上げ促進税制だけをつくって、終わりにしてはいけない。2023年度の予算要望のテーマとして、岸田政権は「人への投資」を打ち出した。まだ賃上げが進んでいないのに、別のテーマを掲げたことには力の入れ方が緩んでしまわないかと心配になる。

筆者は、この賃上げの成果が大きくなりさえすれば、岸田政権の支持率はアップすると考える。逆に言えば、大きなテーマが言い放しになっていることに問題があるように思える。

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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