インド中銀、景気回復に向けて「政策総動員」を後押しする姿勢を強調

~感染再拡大の動きが一巡しつつあるなか、中銀は政府との共同歩調を維持する姿勢を改めて示す~

西濵 徹

要旨
  • インドは昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて景気は深刻な減速に直面したが、昨年後半以降は底入れの動きを強めた。しかし、春先以降の変異株の流入に加え、人の移動の活発化も相俟って感染が再拡大した。さらに、世界有数のワクチン生産国ながら接種の遅れも影響して感染爆発に見舞われる事態となった。ただし、足下ではワクチン接種が加速され、新規陽性者数も鈍化するなど事態改善の兆候が出ている。
  • 政府は感染爆発にも拘らず、昨年の全土での都市封鎖の副作用を警戒して及び腰の対応をみせたが、足下の企業マインドはサービス業を中心に下振れしており、人の移動も鈍化するなど景気減速は不可避と見込まれる。ただし、局所的な都市封鎖に留めたことで実体経済への悪影響は昨年に比べて軽微に留まり、足下では景気の底打ちを示唆する兆候も出るなど、世界経済の回復も景気の追い風になることが期待される。
  • 感染再拡大の一方で原油価格の底入れなどによる物価上昇圧力が懸念されたものの、中銀は4月の定例会合で緩和姿勢を維持したが、足下で感染再拡大の動きに一服感が出ていることで4日の定例会合でも緩和姿勢を維持するとともに、今後も長期に亘って維持する考えをみせた。足下のルピー相場及び株式指数は感染再拡大に伴う下振れの動きが一巡しているが、先行きは感染動向やワクチン接種動向のみならず、国際金融市場を取り巻く状況など外部環境に左右される展開が続くと予想される。

インドは昨年、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して感染拡大の中心地の一角となるとともに、モディ政権は感染対策を目的に突如全土を対象とする都市封鎖(ロックダウン)に動いたことで深刻な景気減速に見舞われた1 。しかし、その後は感染収束にほど遠い状況ながら感染対策を継続しつつ経済活動の再開に踏み切る対応に舵を切り、昨年末にかけては新規陽性者数が鈍化傾向を強めるなど事態打開が図られた結果、昨年末時点で実質GDP成長率(前年比)は3四半期ぶりのプラス成長に転じるなど2 、景気は一転底入れの動きを強めた。さらに、年明け以降は新規陽性者数が一段と鈍化したため、モディ首相は1月のダボス会議で新型コロナ禍からの『勝利宣言』を行い、行動制限の一段の緩和が図られたほか、欧米や中国など主要国が感染収束やワクチン接種の拡大を背景に景気回復が進むなど外需環境が改善したことも追い風に、1-3月の実質GDP成長率は一段と底入れの動きを強めた3 。ただし、上述したモディ首相による『勝利宣言』を受けて国民の間に『気の緩み』が生じた影響からか、2月初めに開催されたヒンドゥー教の大祭(クンブ・メーラー)には昨年延期された影響も重なり大量の人が集まったほか、3月末に開催された地方選での選挙活動では感染対策が徹底されない事態となった。そして、近年のインドはジェネリック医薬品(後発医薬品)の世界的な生産拠点として存在感を高めるなかでワクチン生産の一大拠点となっているにも拘らず、ライセンス生産の影響で海外供給が優先される一方で国内でのワクチン接種は大きく遅れる展開が続いてきた4 。また、世界的に感染力の強い変異株による感染再拡大の動きが広がったことも重なり、インド国内でも3月半ばを境に新規陽性者数は拡大に転じるとともに、感染拡大の中心地となった都市部で酸素吸入器や医薬品が深刻な不足状態となるとともに病床がひっ迫したことで感染爆発状態に陥り5 、先月初めには1日当たりの新規陽性者数は一時40万人超となるなど再び世界的な感染拡大の中心地となった。その後は感染拡大の中心地となった最大都市ムンバイや首都ニューデリーなど部分的に都市封鎖(ロックダウン)が実施されたほか、海外からの医療器具支援の実施に加え、政府は同国内で生産されるワクチンや抗ウイルス薬を事実上の輸出禁止として国内への供給を重視する姿勢に転じたことでワクチン接種が加速している。なお、政府はワクチン接種の対象年齢を順次拡大させるなど裾野を広げる戦略を取っており、今月2日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は3.17%に留まるものの、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は12.45%となるなど着実にワクチン接種は前進している。1日当たりの新規陽性者数は先月初めをピークにその後は頭打ちするなど事態打開に向けた兆しはうかがえるものの、依然としてその水準は昨年の『第1波』のピークを上回る展開が続いているほか、病床ひっ迫などを理由に死亡者数は引き続き拡大傾向を強める展開が続くなど事態収束には時間を要すると見込まれる。その意味では、インド国内における新型コロナウイルスの感染状況は『最悪期』を過ぎつつあると捉えられる一方、感染動向が景気の足かせとなる可能性はくすぶると捉えられる。

