豪州景気は行動制限で下振れも、戦略転換により底打ちの兆し

~豪ドル相場は調整の動きを強めるなか、当面は米FRBとオミクロン株の行方如何の様相~

西濵 徹

要旨
  • 豪州は、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して感染が比較的抑えられてきたが、年明け以降は変異株の流入を受けて感染が再拡大した。なお、政府はワクチン接種の進展を理由に「ウィズ・コロナ」戦略への転換を図っており、10月以降行動制限を段階的に緩和してきた。足下では人の移動は底入れするなど経済活動の正常化は進むが、感染収束にはほど遠い状況が続いている。ただし、来年に総選挙が実施されるなど「政治の季節」が近付くなか、経済の疲弊が深刻化するなかで戦略転換を余儀なくされたと言える。
  • 行動制限の再強化の余波を受ける形で7-9月の実質GDP成長率は前期比年率▲7.47%と5四半期ぶりのマイナス成長に転じた。内需の下振れが景気の急ブレーキを招くとともに、実質GDPの水準も一昨年末を下回るなど新型コロナ禍「真っ只中」の状況に引き摺り込まれた。なお、中銀が実施した異例の金融緩和による副作用が顕在化するなかで中銀は正常化を模索する動きをみせる一方、豪ドル高圧力をけん制する難しい対応を迫られている。他方、行動制限の緩和を受けて足下の家計消費は大きく底入れしており、雇用環境の堅調さや貯蓄率の上昇などを勘案すれば、先行きも内需は一段と底入れの動きを強めると期待される。
  • このところの国際金融市場では米FRBの「タカ派」傾向を反映した米ドル高を受け、豪ドル相場は調整の動きを強めてきた。足下ではオミクロン株の行方も懸念されるほか、豪中銀は引き続き低金利環境の長期化を示唆する動きを維持すると見込まれるなか、豪ドル相場は金融市場の環境に揺さぶられる展開が続こう。

豪州は、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、早期に国境封鎖に動いたほか、都市封鎖(ロックダウン)の実施など強力な感染対策も理由に感染が比較的抑えられる展開が続いてきた。しかし、年明け以降はアジア新興国を中心に感染力の強い変異株(デルタ株)の感染が広がり、5月末には第2の都市メルボルン、6月末には最大都市シドニーで市中感染が確認されるなど『水際対策』を掻い潜る形で流入した。結果、これらの都市を擁する州で都市封鎖による行動制限が再強化されたほか、8月には首都キャンベラで1年ぶりに市中感染が確認されたことで行動制限が再強化されるなど、幅広い経済活動への悪影響が懸念あれた。他方、行動制限の長期化を受けて若年層を中心に政府への不満が高まっており、同国では来年9月までに連邦議会下院(代議院)総選挙が予定されるなど『政治の季節』が近付いていることも重なり、政府は感染収束にほど遠い状況ではあるものの、強力な行動制限による『ゼロ・コロナ』戦略からワクチン接種を前提に経済活動の再開に動く『ウィズ・コロナ』戦略への転換に動いている。なお、豪州政府はワクチン確保に手間取ったことで当初の接種率は世界的にみても大きく遅れる展開が続いたものの、その後はワクチン供給の多様化が図られたこともあり、先月29日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は73.57%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も78.44%となるなど、国民の8割弱に対して少なくとも1回はワクチンへのアクセスが図られている。こうした動きも政府による『ウィズ・コロナ』戦略への転換を後押ししているとみられ、最大都市シドニーを擁するニュー・サウス・ウェールズ州や首都キャンベラにおいては10月に行動制限が段階的に解除されているほか、メルボルンを擁するヴィクトリア州も10月末に都市封鎖措置を解除している。メルボルンの都市封鎖を巡っては、昨年からの累計日数で世界最長となるなど経済活動に深刻な悪影響を与えてきたものの、すべての行動制限が解除されたことで経済活動の正常化に向けた動きが前進している。こうした状況を反映して、都市封鎖によって下押し圧力が掛かった人の移動は一転底打ちしており、足下においては都市封鎖が解除された州においても底入れの動きが確認されるなど、経済を取り巻く状況は大きく改善していると捉えられる。他方、感染状況が改善する前に戦略転換を図るとともに、人の移動が活発化する動きに繋がっていることを受けて、同国における感染動向は引き続き収束にほど遠い状況となっている。なお、同国における新規陽性者数は先月半ばにかけて拡大ペースを強めるとともに、新規陽性者数の急拡大を受けて医療インフラに対する圧力が強まったことで死亡者数も拡大傾向を強めたものの、その後の新規陽性者数は頭打ちしている。ただし、人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は10月16日に90人となり、その後はピークアウトして減少に転じているものの、先月30日時点においても53人とピークの半分近くになるも依然として高水準で推移しているほか、死亡者数も拡大が続いている。こうした状況にも拘らず政府が行動制限の緩和による『ウィズ・コロナ』戦略に転換を図っている背景には、上述のように若年層を中心とする政府の新型コロナ禍対応への不満が高まっていることがあり、同国経済の中心地であるシドニーやメルボルンなど大都市を対象とする都市封鎖の長期化により経済の疲弊が急速に進んでいることも影響していると考えられる。

