豪州経済、感染再拡大前までは着実に底入れが進んだものの、、、

~感染動向の悪化の一方で金融緩和の弊害も顕在化しており、政策対応の難しさは急速に増している~

西濵 徹

要旨
  • 豪州はアジアで感染が広がる変異株の流入による新型コロナウイルスの感染再拡大に直面しており、行動制限の再強化を余儀なくされている。足下では新規陽性者数の急拡大を受けて、死亡者数も緩やかに拡大するなど感染動向は悪化している。ワクチン接種は着実に前進しているが、依然として欧米など主要国を大きく下回るなど厳しい状況にある。行動制限の長期化を受けて政権支持率は低下しており、若年層を中心に抗議デモの動きも活発化するなど、来年9月までに迫る次期総選挙に向けた状況は厳しさを増している。
  • なお、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.69%と4四半期連続のプラス成長となるなど感染再拡大前は着実な景気回復が確認された。中国との対立などが外需の重石となる一方、雇用回復や低金利環境を追い風とする内需の堅調さが景気を下支えした。年明け以降の豪州経済はマクロ面で新型コロナ禍の影響を克服したことが確認されたが、その後も感染再拡大まで堅調な景気回復が進んでいたと判断出来る。
  • 中銀は先月の定例会合で今月に迫る量的緩和政策の終了の方針を維持したが、その後の感染動向の悪化により先送りを迫られる可能性が出ている。他方、低金利の長期化などを受けて不動産価格は上昇の動きを強めており、政策の見直しは必至となりつつある。ただし、足下では感染収束の見通しが立たない状況が続いており、当面の豪ドル相場は引き続き上値の重い展開となる可能性が高いと見込まれる。

豪州を巡っては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して感染が拡大する動きがみられたものの、国境封鎖による徹底した水際対策のほか、都市封鎖(ロックダウン)の実施や濃厚接触者の追跡といった感染対策が奏功する形で、昨年末以降は新規陽性者数が海外からの帰国者に限られるなど感染封じ込めが図られたかにみられた。しかし、このところはインドやASEAN(東南アジア諸国連合)などアジア新興国が感染力の強い変異株による感染拡大の中心地となるなか、徹底した感染対策にも拘らず豪州に変異株が流入する事態となっている。市中感染の確認を受けて、5月末には第2の都市メルボルンを擁するビクトリア州で行動制限が再強化されたほか、6月末には最大都市シドニーを擁するニュー・サウス・ウェールズ州でも行動制限が再強化され、隣国ニュージーランドとの間で再開された隔離なしでの自由往来が停止された。さらに、先月には首都キャンベラでも1年ぶりの市中感染が確認されて行動制限が再強化されるなど行動制限の対象地域は着実に拡大しているほか、制限期間も度々延長される展開が続いており、幅広い経済活動に悪影響が出ることが避けられなくなっている。なお、7月半ば以降に拡大の動きをみせている新規陽性者数はその後に一段と加速しており、足下では新規陽性者数が1,000人を上回るなど過去の感染拡大のピークを大きく上回っているほか、新規陽性者数の拡大により医療インフラへの圧力が強まっていることを受け、7月半ばまでゼロで推移してきた死亡者数も拡大するなど感染動向は着実に悪化している。ただし、アジア新興国においては変異株による感染爆発の動きが続いているなか、豪州国内における新規陽性者数(7日間移動平均)は本日(1日)時点で45人であるなど感染爆発状態にはほど遠いと捉えられるものの、着実に状況が悪化するなど気の抜けない展開となっている。他方、豪政府は今年末を目途にすべての国民(約2,600万人)を対象にワクチン接種を完了させる計画を掲げており、国内でのワクチン製造などを通じた供給網の整備を図るとともに、ワクチン接種のすそ野を広げる取り組みを進めている。こうした動きを反映して、先月30日時点における部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は47.22%と世界平均(39.58%)を上回るなど感染者数が急減する『閾値』と捉えられる40%を上回る水準となる一方、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は27.62%と世界平均(27.08%)をわずかに上回るも、依然として欧米など主要国と比較して低水準に留まる。こうしたなか、足下では大都市部を対象とする行動制限が長期化していることを受けて、若年層を中心に不満が噴出するなどモリソン政権に対する支持率が急落しているほか、先月末には二大都市であるシドニーとメルボルンで大規模な抗議デモが実施される事態となっている。同国では来年9月までに連邦議会下院(代議院)の総選挙が予定されるなど『政治の季節』が着実に近付いており、モリソン政権及び与党・保守連合にとっては早期の感染収束とともに新型コロナ禍で疲弊した経済の立て直しが必至となるが、その道筋は決して容易ではないと判断出来る。

