トルコ中銀はもう利上げをする気はなさそうだ

~「タカ派」姿勢は一段と後退、当面は金利を据え置くも、インフレ鈍化後は一転利下げに動く可能性~

西濵 徹

要旨
  • トルコでは先月半ばにかけて変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大に見舞われた。政府は行動制限を再強化する一方でワクチン接種は前進しており、足下では新規感染者数は再び頭打ちしている。ただし、行動制限の再強化やインフレ加速などの影響で家計、企業ともにマインドは頭打ちするなど景気は踊り場を迎えている。他方、中銀の独立性を巡る懸念をきっかけに通貨リラ相場は動揺する動きもみられた。
  • カブジュオール新総裁の下で中銀は「タカ派」色を薄めるなか、6日の定例会合でも政策金利を2会合連続で据え置くなど様子見姿勢を維持した。新興国ではブラジルやロシアが物価及び通貨安定を目的に金融引き締めに動く流れがみられるが、前総裁下で同様の動きをみせたトルコ中銀は先行き一転して利下げに動く可能性もある。金融市場は中銀の一挙手一投足に揺さぶられる可能性に留意しておく必要があろう。

トルコでは、先月半ばにかけて感染力の強い新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株による感染が再拡大する『第3波』が顕在化したほか、その動きに併せて死亡者数も拡大傾向を強めるなど感染状況が急速に悪化する事態に見舞われた。こうしたことから、エルドアン政権は夏季休暇の時期に向けて行動制限を課すことを決定するとともに、今後の感染動向如何では一段と厳しい措置の発動を示唆するなど難しい対応を迫られている。なお、新規感染者数は先月後半を境に頭打ちしているほか、中国による『ワクチン外交』を背景にワクチンの確保が進んでいることも追い風に、今月8日時点におけるワクチン接種率は29.5%と世界平均(16.4%)を大きく上回っている上、完全接種率(必要な接種回数を受けた人の割合)は12.2%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も17.2%とともに世界平均(それぞれ4.0%、8.3%)を大きく上回るなどワクチン接種は大きく前進している。他方、行動制限の再強化を受けて底入れの動きをみせてきた家計部門のマインドは急速に悪化している上、製造業を中心とする企業マインドも頭打ちの様相を強めるなど、景気に急速に下押し圧力が掛かる動きがみられる。なお、足下において家計部門のマインドが悪化している背景には、昨年半ば以降における国際原油価格の底入れや通貨リラ安の進展に伴う輸入物価への押し上げの動きなどを反映してインフレ圧力が高まっていることが影響しており、4月のインフレ率は前年同月比+17.14%と約2年ぶりの水準となるなど実質購買力に下押し圧力が掛かっていることも影響している。中銀を巡っては、昨年11月に総裁に就任したアーバル氏の下で国際金融市場の期待に応える形で金融引き締めに舵が切られるなど、過去数年に亘って低下した同行及び通貨リラに対する信任回復に向けた取り組みが進められた。しかし、アーバル体制の下で実施された3月の定例会合ではインフレリスクの高まりと金融市場におけるリラ安懸念に対して敢然たる利上げを実施したものの 1、直後にアーバル氏が更迭されるなど中銀の独立性に対する疑念が再燃する事態に発展するなど2 、結果的にその後のリラ相場は一段と下落してインフレ圧力が高まっている。

図1
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図2
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なお、後任の総裁に就任したカブジュオール氏は元々、エルドアン大統領が唱える「高金利が高インフレを招く」といった『トンデモ理論』を礼賛する姿勢をみせたことで政策運営が不安視されたものの、総裁就任後は一転して金融引き締めが必要との認識を示すなど『変心』する動きをみせた3 。ただし、絵先月にカブジュオール体制下で初めて開催された定例会合では、通貨リラ相場が調整模様を強めている上、インフレ率は一段と上振れしているにも拘らず政策金利は据え置かれるとともに、アーバル前体制下に比べて『タカ派』色は大きく薄れた4 。さらに、先月末には米バイデン政権が『人権重視』の姿勢を強める一貫として、オスマン帝国時代によるアルメニア人殺害事件を「ジェノサイド(大量虐殺)」に認定したことをきっかけに米国とトルコの関係悪化が懸念される事態となり、米土関係を巡る不透明感がリラ相場を揺さぶる懸念が高まっている5 。こうしたなか、中銀は6日に開催した定例会合において政策金利である1週間物レポ金利を2会合連続で19.00%に据え置く決定を行った。会合後に公表された声明文では、世界経済について「緩和的な政策運営やワクチン接種の進展などを背景に回復が続いている」との見方を示した上で、同国経済についても「行動制限の影響はあるものの、外需をけん引役に経済活動は堅調に推移している」との認識を示した。ただし、「製造業に堅調さがある一方でサービス業は弱含んでいる」としたほか、先行きについて「感染動向やワクチンの接種動向によって上下双方に振れる可能性がある」との認識を示した。一方、物価動向については「需要動向やコスト構造、一部セクターでの供給制約、インフレ期待の高さは物価動向及びインフレ見通しのリスク要因となる」としつつ、「金融引き締めに伴う信用収縮や内需への悪影響が顕在化しつつある」とし、「インフレ率の大幅な低下が達成されるまでは現行の政策スタンスを維持する」との考えを示す一方、前回会合まで使用されていた「引き締めスタンスを維持する」とした文言は削除されるなど『タカ派』色は一段と後退した。その上で、先行きの政策運営について「物価安定の実現に向けて利用可能なすべての政策手段を引き続き断固として活用する」とした上で、「強力なディスインフレ効果を維持すべくインフレ率が恒常的に低下して中期目標(5%)に到達するまで政策金利はインフレ率を上回る水準で維持する」との考えを改めて示した。また、政策スタンスを維持する目的について、前総裁時同様に「物価安定、リスク・プレミアムの低下、通貨安定、外貨準備の蓄積、資金調達コストの低下を通じてマクロ経済及び金融の安定を促す」ほか、「投資、生産、雇用の健全かつ持続的な成長の基盤構築」とし、先行きは「透明性が高く、予見可能でデータに基づく枠組で意思決定を行う」との考えを示したが、実態としては追加利上げに動く可能性は大きく後退したと捉えられる。新興国においては、ブラジルやロシアなどで物価や通貨を安定させるべく金融引き締めを図る動きがみられ、トルコも前総裁の下で同様の姿勢をみせていたものの、先行きはインフレ率が鈍化に転じれば、中銀は一転して利下げに動く可能性が高まったと判断され、金融市場はその一挙手一投足に揺さぶられることも予想される。

図3
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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