図 1 ワクチン接種率の推移
図 1 ワクチン接種率の推移

図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

図 3 豪州国内における感染動向の推移
図 3 豪州国内における感染動向の推移

事実、上述のように大都市部を対象とする都市封鎖など行動制限が実施されたことを受けて、7-9月の実質GDP成長率は前期比年率▲7.47%と前期(同+2.84%)から5四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど、感染再拡大を受けて景気に急ブレーキが掛かった。中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+3.9%と前期(同+9.5%)に大きく上振れした反動も重なり鈍化するなど、頭打ちしている。実質GDPの水準も、変異株による感染再拡大の影響が及ぶ直前の4-6月までは新型コロナ禍の影響が及ぶ直前である一昨年末を上回るなどその影響を克服していたとみられるものの(注1)、当期は一昨年末と比較して▲0.2%程度下回る水準となるなど、一転して新型コロナ禍『真っただ中』の状況に引き摺り込まれたと判断出来る。需要項目別では、欧米を中心とする世界経済の回復の動きを反映して輸出は底堅い動きをみせているほか、行動制限の再強化に伴う実体経済への悪影響の最小化を目指した財政出動を受けて政府消費も拡大傾向を強めるなど景気を下支えしている。一方、行動制限に伴い人の移動に下押し圧力が掛かったことを反映して家計消費に大きく下押し圧力が掛かったほか、企業部門による設備投資も下振れするなど固定資本投資も鈍化しており、幅広く内需に下押し圧力が掛かったことが景気の急ブレーキに繋がった。分野別でも、大都市部のみを対象とする行動制限の影響を受けにくい農林漁業や鉱業部門の生産は拡大している一方、製造業や建設業、サービス業における生産の下振れが景気の重石となっており、なかでも都市封鎖の対象となった大都市部に国民の約半分が居住していることはサービス業の大幅な下押し圧力に繋がった。他方、新型コロナ禍対応を目的に、政府及び中銀(豪州準備銀行)は財政及び金融政策の総動員による景気下支えを図ってきたものの、中銀の利下げ実施やイールド・カーブ・コントロール(YCC)導入、量的緩和政策により金融市場は『カネ余り』が意識されやすい環境にあるなか、新型コロナ禍を経た生活様式の変化に伴う住宅需要の活発化も重なり、不動産価格は急上昇するなど『バブル化』することが懸念されている。こうしたことから、中銀は9月に量的緩和政策の縮小(テーパリング)を決定する一方、感染再拡大に伴う景気減速懸念に対応して資産買い入れ期間を3ヶ月延長する決定を行った(注2)。さらに、中銀は先月の定例会合においてもYCCの中止を決定するなど、新型コロナ禍対応を目的とする金融緩和の『正常化』を意識した動きを前進させる一方、国際金融市場において高まる早期利上げ観測を諫める姿勢をみせるなど難しい対応を迫られてきた(注3)。こうした背景には、上述のように7-9月の景気は感染再拡大に伴う行動制限の再強化の影響で下振れしたものの、その後は行動制限の緩和を受けて景気の底入れを示唆する動きがみられるほか、足下では製造業、サービス業問わず幅広い分野で企業マインドも底入れしている。また、行動制限の再強化を受けて家計部門の貯蓄率が急上昇したことを受けて、行動制限が緩和された10月の小売売上高は大きく底入れしているほか、その後もカード支払いは一段と底入れの動きを強めている上、先月末のブラックフライデーも大盛況であった模様である。こうした背景には、足下の失業率は悪化する動きがみられるものの、行動制限の段階的緩和を受けて底打ちする動きがみられるほか、その後も行動制限が一段と緩和されていることを勘案すれば底入れの動きが強まると期待されることが影響している。その意味では、当面の景気を巡っては感染動向に対する懸念はくすぶるものの、追い風になる材料が多いと捉えることが出来る。

図 4 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 4 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

図 5 小売売上高の推移
図 5 小売売上高の推移

図 6 雇用環境の推移
図 6 雇用環境の推移

このところの国際金融市場においては、米FRB(連邦準備制度理事会)が『タカ派』姿勢に傾く動きをみせていることを反映して米ドル高圧力が強まるなか、上述のように豪中銀は金融緩和の正常化を模索する一方で豪ドル高をけん制する動きをみせていることを反映して、豪ドル相場は調整する動きをみせてきた。さらに、先月末に南アフリカにおいて新たな変異株(オミクロン株)が確認されており、オミクロン株の性質が不透明ななかで国際金融市場は疑心暗鬼の様相を強めている上、同国でも流入が確認されたことも豪ドル相場の重石になっているとみられる。他方、政府は感染拡大に対する警戒感を強める一方、現時点において都市封鎖など行動制限の再強化は検討していないとの見方を示すなど、『ウィズ・コロナ』戦略を前提にした経済活動の正常化を目指す姿勢を維持している。豪中銀は先行きも低金利環境の長期化を示唆する動きを維持すると見込まれるなか、当面の豪ドル相場を巡っては国際金融市場の環境に揺さぶられやすい展開が続くと予想される。

図 7 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移
図 7 豪ドル相場(対米ドル、日本円)の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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