韓国大統領選は「泥仕合」の様相の背後で感染動向は急激に悪化

~北朝鮮の挑発や感染動向の影響は不透明だが、日本としては期待値を上げず対応することが肝要~

西濵 徹

要旨
  • 韓国では3月9日の大統領選まで1ヶ月を切るなど佳境を迎えている。同国経済は新型コロナ禍を経て疲弊するも、昨年後半以降はワクチン接種の加速化により経済活動の正常化を図ってきた。内・外需で景気の底入れが進む一方、不動産価格のバブル化懸念が高まるなかで中銀は引き締め姿勢を強めている。しかし、国際金融市場では米FRBなどの引き締めに加え、北朝鮮の相次ぐ挑発行動が通貨ウォン相場の重石となっている。若年層を中心に雇用回復が遅れる一方、中銀は引き締めを迫られる難しい状況に直面している。
  • なお、先月末以降はオミクロン株による感染が急拡大し、過去の「波」を上回る状況に見舞われているが、政府は「ウィズ・コロナ」戦略を維持している。他方、大統領選は有力2候補の支持率は突出している一方、親類縁者の疑惑噴出でともに「不支持率」が高まる動きもみられる。選挙戦を巡っても政策論争以上に疑惑追及に注目が集まるなど、泥仕合の様相を強めている。日本では文政権の下で「過去最悪」となった日韓関係に注目が集まるが、容易に改善する可能性はないと見込まれ、期待値を上げず対応することが肝要と言える。

韓国においては、3月9日の大統領選挙まで1ヶ月を切るなど選挙戦は佳境を迎えている。韓国は一昨年以降の新型コロナ禍に際して、文在寅(ムン・ジェイン)政権が推進するIT技術と個人情報を活用して防疫対策や感染経路を調査する『K防疫』にも拘らず度々感染拡大が直撃し、その度に感染対策を目的とする行動制限により経済活動に悪影響が出るなど、深刻な景気減速に見舞われた。なお、欧米など主要国においてワクチン接種を追い風に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が採られたことを受けて、同国政府も昨年後半以降ワクチン接種の積極化を図ってきた。結果、足下におけるワクチンの完全接種率、部分接種率はともに9割弱となっているほか、昨年10月には早期に接種を終えた人から追加接種(ブースター接種)を進めており、追加接種率も55.72%(2月8日時点)に達するなどワクチン接種は大きく進んでいる。よって、昨秋以降はワクチン接種を前提に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略に舵を切るとともに、政府は新型コロナ禍を経て疲弊した経済の早期立て直しを図るべく現金給付による景気下支えに動いた。ただし、長期に亘る行動規制を受けた『規制疲れ』に加え、大型連休も重なり人の移動が大きく押し上げられたほか、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復も追い風に昨年末にかけて景気は底入れの動きを強める一方、新規陽性者数は再び拡大傾向を強めたことで行動制限の再強化に追い込まれている。他方、中銀は新型コロナ禍対応を目的に異例の金融緩和に動いたものの、その後景気回復が進む一方で低金利環境が長期化していることも追い風に不動産市場への資金流入が活発化しており、市況の『バブル化』が懸念されている。さらに、同国はアジア太平洋地域のなかでも家計債務が比較的高く、不動産市場への資金流入の活発化を受けて家計債務は一段と膨張しており、金融市場や金融セクターのリスク要因となることも警戒されている。よって、中銀は昨年8月に新型コロナ禍後初の利上げを実施したほか(注1)、その後は国際原油価格の上昇などに伴いインフレの顕在も重なり、11月(注2)、今年1月(注3)と立て続けに利上げを実施している。このように中銀が引き締め姿勢を強めている背景には、不動産価格の高騰が政治問題化しているなか、大統領選という『政治の季節』が近付くなかで対応を迫られていることも影響している。他方、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)をはじめとする主要国中銀が政策を引き締め方向にシフトしており、新型コロナ禍後における全世界的な金融緩和を追い風とする『カネ余り』の手仕舞いが進むなど、新興国のマネーフローに影響を与える可能性も高まっている。韓国を巡っては、年明け以降に隣国北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が相次いで長距離弾道ミサイルを発射するなど『地政学リスク』が意識される動きもみられ、国際金融市場を取り巻く環境変化も重なり通貨ウォン相場に調整圧力が掛かるなど輸入物価を通じたインフレ昂進も懸念される。こうしたことも中銀が引き締め姿勢を強める一因になっているとみられる一方、昨年の経済成長率は+4.0%と前年(▲0.9%)から2年ぶりのプラス成長に転じたほか、プラス幅も11年ぶりの高水準となったものの、プラスのゲタは+1.2pt程度と試算されるなど『実力』は2%台後半に留まるなど力強さは乏しい。足下の雇用環境は若年層を中心に厳しい状況が続くなか、中銀による金融引き締めの動きは家計消費など内需を取り巻く環境を一段と厳しくすることも予想されるなど、大統領選前というタイミングにも拘らず政策対応は難しさを増している。

