久々の「エルドアン砲」炸裂、トルコ・リラ相場は過去最安値を更新

~中銀の独立性は再び「風前の灯」の様相、トルコもリラ相場も「独り相撲」状態に陥る可能性~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、欧米や中国で新型コロナウイルスの感染一服やワクチン接種により経済活動の正常化が進む一方、新興国で変異株による感染再拡大や行動制限が再強化されるなど好悪双方の材料がある。トルコではワクチン接種が進んでいる上、感染再拡大を受けた行動制限も重なり新規感染者数は鈍化しており、徐々に行動制限が緩和される動きが広がるなど、事態打開に向けた兆しが出ていると判断出来る。
  • 昨年末にかけての感染拡大の「第2波」は年明け以降鈍化したほか、世界経済の回復による外需の改善も追い風に、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+7.06%と堅調に推移している。ただし、外需や公共需要が景気を押し上げる一方、雇用回復の遅れや高インフレが重石となり家計消費は弱含むなど自律回復にはほど遠い状況にある。先行きは外需の回復が期待される一方、通貨リラ安や高インフレが内需の足かせとなる状況は続くと見込まれ、景気回復の道のりは力強さを欠く展開になると予想される。
  • 中銀を巡っては、3月の総裁更迭を受けて独立性への疑念が再燃したほか、高インフレが続くにも拘らず後任総裁は「タカ派色」を薄めたため、リラ相場はじり安の展開が続いた。こうしたなか、1日にエルドアン大統領はテレビ取材に中銀総裁に対して利下げ実施を求めたことを明らかにしたためリラ相場は一時最安値を更新した。トルコ経済及びリラ相場は再び「独り相撲」の様相を強める可能性が高まったと判断出来る。

足下の世界経済を巡っては、欧米や中国で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が一服するとともに、ワクチン接種を受けて経済活動の正常化が進む動きがみられる一方、新興国では感染力の強い変異株により感染が再拡大して行動制限が再強化されるなど好悪双方の材料が混在している。トルコにおいても変異株による感染再拡大の動きがみられたものの、エルドアン政権は行動制限を課すとともに、感染動向如何ではさらなる厳しい措置に動く姿勢をみせたほか、中国による『ワクチン外交』を背景にワクチン確保を進めるなどの取り組みを進めた。結果、先月31日時点における人口100万人当たりのワクチン接種回数は34.6万回弱に達しており、完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は14.87%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も19.72%と世界平均(それぞれ5.51%、10.77%)を大きく上回るなどワクチン接種は前進している。こうしたこともあり、4月半ばを境に新規感染者数は鈍化しており、足下では1日当たりの新規感染者数は1万人を下回る水準となっている上、死亡者数の拡大ペースも鈍化傾向を強めるなど状況は改善に向かっていると判断出来る。こうしたことから、先月半ばには都市封鎖(ロックダウン)が解除されるとともに夜間及び土日を除いて外出禁止が緩和されたほか、今月からはレストランやカフェなどの店内営業を再開して外出制限を一段と緩和するなど、幅広い経済活動の正常化に向けた取り組みを進めている。同国で接種が進む中国製ワクチンを巡っては、国内でのワクチン接種の8割以上を中国製ワクチンが占める南米チリにおいて、ワクチン接種が進んでいるにも拘らず感染拡大の動きが続いていることから、その効果に疑問が呈される動きもみられる1 。その一方、ブラジルで実施された治験においては、中国製ワクチンは感染拡大の制御や死亡者の抑制に一定の効果があったとの結果が示されており、ワクチン接種の加速化の動きはトルコにプラスの効果をもたらすことは間違いないと判断出来る。

