インドネシア、堅調な内需が景気をけん引する一方、足下ではインフレが忍び寄る動きも

~外需の不透明感が増すなかで対外収支悪化のリスク、急激な政策の巻き戻しを要する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 国際金融市場では、世界経済の回復が続くなか、ウクライナ情勢の悪化による供給懸念を理由に幅広く商品市況は底入れしている。米FRBなど主要国中銀はタカ派傾斜を強めるなど、新興国を取り巻く状況は変化している。インドネシアは過去に経済のファンダメンタルズの脆弱さを理由に資金流出に直面したが、ここ数年のインフレは低調な推移が続く。また、商品市況の上振れは交易条件の改善を促すなどルピア相場を下支えしてきた。ただし、足下のインフレは着実に上昇しており、資金流出によるルピア安が重なればインフレ昂進を招く。中銀は緩和姿勢を維持しているが、先行きは引き締めシフトを迫られる可能性は高まっている。
  • 年明け以降の同国ではオミクロン株により感染動向が急激に悪化したが、ワクチン接種の進展を受け、政府は経済活動の正常化を重視する姿勢を維持した。こうしたことも影響して1-3月の実質GDP成長率は前年比+5.01%、前期比年率ベースでも2四半期連続のプラス成長となるなど堅調に推移している。石炭禁輸などが外需の足かせとなる一方、低インフレや金融緩和を追い風に家計消費や企業の設備投資は堅調に推移して景気を押し上げている。足下では行動制限の緩和を受けて人の移動も活発化しており、内需を取り巻く状況は改善が期待される。今年は成長率のゲタのプラス幅は拡大するなど、堅調な推移が見込まれる。
  • 他方、外需の不透明感が高まるなかで内需の堅調さが対外収支の悪化を招くリスクはある。そうなれば金融市場の環境変化も相俟って資金流出圧力が強まることも予想され、早期の政策変更は必至となる。同国は財政ファイナンスなど「前のめり」気味の政策対応を続けてきたため、今後は急ピッチでの政策の正常化を迫られる可能性もあり、他の新興国に比べて一転して厳しい状況に直面するリスクに注意する必要があろう。

このところの国際金融市場においては、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復を追い風とする需要底入れが進む一方、ウクライナ情勢の悪化を受けて欧米諸国などはロシアへの経済制裁を強化するなど供給懸念が高まるなか、幅広く国際商品市況が上振れして全世界的にインフレが意識されやすい状況にある。こうした事態を受けて、米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀はタカ派姿勢への傾斜を強めており、一昨年来のコロナ禍対応を目的とする全世界的な金融緩和を背景とする『カネ余り』の手仕舞いが進むことが意識されている。国際金融市場では、全世界的なカネ余りに加えて主要国における金利低下を受け、一部のマネーがより高い収益を求めて新興国に回帰する動きがみられたものの、環境変化を受けてこうした状況は影響を受けており、なかでも経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な国々では資金流出に繋がりやすい。インドネシアは慢性的な経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』を抱えている上、過去にはインフレも常態化してきたため、2013年に当時の米FRBのバーナンキ元議長による量的緩和政策の縮小を示唆する発言をきっかけとする国際金融市場の動揺(テーパー・タントラム)に際しては、資金流出の動きが集中した5ヶ国(フラジャイル・ファイブ)の一角となった。他方、過去数年に亘ってインドネシアのインフレ率は中銀の定めるインフレ目標の範囲内で推移してきたほか、一昨年来のコロナ禍を経てインフレ率は下振れしており、多くの新興国ではコロナ禍からの景気回復に加えて、国際商品市況の底入れも追い風にインフレが加速する動きがみられるものの、インドネシアについては対照的な展開が続いてきた。よって、上述のように国際金融市場を取り巻く環境が変化していることを受けて、新興国から資金流出の動きが強まる動きがみられたにも拘らず、インドネシアの通貨ルピア相場は当局による為替介入をはじめとする安定化策も重なり比較的落ち着いた推移が続いてきた。さらに、金融市場の環境が大きく変化した先月半ば以降についてはラマダン(断食月)明けの長期休暇が重なったことも、ルピア相場が表面的に落ち着いた動きをみせる一因になったと考えられる。なお、インドネシアは東南アジアのなかでも鉱物資源の輸出が比較的多く、国際商品市況の底入れの動きは交易条件指数の上昇を通じて国民所得を押し上げるなど景気の追い風に繋がりやすく、昨年末以降は交易条件指数が底入れの動きを強める動きがみられる。こうしたことは、上述のように国際金融市場を取り巻く環境が変化するなかにも拘らずルピア相場の堅調さを促す一助になったとみられるものの、足下のインフレ率は引き続き目標域で推移する動きがみられるも、徐々に上昇ペースを強めるなどインフレが顕在化する動きがみられる。中銀は先月の定例会合において政策金利を14会合連続で過去最低水準に据え置いており、現行の緩和政策を維持することで景気下支えを図る考えを示したものの(注1)、金融市場環境の変化を受けて引き締め方向にシフトせざるを得なくなる可能性はくすぶる。

