ウクライナ問題を経済のみで語ることの「落とし穴」

~日本にとってウクライナ問題は決して「対岸の火事」ではないことを認識する必要がある~

西濵 徹

要旨
  • ウクライナ問題はロシア軍によるウクライナへの全面侵攻により事態が急速に悪化している。欧米諸国は対ロ追加制裁を決定したほか、日本も追随したが、現状はロシアに決定的な悪影響を与えるものではない。なお、対ロ制裁は対象をエネルギー分野に広げる、ないしSWIFTからの排除といった強硬策も俎上に載せる一方、ロシアが資源輸出の停止など報復措置に動けば世界経済は大きな混乱が必至である。欧米による強力な対ロ制裁の実現は、欧米のみならず世界経済が相当の「返り血」を浴びる覚悟が必要と捉えられる。
  • 他方、欧米諸国と距離を置く中国の動きが注視されるなか、外相会談で中国はロシアのウクライナ侵攻を事実上支持した模様である。ここ数年の中国は東シナ海や南シナ海で軍事的圧力を強めるなか、仮に欧米諸国のウクライナ問題への対応が中途半端なものになれば、中国による軍事的圧力が高まることが懸念される。わが国にとって目と鼻の先であるのみならず、尖閣諸島周辺での海警局による領海侵犯の動きなどを勘案すれば、欧米諸国やわが国のロシアへの対応は「その後」に連動することを肝に銘じる必要があろう。

ウクライナ問題を巡っては、ロシア・プーチン政権によるウクライナ東部の親露派地域(ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国)の独立承認、ロシア軍による同地域での『平和維持活動』を目的とする派兵命令を受けて深刻化が懸念された。こうしたなか、ロシア軍は24日にウクライナに対する全面的な侵攻を開始しており、ウクライナ各地の軍事施設を対象とする破壊行為のほか、各地で散発的に戦闘行為が展開されるなど事態は急速に悪化している。欧米諸国はロシアの金融機関などを対象とする追加経済制裁を決定したほか、日本もこうした動きに追随してロシアに対する経済制裁の発動に踏み切る動きをみせている。ただし、現時点において欧米諸国が実施している制裁内容はロシア経済に『決定的』な悪影響を与える類のものとはなっていない上、ロシアにとってウクライナを巡る問題は『安全保障上の問題』であることを勘案すれば手を緩める道理がないのが実情であろう。そうなれば、欧米による対ロ制裁はロシアの主要輸出財である原油及び天然ガスなどエネルギー分野に広げる、ないしSWIFT(国際銀行間通信協会)からのロシアの金融機関の排除による取引停止といったことも俎上に載せる可能性が出てくる。なお、EU(欧州連合)諸国はエネルギー資源の4割程度をロシアからの供給に依存しており、経済活動面で事実上の生殺与奪権をロシアに握られる状況にあり、結果的に欧米による対ロ制裁が『一枚岩』になれない一因になっている。さらに、ロシアは財輸出の8割以上をエネルギー資源や鉱物資源、レアメタル、レアアースなど天然資源が占めており、これらの取引が滞ることに伴う供給減は価格高騰を招くことが予想されるなど、世界的に供給不足が続く半導体の生産に悪影響が出ることで世界経済に悪影響が波及することも懸念される。国際金融市場においては、すでに先物市場においてWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)が一時的ながら1バレル=100ドルという節目を突破するなど供給懸念を意識した動きがみられ、事態の深刻化による国際商品市況の高止まりは世界的なインフレ昂進を招くとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀の『タカ派』傾斜を加速させることも予想され、国際金融市場の動揺や世界経済の減速が意識される動きもみられる。よって、単純に経済の観点でみれば、欧米諸国による対ロ制裁の対象をエネルギー分野に広げること、SWIFTからのロシアの排除といった対応は、翻って欧米諸国のみならず世界経済にも深刻な悪影響を与えるなど、自らも相当の『返り血』を浴びる覚悟が必要であると捉えることが出来る。

一連の欧米諸国とロシアとのやり取りが進んでいる背後では、中国はあくまで欧米諸国の動きに追随せず、近年は米中摩擦の激化も追い風にロシアとの関係強化を進めてきたことでロシアに配慮をみせる一方、ウクライナとも関係を深めてきたこともあり、表面的には『中立』を装う動きをみせてきた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて24日に行われたロシアのラブロフ外相と中国の王毅国務委員兼外相の電話会談において、報道では王氏が「中国は一貫してあらゆる国の主権と領土保全を尊重している。一方で、ウクライナ問題には独自の複雑且つ特殊な歴史的特異性が影響しており、ロシアが安全保障上の問題を憂慮することに疑いようのない理由があるのも理解する」と述べたとされ、事実上ロシアの軍事侵攻を支持する姿勢を示した模様である。その上で、王氏は「対話と協議を通じて最終的に均衡化とれるとともに、有効且つ持続可能な欧州の安全メカニズムを形成すべき」と述べたとされ、現にロシアがウクライナに対して全面侵攻しているなかでのこうした発言は、ロシアによる侵攻を是認していると捉えられる。他方、中国によるこうした対応は、ロシアに対する欧米諸国による制裁の内容及び行方如何によっては軍事的活動を活発化させている東シナ海及び南シナ海問題に波及する可能性を示唆している。ここ数年の中国を巡っては、香港や新疆ウイグル自治区において関与を強化する動きを強めている上、将来的には台湾統一に向けた動きを強める可能性も懸念される。その意味では、ロシアに対する欧米諸国及び日本の対応が中途半端なものに留まることでロシアが『全面勝利』する事態となれば、その先には中国による東シナ海及び南シナ海での活動を活発化させる一助となるリスクがある。なお、NATO(北大西洋条約機構)に加盟していないウクライナに対しては、集団的自衛権の適用範囲外であることを理由に米国などNATO加盟国が直接的に軍事支援する状況とはなっておらず、そのことが事態をややこしくする一因になっていると考えられる。他方、台湾に対する米国の対応は1979年に制定された台湾関係法に基づく形で伝統的に『戦略的あいまいさ』と称されるスタンスを維持してきたものの、バイデン政権の下で米国は対中戦略を硬化させるなかでバイデン大統領は度々米国が台湾防衛に対する『責務』があると述べており、これに対して中国が反発する動きをみせるなど新たな『火種』となる可能性が高まっている。台湾海峡を巡る問題はわが国にとっても目と鼻の先である上、尖閣諸島周辺では中国海警局の船舶が領海侵入を繰り返すとともに、昨年2月に施行された海警法(中華人民共和国海警法)に基づく武器使用も辞さない姿勢をみせるなど『力による現状変更』を模索する動きもみられる。こうした状況を勘案すれば、欧米諸国のみならず、わが国にとってもウクライナ問題を巡るロシアへの対応は『その後』に連動することを肝に銘じる必要があると言える。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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