コロンビア、感染収束の見通しが立たず反政府デモで事態悪化懸念

~財政健全化どころでない状況に陥り、格下げに伴い「投資不適格」に転落する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 南米コロンビアでは2018年の政権交代を経て右派政権が誕生したが、一昨年には財政健全化を目指す動きを契機に反政府デモが活発化する動きがみられた。さらに、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い深刻な景気減速に見舞われたが、後半以降は景気の底入れが進む動きもみられた。ただし、足下では感染拡大の「第3波」が直撃しており、底入れしてきた家計マインドは下振れするなど景気鈍化が懸念される。
  • 同国はワクチン接種が比較的進む一方、政府が先月に公表した財政健全化や低所得者層支援の財源確保を目指した「増税策」を巡り反政府デモが激化している。政府は撤回を余儀なくされ、反政府デモとの対話を目指すが、安易な妥協は格下げリスクを高めるなど難しい対応が迫られる。感染「第3波」真っ只中のデモ激化で感染状況が悪化する可能性もある上、来年の大統領選では左派への巻き戻しの可能性も高まろう。

南米コロンビアでは、2018年に実施された大統領選において中道右派政党である民主中道党から出馬したイヴァン・ドゥケ氏が決選投票までもつれた選挙戦を制し 1、長年に亘る内戦の余波がくすぶる経済の再生を優先課題に掲げるとともに、海外投資家からの視線を強く意識した経済政策を志向する姿勢が採られた。他方、2015年に左派のサントス前政権下で左派ゲリラとの間で締結された和平合意を巡っては、右派を中心になし崩し的に和平合意が進展することに対する拒否感が根強く、ドゥケ氏は和平合意の見直しを主張したため、一部の左派ゲリラの残党によって散発的に戦闘が発生するなど治安情勢の悪化に繋がる動きがみられた。なお、ここ数年の同国経済を巡っては、主力の輸出財である原油をはじめとする国際商品市況の低迷長期化などが景気の重石となり、財政赤字と経常赤字の『双子の赤字』が慢性化するなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが顕在化するなか、ドゥケ政権は問題解消に向けて構造改革に取り組む姿勢をみせてきた。しかし、一昨年には財政健全化路線の前進を図ったエクアドルやチリといった周辺国で『ドミノ倒し』的に反政府運動が盛り上がる事態に発展するとともに、そうした波が同国にも押し寄せる事態に発展した 2。さらに、昨年以降の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を巡っては、南米諸国で感染拡大の動きが広がりをみせるなか、同国においても冬場にかけて感染拡大の『第1波』が直撃したほか、その後も年明け直後にかけては『第2波』に見舞われた。こうしたことから、政府は外国人の入国制限に動いたほか、非常事態宣言を発令するとともに、緩やかな隔離措置を通じて行動制限を課すなどの感染対策を講じる一方、財政及び金融政策の総動員を通じて景気下支えを図る取り組みを進めた。ただし、昨年の経済成長率は▲6.8%と1999年以来21年ぶりのマイナス成長となるなど深刻な景気減速に見舞われる一方、昨年後半以降は主要国を中心とする世界経済の回復の動きに加え、国際商品市況が急速に底入れしていることも追い風に景気は一転して底入れしているほか、足下においても企業マインドは改善傾向を強めている。一方、3月以降は同国においても感染力の強い変異株により感染が再拡大する『第3波』が顕在化しており、この動きに呼応するように死亡者数も拡大ペースを強めるなど状況は深刻化するなか、底入れの動きを強めてきた消費者信頼感に下押し圧力が掛かるなど景気の先行きに対する不透明感が高まる動きもみられる。

図1
図1

図2
図2

なお、上述のように足下では感染力の強い変異株による感染が再拡大する動きがみられるものの、同国では比較的早い段階で医療従事者や高齢者を対象とするワクチン接種が進められており、今月12日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は4.98%と世界平均(4.26%)を上回る一方、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は8.14%と世界平均(8.63%)をわずかに下回る水準に留まるなど、ワクチン接種は比較的進んでいる。他方、政府は新型コロナウイルス対策を名目とする大規模財政出動から財政状況が急速に悪化していることを受けて、先月に付加価値税や個人所得税、法人税などの税制改正案をまとめた「持続可能な連帯法」を国会に提出。事実上の増税を通じて景気低迷に伴う歳入欠損の補填と低所得者層を対象とする支援の継続及び拡大を目指す方針を示した。しかし、事実上の増税策に対して労働組合などを中心に反発が広がるとともに、先月末以降は各地で反政府デモが広がりをみせたほか、一部は暴徒化して治安部隊と衝突して死傷者が発生する事態となっている。さらに、一部の労働組合は法案に盛り込まれている医療制度改革に抗議する動きをみせるなど、反政府デモは多方面に波及するなど収拾困難な事態となることも懸念される。こうした事態を受けて、ドゥケ大統領は法案の撤回を発表したほか、法案作成の責任者であったアルベルト・カラスキージャ前財務・公債相が辞意を表明する事態に追い込まれるなど政局は大きく混乱している。ドゥケ大統領は反政府デモの主催者などと幅広く意見交換を行う姿勢をみせているものの、上述のように意見は多岐に亘っている上、足下の財政状況を勘案すれば安易な妥協は財政状況のさらなる悪化を招くことが懸念されるほか、主要格付機関による格下げ実施リスクが高まることも予想される(現時点でS&PはBBBマイナス、ムーディーズはBaa2、フィッチはBBB(見通しはいずれも「ネガティブ」))。さらに、足下では感染拡大の『第3波』が直撃するなかでの反政府デモの激化を受けて、首都ボゴタにおいては医療ひっ迫が懸念される状況で一段と感染拡大の動きが広がりをみせる可能性もあり、行動制限のさらなる厳格化が必要になることで景気に下押し圧力が掛かるなど構造改革以前の状況に陥る事態も懸念される。その意味では、足下のコロンビア経済は極めて厳しい状況に立たされているとともに、来年に迫る次期大統領選挙においては、このところの中南米諸国において左派が勢いづく動きをみせていることも追い風に左派政権に交代する可能性も高まっていると判断出来る。

図3
図3

図4
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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