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2026.03.18
日本経済
経済財政政策
所得・消費
賃金
賃上げでも残されたままの経済格差
~中高所得世帯は所得増、中位以下増えず~
熊野 英生
- 要旨
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世帯全体の収入がどう変化しているかを時系列で捉えると、ここ数年は賃上げを背景にして、中高所得層では世帯収入を増やしている。しかし、下位30%までの所得層ではあまり増えていないという側面もみられる。ここには賃上げの恩恵が必ずしも行き渡っていない姿が映されている。世帯主が70歳以上の低所得の年金生活者にどう対処すべきかは、まだほとんど議論が進んでいない。
所得再分配調査の結果
2026年も、高い賃上げ率の実現が期待される。特に、3月18日の集中回答日の高い上昇率は、春闘全体を牽引するものとして歓迎される。そう断っておいて、もっと家計所得の全体像について捉え直してみたい。これは、勤労者世帯以外を含めた総世帯(含む単身世帯)の状況についての問題である。研究者の間で広く使われているのは厚生労働省の「所得再分配調査」である。直近の調査結果(2023年)では、ジニ係数でみて、当初所得(税引き前・社会保険料徴収前)では、年々格差が拡大する結果になっている。ジニ係数は1.00に近づくほど格差が大きいとされる。0.5以上では格差が大きいとされていて、2023年は0.5855となっている。このジニ係数は、調査開始の1996年以降ほぼ一貫して上昇(=格差拡大)している(図表1)。もっとも、税・社会保険料を調整して、さらに社会保障などの現金・現物給付を行った後の再分配所得でみれば、この格差は均される。時系列でみて、約30年間の格差の状況はほぼ横ばいである。こうした結果は、直感を裏切るものだろう。与野党は格差拡大を根拠に、各種公的支援を手厚くしようとしている。こうした手当は、必ずしも統計的裏付けがないことを示している。そして、既存制度の下で実施された格差是正の対応がそれほど的外れでなかったことも示している。巷間、「物価高で格差が拡大している」と強調されるが、少なくとも2023年までのデータでは所得面に関して、それほど調整後の再分配所得が不平等な結果にはなっていない。

もっとも、このデータに限界があるとすれば、2023~2025年までが織り込まれていないことである。2023~2025年には物価上昇と賃金上昇が進んだ。最近までの賃上げの効果は、果たして名目所得の格差是正を広げたのだろうか。本稿では、その点について別の角度から調べてみる。
総世帯の状況
最近の所得分布については、総務省「家計調査」(総世帯)の世帯年収分布から把握することができる。その中で、暦年ベースで2025年までの年間収入十分位が細かく発表されている。このデータを補完的に使えば、格差の状況がいくらかわかる。
まず、平均的な家計収入として中央値がどう推移しているかを時系列でプロットしてみた(図表2)。すると、ここ4年くらいは収入増が目立っていた。過去を遡ると、10年前から2021年までは、世帯収入の中央値はほぼ横ばいだったのが、2022~2025年にかけては上昇がみられる。2022~2025年の所得分布で、十分位ごとの年収水準の増減率を計算すると(すなわち累積ではない)、間接的に分布の変化が把握できる(図表3)。その結果は、上位10~30%のところでは、比較的上昇率が大きかった。中高所得世帯では収入が増えているようだ。この上昇は、企業の業績拡大を受けて、役員報酬が大きく増えたことや、中堅以上の勤労者の給与水準(年収400万円以上)が増えたことが考えられる。対照的に下位10~30%はこの期間は減少している。中高所得世帯と低所得世帯の間にコントラストがあることは、過去数年の特徴と言える。中高所得世帯の収入増は、賃上げが進んだ恩恵と言える。下位10~30%の世帯は、勤労者以外の世帯が多く、彼らの年間収入はあまり増えなかったことを暗示している。


では、この分布の下位10~30%とはどういった属性の人達なのだろうか。家計調査の世帯分布を調べたところ、その63%が世帯主年齢70歳以上になっている。この70歳以上の世帯は、8割強が無職世帯=世帯主が年金生活者である。これらの世帯に関して、年金給付額はこの期間に毎年1~2%台で改定されているので、年金給付自体が減ることは考えにくい。そこを敢えて、低所得化の事情を考えると、無職世帯の中で単身化が進んで、世帯平均の年収が減少するかたちになっていることが考えられる。また、70歳以上の自営業者などは、自身の事業廃業・事業規模縮小が起こっているという変化もあると考えられる。自営業の高齢化は進み、自営業の約4割は70歳以上で占められている。高齢化の影響は、低所得世帯をじわじわと衰退させているとみられる。
所得再分配政策の限界
以上のデータから筆者が言いたいことは、賃上げに限界があるという話ではなく、世帯収入が低い世帯には、別の支援政策を考えなくてはいけないということである。世帯の構成員が働いていない場合、無職世帯に関して、賃上げでは世帯収入が上がらないのは自明である。結局のところ、何らかのかたちで公的年金収入を引き上げるしか抜本的な対応手段はない。ところが、2004年の年金改革によって、制度的にそれは行いにくい。この改革で年金生活者の受給額は実質的に年々切り下がることが確定していて、年金の専門家たちは誰もその方針を修正することを考えていない。この点は、与野党がともに共通する認識なのだろう。
難しいのは、この問題が単にマクロ経済スライドを廃止すれば良いという話ではなく、すでに決まった枠組みの中で別途、実質的な年金水準のカットを停止するかにかかっている。そして、年金収支を長期計画で改善するような仕組みづくりを考えなくてはいけない。ここは筆者も実のところ具体的な対案を持ってはいない。一方、年金運用の中で、株式・外貨などの運用収益が大きく増加している。その利益は年金シミュレーションでは、100年後に収支上概ね消えてしまうのだが、再検討を行って現役世代の報酬増に結び付けられるアイデアを考えなくてはいけない。用意周到に考えないと、近視眼的な対応ではどうにも変えられない問題である。だからこそ、与野党は、こうした根の深い問題について正面から議論することを意図的に避けている印象がある。
残念ながら、政治の世界では2020年以降になって減税ポピュリズムへとどんどん傾いて、望ましい処方箋から遠ざかっている。その代わりに、減税・給付・補助金などで家計支援を行うという手法が主流になってしまっているように感じられる。何度も繰り返すが、低所得化の問題は公的年金給付のあり方を見直さなくては抜本的なものになり得ない。高市政権には、従来の減税ポピュリズムを乗り越えて、かつての自民党が議論してきたような抜本的社会保障制度改革を推進していただきたい。
熊野 英生
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

