フィリピン中銀、先月の緊急大幅利上げに続いて追加利上げに動く

~先月の75bpに続いて今月も50bp、需要の堅調さを理由に追加利上げに含みを持たせる姿勢~

西濵 徹

要旨
  • 18日、フィリピン中銀は翌日物借入金利を50bp引き上げて3.75%とする決定を行った。同行は5月と6月と立て続けに利上げに動いたが、商品高による物価上振れに加え、ペソ安の急進による物価への影響が懸念された。こうしたなか、同行は6月末に新体制が発足したばかりであったものの、先月に緊急で75bpもの大幅利上げ実施に舵を切った。その後はペソ安圧力が幾分緩む一方、インフレは一段と加速する展開が続くなか、中銀は一段の金融引き締めに舵を切った。同行は景気の堅調さを理由に一段の金融引き締めに含みを持たせたが、足下の実質GDPはコロナ禍前を下回る水準が続くなかで難しい対応を迫られるであろう。

フィリピンでは6月、前月の大統領選で勝利したフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)氏、同時に実施された副大統領選で勝利したサラ・ドゥテルテ=カルピオ氏がそれぞれ就任し、新政権が発足した。新政権を巡っては、選挙期間中にマルコス陣営が政策綱領を公表せず、如何なる運営がなされるかに不透明感が高まったものの、経済政策を担う担当閣僚はドゥテルテ前政権の政策を担ったテクノクラートが据えられるなど、前政権の政策が継承されるとみられる。他方、足下の同国経済を巡っては、実質GDPの水準がコロナ禍の影響が及ぶ直前の2019年末時点を下回るなど、コロナ禍からの回復がASEAN(東南アジア諸国連合)内でも遅れている(注1)。こうした状況ながら、昨年来の世界経済の回復による原油などエネルギー価格の底入れに加え、年明け以降はウクライナ情勢の悪化による供給不安も重なり商品価格は上振れしており、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっている。さらに、商品高による世界的なインフレを受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はタカ派傾斜を強めており、国際金融市場においては世界的なマネーフローが変化して経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国を中心に資金流出が強まる動きがみられる。フィリピンでは、商品市況の上振れに伴う輸入増が経常赤字の拡大に繋がっている上、コロナ禍対応を目的とする財政出動に加え、足下では物価抑制を目的とする追加財政出動も重なるなど財政状況も厳しさを増しており、経済のファンダメンタルズは脆弱さを増している。結果、国際金融市場においては米FRBのタカ派傾斜を受けた米ドル高に加え、資金流出の加速を追い風に通貨ペソ安が加速するなど輸入物価を通じてインフレが一段と昂進する懸念が高まった。中銀は今年5月の定例会合において2018年11月以来の利上げに舵を切ったほか(注2)、6月の定例会合においても追加利上げに動いたものの(注3)、その後も『タカ派度合い』の違いを理由にペソ安に歯止めが掛からない事態が続いた。また、6月末の新政権発足に併せて中銀では政策委員であったフェリペ・メダリャ氏が新総裁に就任するなど新体制が発足したが、その直後である先月14日に突如政策金利(翌日物借入金利)を75bp引き上げて3.25%とする大幅な金融引き締めに舵を切る決定を行った(注4)。その後のペソ相場を巡っては、国際金融市場において米FRBのタカ派度合いが後退するとの期待が高まったことで米ドル高圧力が弱まり、結果的にペソ相場は強含みする動きがみられた。しかし、直近7月のインフレ率は前年比+6.43%と一段と加速して中銀の定めるインフレ目標(2~4%)を大きく上回る伸びとなっているほか、足下においてはペソ相場への調整圧力がくすぶるなど難しい状況が続いている。こうしたなか、中銀は18日に開催した定例会合において翌日物借入金利を50bp引き上げて3.75%とする一段の金融引き締めを決定した。会合後に公表された声明文では、物価動向について「最新見通しでは今年を上方シフトさせた」としてインフレ見通しを「2022年は+5.4%、2023年は+4.0%、2024年は+3.2%」と従来見通し(2022年は+5.0%、2023年は+4.2%、2024年は+3.3%)から今年を上方修正する一方、来年と再来年を下方修正した。一方、物価目標を巡っては「危機的状況に晒されている」としつつ、「インフレ期待の高まりは2次的なインフレリスクを招く」との見方を示した。一方、「需要を巡る状況は堅調であり、さらなる金融政策の正常化に対応可能」としつつ、「景気の好調さは物価対策の柔軟性に繋がる」として「物価目標の実現に向けて、急激なインフレ昂進に対しては必要に応じて追加対策を講じる用意がある」として追加引き締めに含みを持たせる姿勢をみせた。ただし、上述のように実質GDPは依然コロナ禍前を下回るなど景気回復は道半ばのなか、物価高と金利高の共存が家計消費の足かせとなる懸念もくすぶるなど、今後は難しい対応を迫られることも予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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