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なお、上述のように同国では7月以降に感染動向が悪化しており、それ以前における感染動向は落ち着いた推移が続いてきたほか、そうした状況を反映して景気は着実に底入れの動きを強めてきたと判断出来る。事実、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+2.69%と前期(同+7.80%)からペースは鈍化するも、4四半期連続のプラス成長で推移しているほか、中期的な基調を示す前年比ベースでも+9.6%と入手可能ななかで過去に遡って最も高い伸びとなるなど着実に景気の底入れが進んでいることが確認されている。昨年後半以降の世界経済の回復などを背景とする原油をはじめとする国際商品市況の上昇などを受けて足下のインフレ率は13年弱ぶりの高水準となるなど、家計消費への悪影響が懸念されているものの、昨年来の新型コロナ禍で悪化した雇用環境の改善に加え、国際商品市況の上昇に伴う交易条件指数の改善を受けた国民所得の押し上げも追い風に家計消費は底堅い動きをみせているほか、国内外で景気回復が続くなかで中銀(豪州準備銀行)の金融緩和策による低金利環境の長期化を追い風に企業部門による設備投資も堅調な推移をみせるなど、内需の堅調さが景気を押し上げている。一方、年明け以降は最大の輸出相手である中国において新型コロナ禍からの景気回復に向けた政策効果が一巡していることに加え、中国との関係悪化を受けて中国政府は豪州からの輸入に対して『嫌がらせ』の動きを強めていることを反映して輸出に下押し圧力が掛かるなど、外需が景気の足を引っ張っている。分野別でも、外需の弱さを反映して鉱業部門の生産に下押し圧力が掛かっているほか、製造業の生産も鈍化する動きがみられる一方、低金利の長期化や新型コロナ禍を経た生活様式の変化に伴う住宅需要の旺盛さを反映して建設業の生産に底堅さがみられるとともに、家計消費の堅調さを受けて幅広くサービス業の生産も拡大の動きをみせる。豪州経済を巡っては、1-3月の時点で実質GDPの水準が新型コロナ禍の影響が及ぶ直前の一昨年末を上回るなどマクロ的に新型コロナ禍の影響を克服したと捉えられるが(注1)、その後も感染動向が急速に悪化する前は景気回復が続いたと判断出来る。

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なお、中銀は先月の定例会合において現行の緩和政策をすべて維持するとともに、今月上旬以降に量的緩和政策の縮小に動く方針を維持したものの(注2)、その後の感染動向の急激な悪化を受けて金融市場においては量的緩和の縮小の先送りを迫られるとの見方が強まるなど、慎重な政策運営が求められつつある。さらに、足下の企業マインドは行動制限の長期化なども追い風にサービス業を中心に悪化の度合いを強めており、4-6月のGDPが家計消費をはじめとする内需が下支えとなった状況は一変していると判断出来るなど、景気減速は避けられないと見込まれる。他方、足下の感染動向は悪化の度合いを強めている一方、低金利環境の長期化を受けた『カネ余り』に加え、新型コロナ禍を経た生活様式の変化を反映して足下の不動産価格は上昇傾向を強めており、8月の住宅価格は前年比+18.4%と1989年7月以来となる高い伸びとなるなど、新型コロナ禍対応を目的とした金融緩和は見直しが必要となりつつある。政府による最新のワクチン接種見通しに基づけば、10月には成人の7割に対して接種が完了するなど行動規制の段階的な緩和が可能になる見通しであり、11月には8割に達することで大規模な行動規制はすべて解除される可能性がある。ただし、感染動向の収束が遅れれば人の移動に下押し圧力が掛かる展開が長期化することも予想されるとともに、景気回復の後ズレに繋がることも懸念される。このところの豪ドル相場は感染動向の急激な悪化が金融政策の見直しに繋がるとの見方を反映して調整する展開が続いているが、先行きについてもしばらくは上値の重い展開が続く可能性が高いと見込まれる。

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以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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