図1
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図2
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なお、昨年末にかけて新規感染者数が再拡大する『第2波』に見舞われるも、年明け以降は頭打ちするなど収束の動きがみられたことで行動制限が緩和されたことに加え、欧米や中国など主要国で経済活動の正常化が進むなど世界経済の回復が進んだこともあり、年明け以降の企業マインドは製造業を中心に改善の動きをみせた。こうした状況を反映して、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+7.06%と前期(同+6.87%)からわずかに加速して3四半期連続のプラス成長となるなど、景気は底入れの動きを強めており、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+7.0%と前期(同+5.9%)から加速感を強めている。実質GDPの水準も新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響が及ぶ直前の一昨年末と比較して+6.8%程度上回っており、トルコ経済は新型コロナ禍の影響を完全に克服したと捉えることが出来る。内訳をみると、世界経済、なかでも輸出の半分以上を占める欧州経済の回復を追い風に財輸出は急拡大しているほか、外国人観光客の受け入れ再開から緩やかに客数が底入れする動きを受けてサービス輸出も拡大に転じるなど外需を取り巻く環境は幅広く改善する動きがみられる。さらに、政府は景気下支えに向けてインフラなど公共投資の拡充に動いており、外需の回復を追い風に企業部門が設備投資意欲を回復させていることも相俟って固定資産投資は2四半期ぶりにプラスに転じるなど、外需の改善が内需を押し上げる好循環もみられる。ただし、雇用の回復が遅れていることに加え、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を大きく上回る推移が続いている上、昨年後半以降の国際原油価格の底入れなどを受けて加速感を強めるなど実質購買力に下押し圧力が掛かるなか、家計消費は頭打ちの動きをみせるなど、景気回復の動きは自律的なものとはほど遠い状況にある。また、その後は上述のように春先以降の感染再拡大を受けて行動制限が再強化されたことを受けて、家計部門、企業部門問わず全般的にマインドが頭打ちする動きが確認されており、底入れの動きを強めてきた景気回復の動きに一服感が出ることは避けられそうにない。他方、足下では欧州をはじめとする世界経済の回復が進むなど外需を取り巻く環境は一段と改善している上、行動制限が再び緩和されるなど経済活動の正常化に向けた動きが前進している。しかしながら、インフレ率は加速の動きを強めるなど家計部門の実質購買力の下押し圧力となる状況は続いており、景気回復の動きは力強さを欠く展開となることも予想される。

図3
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図4
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なお、中銀を巡っては、3月にアーバル前総裁の下でインフレや通貨リラ安に対抗すべく敢然たる利上げ実施に踏み切ったものの2 、この決定がエルドアン大統領の逆鱗に触れたとみられ、直後にアーバル氏は突如更迭されるなど3 、中銀の独立性に対する疑念が再燃する事態に発展した。後任総裁に就任したカブジュオール氏を巡っては、エルドアン大統領がしばしば唱える「高金利が高インフレを招く」という『トンデモ理論』を礼賛してきたため、中銀が大幅利下げに転じることが懸念されたものの、総裁就任後のカブジュオール氏は金融引き締めが必要との認識を示すなど『変心』したことで金融市場の動揺は抑えられた4 。ただし、カブジュオール総裁の下で開催された4月の定例会合では政策金利を据え置いたほか5 、5月の定例会合では『タカ派色』を薄める動きを強めたため6 、その後は米FRB(連邦準備制度理事会)が金融緩和の長期化を示唆する「市場との対話」を背景に新興国への資金回帰の動きがみられるにも拘らず、通貨リラ相場はじり安の展開を強めてきた。こうしたなか、1日にエルドアン大統領はテレビ取材において、高金利状態が続いていることについて「この問題については私も同じ主張を持っている。今日、中銀総裁とも会話し、確かに金利を下げる必要がある」とした上で、「そのために7月、8月に金利が低下し始める必要がある」と述べるなど、中銀に対して利下げ実施を求めたことを明らかにした。過去には上述の『トンデモ理論』を信奉するエルドアン大統領の発言が金融市場を揺るがす場面がみられたが、今回の話を受けてカブジュオール総裁に『圧力』が掛かっていることが明らかになったほか、この発言を受けてリラ相場は一時最安値を更新するなど動揺が広がっている。その意味では、トルコ及び通貨リラ相場は再び『独り相撲』の様相を強める可能性が高まったと判断出来よう。

図5
図5

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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