図 1 ウォン相場(対ドル)の推移
図 1 ウォン相場(対ドル)の推移

他方、昨年末にかけては感染力の高い変異株(デルタ株)による感染が再拡大したものの、年明け以降はそうした動きが一巡する動きがみられた。しかし、昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)はその後に全世界的に感染が広がるなど世界経済のリスク要因となるなか、同国においても先月末以降はオミクロン株の感染が急拡大している。足下における新規陽性者数は過去の『波』と比較にならない水準となっており、人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)も本日(2月20日)時点で767人と試算されるなど、大統領選まで残り1ヶ月というタイミングで感染爆発状態に陥っている。なお、オミクロン株を巡っては感染力が他の変異株と比較して極めて高い一方、陽性者の大宗を無症状者や軽症者が占めるなど重症化率が低いとされるなか、欧米など主要国においてはワクチン接種を前提に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略が維持されている。韓国においては、社会的距離規制のほか、レストランの時短営業などといった防疫措置が実施されているものの、今月からはオミクロン株に合わせる形で海外からの入国者を対象とする隔離措置を短縮するなど『ウィズ・コロナ』戦略を維持している。他方、大統領選を巡っては、革新系与党・共に民主党から出馬している前京畿道知事の李在明(イ・ジェミョン)氏と保守系最大野党・国民の力から出馬している前検事総長の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏という左右両極の有力候補のほか、道右派政党の国民の党から出馬している安哲秀(アン・チョルス)氏や革新政党の正義党から出馬している沈相奵(シム・サンジョン)氏のほか多数の候補者が立候補している。なお、世論調査では有力2候補の支持率が拮抗しているものの、両者ともに親類縁者を巡る疑惑が相次いで噴出しており、足下ではともに『不支持率』が高まる動きもみられる。しかし、世論調査では一貫して有力2候補の支持率が突出する推移が続いていることを勘案すれば、事実上の『一騎打ち』と捉えられる。なお、今月3日には初めてのテレビ討論会が開催されたものの、各候補ともに政策よりも疑惑に焦点を当てた論戦が繰り広げられるなど、残り1ヶ月と選挙戦が佳境を迎えるなかで『泥仕合』の様相を強めている。文在寅現政権の下で日韓関係は『過去最悪』とも称される状況にあるなか、次期大統領の下でどのようになるかに注目が集まるなか、各候補は文政権との違いを強調する動きをみせている。ただし、両国関係を巡っては、歴史認識に加え、政権による政治姿勢、そして、国民の意識が大きく影響する状況が続いており、このところは国民の意識が政治姿勢を揺さぶってきたことを勘案すれば、いずれの候補が勝利した場合においても容易に改善が進むことはないと予想される。このところの北朝鮮の相次ぐ『挑発行動』のほか、感染動向が大統領選の行方に如何なる影響を当たるかは未知数であるものの、わが国としては期待値を上げずに対応することが肝要と考えられる。

図 2 韓国国内における感染動向の推移
図 2 韓国国内における感染動向の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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