図 1 ルピア相場(対ドル)の推移
図 1 ルピア相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

他方、年明け以降のインドネシアを巡っては、感染力の強いオミクロン株による新型コロナウイルスの感染再拡大に直面するとともに、新規陽性者数は過去の波を大きく上回る水準となり感染動向も悪化の度合いを強めるなど経済活動に悪影響を与えることが懸念された。しかし、オミクロン株については感染力が強い一方で重症化率が低いとされるなか、昨年後半以降はワクチン接種が着実に前進して接種率も世界平均並みの水準で推移するなど進捗がみられた。こうしたことに加え、一昨年来のコロナ禍対応を巡っては経済活動を重視する中央政府と、感染対策を重視する首都ジャカルタ州など地方政府との対応のちぐはぐさも影響して幅広く経済活動に悪影響が出るとともに、深刻な景気減速に見舞われたこともあり、年明け以降については経済活動の正常化が優先される展開が続いた。新規陽性者数は2月下旬を境にピークアウトしており、足下では人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は1人で推移するなど落ち着いた推移をみせているほか、感染動向の改善も追い風に人の移動は底入れの動きを強めるなど景気を押し上げることが期待される動きもみられる。なお、年明け直後については上述のように感染悪化による悪影響が懸念されたものの、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.01%と前期(同+5.02%)からわずかに伸びが鈍化するも、当研究所が試算した季節調整値に基づく前期比年率ベースの成長率は2四半期連続のプラス成長となり、+6%を上回る水準で推移するなど景気は着実に底入れの動きを強めている。需要項目別では、中国景気に不透明感が強まる動きがみられる一方、欧米など主要国を中心に世界経済は拡大が続くなど外需を取り巻く環境は改善しているものの、同国では1月に電力不足懸念に対応して事実上の石炭禁輸措置に動き(注2)、その後は禁輸措置の緩和に動くも規制導入が図られるなど外需の足かせとなる状況が続いている(注3)。一方、感染再拡大にも拘らず経済活動の正常化を優先する姿勢が採られたほか、インフレ率が依然低水準で推移するなど実質購買力が下支えされていることも相俟って家計消費は堅調な動きをみせている上、金融緩和も追い風に企業部門の設備投資意欲も押し上げられるなど、内需拡大の動きが景気を押し上げている。当研究所が試算した季節調整値に基づけば、実質GDPの水準はコロナ禍の影響が現れる直前の2019年末と比較して+4.0%程度上回っており、足下の同国経済は着実にコロナ禍の影響を克服していると捉えられる。上述のように、足下の感染動向は落ち着いている上、人の移動も底入れの動きを強めるなど家計消費を取り巻く状況は一段と改善していることを勘案すれば、今後も家計消費や企業部門の設備投資の活発化が期待され、結果的に内需をけん引役に景気の底入れが進むと見込まれる。他方、足下において中国景気の減速懸念に加え、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜を理由に世界経済そのものの行方にも不透明感が高まるなか、先月末には国内供給を優先すべくパーム油に対する輸出禁止に動いており、外需を取り巻く状況は一段と厳しさを増している。その意味では、当面のインドネシア経済は家計消費をはじめとする内需の堅調さが景気を押し上げる展開が続くと期待される。

図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

図 4 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 4 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

ただし、上述のように幅広い国際商品市況の上振れの動きは交易条件指数の改善に繋がっているほか、輸出額の押し上げを通じて貿易黒字は拡大するなど、対外収支の改善を促す一助となっている。他方、上述のように外需を取り巻く状況は急速に悪化する動きがみられるほか、主力の輸出財である石炭やパーム油などを巡っては国内供給を優先する動きがみられるなど輸出の足かせになる動きが懸念されるなど、対外収支の改善を妨げることが見込まれる。さらに、足下では幅広い国際商品市況の底入れの動きが同国においてもインフレ圧力を招いているなか、今後は家計消費を中心とする内需の堅調な動きがインフレ圧力を増幅させる可能性が高まる。そうなれば、外需を巡る不透明感が高まるなかで内需の活発化が輸入を押し上げるなど一転して対外収支を悪化させるほか、そうした動きを反映して経済のファンダメンタルズの脆弱さが増す事態も予想される。国際金融市場を取り巻く環境が変化するなかでのそうした動きは資金流出の動きを助長させるとともに、そうした動きに伴う通貨ルピア安圧力は輸入物価を通じてインフレの昂進に繋がることも考えられる。中銀はあくまで現行の緩和姿勢の継続により景気下支えを図る考えを示しているものの、先行きについては早晩引き締めへのシフトを迫られるとともに、物価上昇と金融引き締めが合わさることで家計消費など内需の足かせとなることは避けられないであろう。中銀は先月の定例会合において今年の経済成長率見通しを+4.5~5.3%と従来見通し(+4.7~5.5%)から下方修正したが、今年については成長率の『ゲタ』が+2.0ptと昨年(+0.7pt)に比べてプラス幅が拡大しており、昨年(+3.69%)に比べて比較的高い成長率となりやすいことに留意する必要がある。他方、内需の動向はインフレ圧力に繋がりやすい状況にあり、同国は元々中銀が財政ファイナンスに動くなど『前のめり』気味の政策運営に動いてきたことを勘案すれば、今後は急ピッチで政策の正常化を迫られる可能性も考えられるなど、他の新興国と比べても難しい政策運営に直面するリスクにも注意が必要である。

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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