トルコ政府の「奇策」は反ってリラ相場に火を注いでしまった可能性も

~預金満期にかけては「攻防戦」が強まる可能性もあり、トルコを巡る状況は厳しさを増すと見込まれる~

西濵 徹

要旨
  • トルコの通貨リラ相場は、エルドアン大統領の下で中銀が独立性を失うなど信認低下を理由に調整した。中銀は昨年12月の定例会合で4会合連続の利下げを決定する一方で「小休止」を示唆したが、リラ相場は一段と調整した。これを受けて、政府はトルコ国民のリラ建定期預金に対する資産価値を補償する奇策を発表した。リラ建預金の拡大はリラ相場の底入れを促す一方、金利上昇を招くなど副作用が生じている。リラ相場は「鉄火場」の様相を呈してきたが、今後は預金の満期にかけて当局による為替介入を期待したリラ安圧力が強まることも予想され、外貨準備高も過小状態が続くなかでトルコを取り巻く状況は厳しさを増しそうだ。

トルコの通貨リラ相場を巡っては、インフレが昂進しているにも拘らず、『金利の敵』を自任するエルドアン大統領の影響により中銀は断続的な利下げ実施を決定するなど、その独立性に対する疑念が高まったことも影響して調整圧力を強める展開が続いてきた。中銀は先月の定例会合でも4会合連続の利下げ決定する一方、年明け以降に過去4回の利下げによる効果を再評価するなど『小休止』を示唆する動きをみせたものの(注1)、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)の『タカ派』傾斜を意識した米ドル高に加え、年明け以降も追加利下げに動くとの見方がくすぶるなかでリラ相場の調整圧力が一段と強まる事態となった。こうしたなか、エルドアン大統領は先月20日にリラ安に苦しむ家計部門の負担軽減を目的に、リラ建の定期預金に対してハードカレンシーに対するリラ相場の調整が想定利回りを上回る際に当該損失をすべて政府が補償する、リラ建預金の実質的な米ドルペッグという『奇策』を発表した(注2)。具体的には、トルコ国内に居住する外貨建預金保有者がリラ建預金に切り替える際に中銀による支援を受けられ、対象は3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月物の定期預金とし、預金開設日と満期日の為替レートと金利水準を比較して預金者にとって有利な方が適用されるとしている。このところのトルコでは預金に占める金及び外貨の比率が6割を上回るなど事実上の経済の『ドル化』が進展してきたなか、こうした動きが慢性的なリラ安圧力とともに資金流出を通じて幅広い経済活動の足かせとなってきたため、この流れを食い止めたいとの意図がうかがえる。預金者の資産保護に向けた損失補填を財政出動で行うという奇策については、その持続性が極めて不透明な上、利払い負担を軽減させるべく政府が中銀に対して一段の利下げ実施を求めれば、リラに対する信認が大きく損なわれる可能性もくすぶる。こうした懸念はあるものの、政府による奇策発表を受けて相当額が新制度に基づいてリラ建預金に移行した模様であり、昨年11月以降は調整ペースを強めたリラ相場は一転底入れするなど一定の効果を上げたとみられる一方、その後も基調としてはリラ安を脱したとは言いがたい状況が続いている。なお、リラ相場の急反転の動きを巡っては、国有銀行や政府機関などが為替介入を実施したとの見方がある一方、政府及び中銀はそうした見方を否定するなど心理戦の様相をみせている。また、『奇策』はリラ相場の安定を目指したとみられるものの、その背後では銀行が預金争奪戦の様相をみせるなかで金利を引き上げる動きが広がっており、それに伴い企業部門にとっては資金調達コストが押し上げられるなど皮肉な結果を招き、エルドアン大統領や政策を推進するネバティ財務相などの思惑は早くも外れている。他方、リラ相場は完全に『鉄火場』の様相を呈しており、この奇策を通じて相場は大荒れの様相を呈している一方、先行きは定期預金の満期に向けて当局による為替介入を期待して調整圧力を強める動きも予想される。政府として定期預金の満期に際して財政出動に動けば良い一方、仮にリラ安を容認すればリラに対する信認を一段と失わせるリスクがあり、満期が集中する時期には事実上リラ相場の安定に向けた為替介入を行わざるを得ないなど、実質的な米ドルペッグ状態となることも考えられる。為替相場のペッグ制を巡っては1997~98年に発生したアジア通貨危機の一因となるなど、その維持は極めて難しいと見込まれるなか、足下の外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が想定する国際金融市場の動揺に対する耐性も充分なレベルにほど遠いことを勘案すれば、トルコを取り巻く状況は早晩厳しいものとなることは避けられないであろう。

図 1 リラ相場(対ドル)の推移
図 1 リラ相場(対ドル)の推移

図 2 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移
図 2 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