フィリピン中銀・新総裁、異例だらけの就任早々の緊急大幅利上げ

~メダリャ新総裁は物価及び為替の安定を重視、今後も米FRBの動き次第で追加利上げを迫られよう~

西濵 徹

要旨
  • 世界経済は主要国を中心に回復が続く一方、中国の「ゼロ・コロナ」戦略が足かせとなるなど好悪双方の材料が混在する。一方、商品高は世界的なインフレを招くなか、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜は金融市場を取り巻く環境を変化させている。経済のファンダメンタルズの脆弱な国を巡る状況は厳しさを増しており、フィリピンではインフレ及び双子の赤字が懸念されるなかで通貨ペソ相場は最安値を更新する動きもみられた。中銀は5月及び6月に利上げを実施したが、利上げ幅は25bpに留まるなど米FRBとの「タカ派度合い」の差がペソ安に拍車を掛けるなか、14日に緊急利上げを決定して利上げ幅も75bpと大幅なものとした。同行では先月末にメダリャ新総裁が就任したが、物価及び為替の安定を重視する姿勢を示した格好である。今後も追加利上げを迫られる可能性は高く、同国経済には物価高と金利高の共存が景気の重石になろう。

このところの世界経済を巡っては、欧米など主要国を中心にコロナ禍からの回復が続く一方、中国当局の『ゼロ・コロナ』戦略への拘泥は中国経済の足を引っ張るとともに、サプライチェーンの混乱を通じて中国経済との連動性が強い新興国及び資源国経済の足かせとなってきた。足下では中国において経済活動の正常化を模索する動きが広がっているものの、中国当局は引き続きゼロ・コロナ戦略の旗を降ろす姿勢をみせておらず、今後も中国経済の下振れが世界経済の足かせとなる可能性はくすぶるなど好悪双方の材料が混在している。一方、世界経済の回復に加え、ウクライナ情勢の悪化を受けた供給不安も追い風に鉱物資源や穀物など幅広い国際商品市況は上振れしており、世界的にインフレ圧力が強まるなか、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀はタカ派傾斜を強める動きをみせている。こうした動きを受けて、国際金融市場ではコロナ禍対応を目的とする全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが進んでおり、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国では資金流出の動きが集中することが懸念されている。フィリピンでは、商品高の動きが食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレを招くとともに、商品高に伴う輸入増が経常収支の赤字幅を拡大させている上、コロナ禍を経た景気下支え策に加え、足下では物価対策を目的とする財政出動も重なり財政赤字は拡大するなど『双子の赤字』も深刻化している。このように経済のファンダメンタルズは脆弱さを増すなか、国際金融市場における米ドル高は通貨ペソ相場の調整の動きを加速させており、輸入物価を通じてインフレ圧力を増幅させることが懸念される。なお、アジア新興国は他の新興国及び地域に比べてインフレが低位で推移してきたものの、昨年末以降はインフレ抑制を目的とする『利上げドミノ』とも呼べる動きが広がっており、フィリピン中銀も5月の定例会合で2018年11月以来となる利上げを決定するなど金融引き締めに舵を切る動きをみせた(注1)。さらに、先月の定例会合においても追加利上げを実施するなど一段の金融引き締めに動いている(注2)。ただし、過去2回の利上げは25bpと従来の利上げ幅に留まる一方、国際金融市場においては米FRBの大幅利上げが予想されるなど『タカ派度合い』の違いを受けて米ドル高圧力が強まるとともに、ペソ相場は最安値を更新する展開が続くなど物価及び為替の安定の観点から一段の引き締めが必要になるとみられた。こうしたなか、中銀は14日に突如政策金利である翌日物借入金利を75bp引き上げて3.25%とする決定を行ったことを公表した。なお、同国では先月30日のマルコス新政権の発足に併せて、中銀総裁も政策委員であったフェリペ・メダリャ氏が就任するなど新体制が発足したばかりである上、その発表についてもメダリャ総裁が自身のSNSを通じて公表するなど極めて『サプライズ』的な演出がなされた。中銀が公表した声明文では、今回の決定について「インフレ圧力が持続的且つ後半に及ぶなかで大幅な金融引き締めが必要と判断したもの」とした上で、「足下の力強い景気回復の動きはさらなる金融引き締めにも対応可能と見込まれる」との見方を示した。その上で、「緊急利上げによりインフレ期待を安定させることが出来る」ほか、「他国からの波及を抑えることを目的としている」として米FRBのタカ派傾斜に伴う影響の軽減を意図したものと捉えられる。先行きについても「供給要因による物価上昇圧力の緩和に向けて適時適切な介入を行う」としたほか、「中期的なインフレ目標実現に向けてさらなる必要な行動を取る用意がある」とするなど、追加引き締めの可能性に含みを持たせた。なお、同行は8月18日に次回の定例会合を予定しているものの、メダリャ総裁は「予定通り開催する」とした上で、その際の判断については「データ次第」と述べている。他方、前中銀総裁でマルコス新政権の財務相に就任したベンジャミン・ジョクノ氏は記者会見において、今回の緊急利上げについて「景気の堅調さを勘案すれば75bpの利上げの影響は吸収可能」との見方を示すとともに、先行きの景気について「行動制限の緩和や構造改革の動きが景気回復を促す」との見通しを示した。今回の決定はメダリャ新総裁の下で中銀は物価及び為替の安定を重視していることを示唆しており、今後も米FRBの動向などに応じて追加利上げを迫られる可能性は高く、同国経済にとっては物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まることは避けられないと見込まれる。

図 ペソ相場(対ドル)の推移
図 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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