トルコ、「第4波」顕在化のなか、大統領は引き続き中銀に利下げを要求

~変異株による感染動向も相俟って、リラ相場は引き続き上値の重い展開が続く可能性~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは、昨年末にかけての「第2波」や3月以降の「第3波」など新型コロナウイルスの感染が再拡大する展開が続いた。他方、ワクチン接種が加速するとともに第3波は4月半ばを境に落ち着きをみせ、行動制限は緩和されるなど経済活動の正常化が進められた。ただし、先月半ば以降はワクチン接種が遅れる地方を中心に「第4波」が顕在化している。ワクチン接種の頭打ちも影響して感染動向が悪化するリスクがある。
  • 企業及び家計共にマインドは底打ちするなど景気の底入れが期待される一方、先月には観光地近くで「史上最悪」の山火事が発生するなど景気に冷や水を浴びせることは避けられない。また、原油高やリラ安等に伴い足下のインフレ率は加速して中銀のインフレ目標から乖離しているものの、エルドアン大統領は引き続き中銀に利下げ実施を求める姿勢を崩していない。先行きについては変異株による感染動向の行方も重なり、トルコ金融市場を取り巻く環境は難しい状況が続く可能性は避けられないであろう。

トルコでは、昨年末以降に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が再拡大する『第2波』に見舞われたほか、3月以降は感染力の強い変異株の流入をきっかけに感染が再拡大する『第3波』が顕在化するなど、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に際して度々感染が拡大する事態に直面してきた。他方、欧米など主要国ではワクチン接種が経済活動の正常化に向けた『切り札』となるなか、政府は中国による『ワクチン外交』を通じた供給も追い風にワクチン接種を積極化させており、今月9日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は34.50%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も49.65%とともに世界平均(それぞれ15.55%、30.02%)を上回っているほか、部分接種率は感染者数が急減するとされる『閾値』である40%を上回るなど大きく前進している(注1)。こうした状況に加え、4月半ばを境に第3波に伴う新規感染者数が減少に転じたことに加え、新規感染者数の減少に伴う医療インフラに対する圧力の後退を受けて5月初旬を境に死亡者数の拡大ペースも鈍化傾向に転じるなど、感染動向が好転する兆しがうかがえた。結果、政府は感染動向の悪化を受けて行動制限の再強化に動くなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっていたものの、感染状況が変化したことで一転して行動制限の段階的な解除に動いたほか、先月には行動制限が解除されるなど経済活動の正常化に向けて舵を切る動きをみせてきた。こうした動きも追い風に、政府による行動制限の再強化を受けて大きく下押し圧力が掛かった人の移動は感染動向の好転を受けて底入れするとともに、先月以降は拡大の動きを強めるなど経済活動の正常化が進んでいる。事実、こうした状況に加え、輸出の半分以上を占めるEU(欧州連合)においては新型コロナウイルスの感染一服やワクチン接種の進展を追い風に景気底入れの動きが進んでいることも相俟って、足下の企業マインドは改善の動きを強めるなど、感染再拡大に伴い景気の頭打ちが懸念された状況は大きく改善していると捉えられる。ただし、足下において世界的に感染の動きが広がりをみせている変異株(デルタ株)を巡っては、ワクチン接種が進んでいる欧米や中国など主要国においても感染が拡大している上、同国で接種が進む中国製ワクチンについてはその効果の低下が懸念されるなど、行動制限の解除によって感染が再び拡大するリスクが意識された。なお、先月半ばにかけて新規感染者数は減少傾向を強める展開が続いたものの、その後は一転して拡大傾向を強めるなど『第4波』の動きが顕在化しており、足下の水準は第3波や第2波に比べて小規模に留まるものの、新規感染者数の拡大に伴う医療インフラに対する圧力が再び強まっていることを受けて死亡者数の拡大ペースも加速するなど、感染動向は再び悪化している。ただし、上述のように足下の感染動向は過去の感染拡大局面に比べて落ち着いており、政府が行動制限の再強化に動く可能性は低い一方、足下の感染拡大の動きはワクチン接種が遅れる南東部など地方で広がりをみせている。足下のワクチン接種動向を巡っては、調達の遅れに伴う供給不足も影響して部分接種率の上昇ペースも鈍化するなど頭打ちしていることを勘案すれば、先行きの感染動向が急変するリスクに注意が必要と捉えられる。

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なお、上述のように感染動向が一旦は落ち着きを取り戻したことを受けた行動制限の解除に加え、外需を取り巻く環境の堅調さも追い風に企業マインドは改善しているほか、雇用環境の改善を受けて家計部門のマインドも底打ちするなど景気の底入れに繋がる動きが続いている。ただし、先月末には同国南部の沿岸地域にあるリゾート地の近くで原因不明の山火事が発生しており、高温と乾燥した強風の影響で火災が広がるなど2週間以上に亘り延焼して『同国史上最悪』の山火事となった。足下においては降雨に伴いようやく延焼の勢いが落ち着く兆しがみられるものの、同国経済にとって一大産業である観光関連に悪影響が出ることは避けられない。さらに、足下においては南東部など地方を中心に変異株による感染再拡大の動きが広がりをみせており、仮に感染拡大の動きが最大都市イスタンブールや首都アンカラなどの都市部のほか、南西部のリゾート地に広がる事態となれば幅広く経済活動に悪影響を与えることも懸念される。他方、昨年後半以降における世界経済の回復期待を追い風にした原油をはじめとする国際商品市況の上昇に加え、国際金融市場においては同国通貨リラに対する売り圧力がくすぶることで輸入物価に押し上げ圧力が掛かるなか、インフレ率は中銀の定める目標を大きく上回る展開が続いている。こうした状況にも拘らず、エルドアン大統領は自身が提唱する「インフレは高金利が招く」という『トンデモ理論』を元に中銀に対して利下げ実施を求める圧力を強めてきたほか、今年3月には中銀総裁を更迭して自身の考えに沿う人物を後任総裁に据えるなど、中銀の独立性に対する懸念が強まりリラ安圧力に拍車が掛かった(注2)。なお、後任総裁となったカブジュオール氏は就任後に一転して引き締め姿勢を維持する考えを示すなど国際金融市場が抱いた懸念をなだめる姿勢をみせたものの(注3)、その後は『タカ派』色を薄める動きが続いたことに加え、エルドアン大統領が中銀に対して利下げ実施を求める動きをみせたことをきっかけにリラ安が進むなど不安定な動きが続いてきた(注4)。こうしたことも影響して、直近7月のインフレ率は前年比+18.95%と一段と加速して2年ぶりの高水準となるなどインフレ目標(5%)から乖離する動きが続いており、上述の中銀に対する利下げ要求のなかでエルドアン大統領が「7月ないし8月に金利が低下し始める必要がある」と述べていたことを勘案すれば、足下の状況は真逆の状況にあると判断出来る。さらに、エルドアン大統領は今月初めにも先行きのインフレ率について、8月以降は減速が見込まれるとの見方を示しつつ、金利も低下するとの考えを示すなど中銀に対して暗に利下げ実施を求める姿勢を崩しておらず、結果的にリラ相場の上値が抑えられている。先行きについては変異株による感染動向の行方もリラ相場を左右する可能性が見込まれるなど、引き続きトルコ金融市場を取り巻く環境は難しい展開が続くであろう。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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