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今、試されているエネルギー安全保障

~原油高騰にいかに対処するか?~

熊野 英生

要旨

イラン攻撃で改めて浮き彫りになったのは、エネルギー安全保障の重要性である。日本は化石燃料への依存度が高く、原発・再エネの発電割合が低い。この裏返しとして、海外で資源インフレが起こると貿易収支が赤字化して円安が進む。それが輸入インフレに波及するという図式である。今、原油備蓄の放出が検討されているが、経済政策はその先の備えまで構想して、あるべきエネルギー政策をも推進する必要がある。

目次

早期の備蓄放出か?

各国が原油備蓄の放出に動こうとする機運がある。G7財務相は、緊急のオンライン会合を開き、備蓄放出を議論したようだ。日本も、経済産業省が準備を指示したとされる。ホルムズ海峡からタンカーが日本まで航行するのに約3週間を要するとされる。2月28日にイラン攻撃が始まったことを勘案すると、3月20日が丁度3週目に当たる。おそらく、それ以降は原油入着の遅れが日本国内で供給制約として強く意識されるであろう。また、迂回路を通った貨物船などでも、燃料コストが高くなるため、コスト高の波及が強く警戒される。だからこそ、3月中旬よりも手前で原油備蓄の取り崩しを具体的に進める必要があるだろう。今、私たちは長期の備えとして準備していた原油備蓄を使って、エネルギー安全保障の実行をすべきときなのだろう。

おそらく、各国が協調で備蓄原油を放出し始めれば、一時1バレル119ドルまで上がったWTIの市況はピークアウトするだろう。しかし、それでインフレ圧力が完全に静まる訳ではない。すでに、中東原油の輸送が止まったことで、産油国が原油の生産調整を始めている。輸送コスト、保管コスト、保険料も上昇するだろう。また、備蓄を行っていない国々は、高値でも中東以外から原油を輸入しなければいけないので、そこで需給逼迫が起こるだろう。主要国の備蓄にも限りがあるため、イラン攻撃が長期化するほどに備蓄で賄える限界が問題視されるだろう。過去、2022年2月にウクライナ侵攻が始まって、1バレル120ドルを超える局面があったが、原油水準はその後に落ち着いてきても侵攻前のレベルには戻らなかった。2026年中の原油市況は、1ドル60ドル台半ばには戻らずに、いくらかの幅で石油関連製品の値上がりにつながっていくだろう。

エネルギー安保問題

達観してみると、筆者は今の局面こそがエネルギー安全保障の真価が問われるときだと考えている。平時にいくら危機管理を唱えていても、今のような有事にその危機管理が有効にワークしなければ、多額の財政支出をしてきた意味がない。その点、日本は中東原油に供給の9割を依存し、火力発電中心である。原発稼働率が低く、電力の火力依存度が高い日本は、あまりエネルギー安全保障ができているとは言えない。2024年度末では原発による電源供給は9.4%と低い。再エネを併せても3分の1しかない。その代わりに、原油・LNG依存度が高く3分の2を占める。2011年の震災前は30%を占めていた原発のウエイトは低くなったまま、大きくは改善していない。政府の目標は2040年に原発のシェアを2割に高めて、火力を3~4割に低下させるとしている。まだまだその計画にはほど遠い状況である。

こうした長期計画をよそに、ウクライナ侵攻、イラン攻撃と海外からのショックが起こり、原油急騰が起こってみると、化石燃料依存の状態から脱却できていないことを私たちは再確認させられる。これは、痛恨の極みである。今が危機だからこそ、高市政権にとっては、先送りされてきたエネルギー政策を問い直す絶好の機会ではないか。

そもそも、エネルギー安全保障とは、①国際情勢が不安定化したときのエネルギー・資源確保、②エネルギーをなるべく低コストで調達すること、③エネルギー・コストの上昇が起こっても、企業や家計が打撃を受け止められる強靱さを身につけること、の3つが肝要であれる。日本は、代替エネルギーとして原発と再生エネルギーへと電源シフトする政策を長い期間かけて推進してきた。このことは、世界的なAIブームが起こり、今後のデータセンター需要が高まるときに重要性を増すと考えられている。

それに対して、実際の経済政策はより短期の家計支援に軸足を置いてしまっている。あまり国家観がしっかりしているとは言えない。これは、高市政権よりも前からそうなのだが、政府はガソリン価格軽減策、電気・ガス代の補助を中心に物価高対策を推進してきている。残念ながら、これらは物価高の本質的な解決策ではなく、税金を使って痛み止めを打っているに過ぎない。

高市政権は、国会で審議中の2026年度本予算が通れば、そこから1兆円の予備費を使って、ガソリン・電気ガスの補助を積み増す意向なのだろう。しかし、必要なのは、そうした当座の対応だけではなく、①原発再稼働の推進、②化石燃料の調達先の分散、③再生エネ利用の促進・自動車の電動化などを推進するなどの中長期のエネルギー政策だろう。

円安問題もテーマに

日本経済が、原油高騰に対して脆弱な体質を見せている背景には、円安もある。コロナ禍が終息しつつある2022年頃から、日本の為替レートは円安局面に入り、1ドル130~160円のレンジで推移している。同時に2021年頃から起こった世界的なインフレの影響で、物価高が定着してしまっている。日本は輸入依存度が高いため、海外でインフレが起こると輸入額増加が進んで、それが円安傾向を助長する。つまり、世界のインフレと円安がシンクロしやすい構造なのだ。

政府は、このことに長く無関心であった。なぜならば、円安になれば輸出が増えるために、国内景気にプラスであろうという固定観念があったからだ。現在、円安でも輸出数量はほとんど増加しなくなっている。円安メリットはかつてに比べ乏しくなっている。この背景には、日本の大企業はすでに海外シフトを進めてしまっているから、今さら円安になっても国内生産能力を敢えて増強してまで輸出数量を増やそうとはしなくなっているという事情もある。むしろ、中堅・中小企業の輸出拡大を促進しなければ、日本のマクロの輸出増が見込めなくなっている。

エネルギー安全保障の範囲を拡大して考えると、海外物価の上昇が日本に波及しにくい構造を考えることも必要である。具体的には、円安に反応して輸出シフトを加速させることである。そのためには、中堅・中小企業の輸出拡大を開拓することも一つだ。こうした視点は、エネルギー安全保障の政策を単に資源調達だけで考えていると見えてこない。マクロ経済学の視点をもって、資源高のときに為替がどう動くのかという発想がなくては、通貨安に起因する輸入インフレを軽減できない。エネルギー安全保障の観点をもっと重視することが、国益に叶うと筆者は考えている。 

熊野 英生


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熊野 英生

くまの ひでお

経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計

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