- 要旨
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注目されたパウエル議長の講演では、インフレ抑制を重視する方針が強調された。景気は下押しされざるを得ない。26日のNYダウは大幅下落になった。FRBの利上げ姿勢が変わるのではないかという楽観論は完全に打ち砕かれた。
タカ派姿勢が鮮明に
パウエル議長の発言にマーケットが打ち震えた。2022年8月26日のジャクソンホール会議の講演内容は、NYダウを前日比▲1,008ドルも暴落させた。筆者も、パウエル議長がタカ姿勢を見せるのではないかと案じてはいたが、これほどまでインフレ・ファイター側に旗色を鮮明にするとは想像もしていなかった。インフレとの戦いでは、家計と企業は痛みを伴うだろう。インフレ退治を「やり遂げるまでやり続ける」という言葉に、パウエル議長の姿勢が集約されている。
それに比べてハト派的なコメントは影を潜めた。データ次第と繰り返したが、景気配慮を含んだ両論併記ではなかった。いずれ利上げ幅は小幅化するという以前の発言はなくなった。
マーケットに球を投げる
過去30年間の間に、中央銀行は「市場との対話」を重視するスタイルに変わった。対話の方針は耳障りがよいものに感じられるが、時々、耳に痛いことも伝えられる。それが今回だった。
7月の米消費者物価は、前年比上昇率が8.5%と、前月9.1%から下がり、ピークアウトが予感される数字になった。マーケットは、FRBの6・7月の+0.75%の連続利上げから、利上げ幅が小幅化していくとみた。そして、2023年早々にも利下げに転換する可能性を視野に入れる動きすら起こった。
パウエル議長はその思い込みを修正しなければいけないと腹を括ったのだろう。「7月のインフレ率の低下は歓迎すべきことだが、インフレ率の低下を確信するには遠く及ばない」と言った。この発言は、市場が間違えそうになると、中央銀行が球を投げて軌道修正を図ろうとする動きだ。
株価などが大きく変動するのは、その軌道修正の幅が予想外に大きかったことを反映している。特に、2023年の早い時期の利下げなどは到底考えられないと伝えたいのだろう。歴史的な教訓としては、時期尚早で緩和される政策を強く戒めているとした。FRBは、40年前に歴史をさかのぼって、ポール・ボルカーの時代を模範にしている。
当時の教訓は、表面的にインフレ率が上下動して見えても、趨勢としてインフレ・トレンドは変わりにくい。物価の伸び率を一旦大きく下方屈折させて、それを一定期間ほど据え置かなくては、インフレ期待は低下しない。インフレ期待を下げない限りは、インフレ再燃のリスクが高いまま残る。それが1980年代前半の教訓になるだろう。
また、物価と景気に関する教訓は、仮にインフレ期待が高止まったときは、何年間も経済はスタグフレーションに苦しむという点だ。1970年代の米国経済はスタグフレーションに長く苦しんだ。
スタグフレーションに陥らないためには、政策の順番として、たとえ大幅に景気悪化したとしても、インフレ期待を著しく低下させて、その後で景気支援を目指す。ボルカー氏はそのやり方で中央銀行の威信を高めた。
だから、FRBは今後、金融引き締めの手綱をそう簡単に緩めないだろう。パウエル議長は、「インフレはそれ自身を養うので、インフレ期待の支配を打ち破ることでなくてはいけない」と歴史的教訓を述べ、「現在の高インフレが続くほど、より高いインフレ期待が定着する可能性が高まる」と危機感を訴えた。この発言は、まさしくボルカー時代の教訓を踏まえている。
筆者は、最近はボルカー時代前後の歴史を知っている中央銀行関係者は少なくなったかもしれないと思っていた。しかし、必ずしもそうではないことが今回はわかった。
筆者も、かつて著名経済学者のロバート・ソロ-が言っていた言葉を思い出す。インフレの壷の中には魔神(インフレ期待)が住んでいて、高インフレになると、壷の中から出てきて、中央銀行のインフレ制御を困難にさせる。だから、中央銀行は魔神を壷から出さないように、高インフレ率が起きたとき、それが持続的にならないように、徹底的に叩く必要がある。魔神に勝つには、魔神が壷から出ないように、正しく初期対応をする。これがインフレ期待を発生させない鉄則になるという話だ。
経済の痛み
筆者がFRBの主張が最も明確だった言葉は、「トレンドを下回る成長率が一定期間継続される必要がある」という説明だった。すでに、米国経済はすでに2四半期連続でマイナス成長だ。これはルールに基づくと、景気後退と判定されるべき悪い結果だ。それを頭に入れると、今後、7~9月と10~12月も「トレンドを下回る成長率が継続する」と、景気後退は避けられなくなる。現在は、統計数字だけが景気後退の判定のルールに合致しているので、「テクニカル・リセッション」だと呼んでいる人も多い。形ばかりの景気後退という意味だ。もっとも、FRBの意図は、引き締めはまだ不十分なので、成長率をトレンドよりも押し下げる状態を長期化させて、テクニカル・リセッションを真正リセッションにするつもりなのだ。
マーケットが想像しているよりも、FRBはインフレ制御を重視していて、その代わりに景気が犠牲にならざるを得ないことがわかっていた。
9月のFOMCに注目
FRBのタカ派姿勢は鮮明になったが、具体的に年内利上げがどのようになるかは未だに不透明である。このジャクソンホールだけでは明確にわからない。
9月20・21日の次回FOMCは、+0.75%の幅になる公算が高まっているが、その判断の前に9月2日の雇用統計と、9月13日の消費者物価(8月分)の発表が控えている。7月に続き、8月の消費者物価も伸び率が低下するだろうか。いや、逆に伸び率が8.5%よりも大きく鈍化したときに、+0.75%の利上げ継続ならば、それをマーケットが理解するかが難しい課題になる。
9月のFOMCでは、政策金利の見通し(ドット・チャート)も発表される。6月の時点での見通しは、2022年末の政策金利が3.4%、2023年末は3.8%となっていた。もしも、9月の利上げでFFレートの誘導レンジが+0.75%の追加利上げによって3.00~3.25%になることを前提に考えると、11・12月のFOMCを経て2022年末4.00%以上の水準もあり得る。9月は6月時点から大きく金利見通しが上方修正される可能性がある。9月のFOMCは、波乱含みと言わざるを得ない。ジャクソンホール会議では、まだ具体的なことは語られなかった。今後の当局者の発言等から市場心理がさらに動揺することを警戒しなくてはいけない。
熊野 英生
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- 熊野 英生
くまの ひでお
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経済調査部 首席エコノミスト
担当: 金融政策、財政政策、金融市場、経済統計
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