図1
図1

図2
図2

政府による新型コロナウイルスの感染対策を巡っては、昨年に実施した全土を対象とする都市封鎖の実施について、その副作用として景気に深刻な悪影響が出たこともあり、足下の感染爆発においてはその中心地である大都市部に限定して都市封鎖を実施するなど『及び腰』の対応をみせている。ただし、そうした状況にも拘らず全土で人の移動に下押し圧力が掛かるなど、経済成長のけん引役となってきた家計消費など内需への悪影響は避けられなくなっており、上述のように新型コロナウイルスの感染が再拡大する前の景気は底入れの動きを強めてきたものの、一転して下押し圧力が掛かっていると捉えられる。なお、5月の企業マインドの動きをみると、上述のようにムンバイやニューデリーにおいて都市封鎖が実施されるなど人の移動に大きく下押し圧力が掛かったことも影響して、サービス業PMI(購買担当者景況感)は46.4と▲7.6ptと大幅に低下して8ヶ月ぶりに好不況の分かれ目となる水準を大きく下回るなど、GDPの半分以上を占めるサービス業でマインドが急激に悪化するなど景気にブレーキが掛かっている様子がうかがえる。一方、5月の製造業PMIは50.8と前月比▲4.7ptと大きく低下しているものの、好不況の分かれ目となる水準を維持するなど、国内向けの新規受注は大きく落ち込む動きをみせる一方で、輸出向けの新規受注は底堅い動きをみせており、足下で欧米や中国など主要国を中心に世界経済の回復を期待する向きが影響していることが確認された。このように企業マインドは分野ごとに対照的な動きをみせているものの、幅広い分野で頭打ちの様相を強めていることを勘案すれば、足下の景気は減速に転じている可能性が高いと見込まれる。なお、上述のように足下では新規陽性者数が鈍化するなど改善の兆候が出ていることを受けて、先月末には首都ニューデリーで実施された都市封鎖措置を段階的に解除されることを決定しており、影響が色濃く現れやすい低所得者層が数多く従事する建設現場や工場の稼働再開が認められており、こうした動きを反映して大きく下押し圧力が掛かった人の移動が底打ちする動きもみられる。仮に足下の状況から一段と改善が進むことになれば、『第2波』による実体経済への悪影響は昨年の『第1波』の際に比べて小規模に留まると見込まれるほか、世界経済の回復も追い風に景気の底入れが促されることも期待される。

図3
図3

図4
図4

他方、インドは国内の原油消費量の7割近くを中東からの輸入に依存するなか、昨年後半以降における世界経済の回復を追い風に国際原油価格は底入れの動きを強めており、インド経済にとっては輸入増に伴う対外収支の悪化や物価上昇を招くことが懸念された。さらに、春先以降の国際金融市場においては、米国経済の回復を背景に米FRB(連邦準備制度理事会)が政策の『正常化』を迫られるとの見方が強まり米長期金利は上昇傾向を強めたほか、それに伴う米ドル高の動きは通貨ルピー相場の下押し圧力となることで輸入物価を通じてインフレ圧力に繋がることが懸念された。しかし、中銀は4月に開催した前回の定例会合において感染再拡大による景気の先行き不透明感を警戒して緩和姿勢を維持する決定を行い6 、その後の国際金融市場では米FRBによる「市場との対話」を背景に米長期金利は頭打ちしたほか、米ドル安に転じたことでルピー相場は底入れしており、インフレ率も中銀の定める目標域内で推移している。こうしたことから、同行は4日の定例会合においても政策金利を据え置くとともに、政策スタンスも「必要な限り緩和的なスタンスを継続する」との方針を維持した。会合後に公表された声明文では、世界経済について「ワクチン接種や景気刺激策を追い風に主要国で回復の勢いが強まる一方、新興国では感染再拡大やワクチン接種の遅れなどが下振れリスクに晒されるなど不確実性は残る」との見方を示した。一方、同国経済は「モンスーン(雨季)の雨量は例年並みの水準が見込まれる一方、地方での感染再拡大の動きが下振れ要因になり得る」一方、「感染再拡大による下振れに直面した都市部では底入れが見込まれる」との見方を示し、先行きの経済成長率について「今年度(2021-22年度)は+9.5%(4-6月:+18.5%、7-9月:+7.9%、10-12月:+7.2%、1-3月:+6.6%)になる」との見通しを示した。また、物価動向については「商品市況やそれに伴う輸送コストの問題で上下両方に振れる不確実性がある」としつつ、「今年度は+5.1%(4-6月:+5.2%、7-9月:+5.4%、10-12月:+4.7%、1-3月:+5.3%)になる」との見通しを示した。さらに、今回の決定について「政策委員が全会一致で据え置きを決定した」上で、先行きについても「物価が持続的に目標域に収まるようにしつつ、持続的に景気回復を維持するとともに、新型コロナ禍の経済への影響を緩和すべく必要な限り緩和的なスタンスを継続することが必要」との認識を共有したとしている。会合後にオンライン記者会見に臨んだ同行のダス総裁は、先行きの景気について「モンスーンの雨量が例年通りとなれば、景気回復の追い風になる」との見方を示した上で、「ワクチン接種の加速は新型コロナ禍による経済の荒廃を防ぐことが出来る」としつつ、「農村部での感染再拡大の動きや都市部での需要の弱さは景気の下振れ圧力になる」とした上で「『全方位からの政策支援』が成長のモメンタム維持に必要」と述べるなど、財政及び金融政策の総動員を後押しする考えを示した。他方、感染拡大の『第2波』による経済への影響については「『第1波』と比較して相対的に抑制が期待される」との見方を示した上で、「金融市場を巡る状況は極めて緩和的な状況が続いている」とし、「世界経済の回復が外需を押し上げる」として景気が下支えされるとの認識を示した。また、物価動向についても「リスクは幅広くバランスしている」との見方を示した上で、「『第2波』による行動制限がインフレリスクを後退させる」としつつ、「物価上昇圧力の緩和に向けた政策対応が不可欠」との考えを示した。感染再拡大による景気下振れ懸念を受けて調整した通貨ルピー相場及び主要株価指数は、足下では世界経済の回復期待や国際金融市場の活況も追い風にその影響が一巡しつつあるものの、先行きについては同国における感染動向やワクチン接種動向のみならず、国際金融市場を取り巻く環境に揺さぶられる展開が続くであろう。

図5
図5

図6
図6

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連記事

関連テーマ

Recommend

おすすめレポート