韓国、経済は新型コロナ克服も、政治は視界不良のドロ沼が続く

~外需を中心に景気回復の一方、若年層の経済状況の厳しさは視線を逸らす対応を招く懸念~

西濵 徹

要旨
  • 新型コロナウイルスのパンデミックを受け、韓国では「K防疫」による対策が採られたが、感染再拡大を受けて行動制限の再強化を余儀なくされた。なお、年明け以降は感染が鈍化してワクチン接種も開始され、行動制限は段階的に緩和された。しかし、足下では変異株による感染再拡大を受けて行動規制が再強化され、ワクチンの確保及び接種も世界的に遅れる展開が続いており、景気回復の足かせとなることが懸念される。
  • 韓国経済は外需依存度が比較的高く、世界経済の動向が景気の追い風となるなど昨年半ば以降の景気は底入れを強めてきた。1-3月の実質GDP成長率も前期比年率+6.59%と3四半期連続でプラスとなり、実質GDPの水準も一昨年末を上回るなど新型コロナ禍の影響を克服したと捉えられる。先行きは行動制限の再強化による悪影響が懸念されるが、世界経済の回復による外需拡大は景気を押し上げると期待される。
  • 政治面では今月初めに実施されたソウル及びプサン市長選で与党が惨敗するなど、文政権及び与党に逆風が吹く。来年に迫る次期大統領選に向けた立て直しが必至だが、与党の「主流派」は厳しい状況にある。文政権は残り1年強の任期で対日姿勢を硬化させる可能性は高く、関係改善の可能性は皆無と言えよう。

昨年からの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けて、韓国では文在寅(ムン・ジェイン)政権が主導するIT技術を用いて個人情報を活用した疫学調査や感染経路の調査を実施するいわゆる『K防疫』が展開されたものの、昨年末以降は感染が再拡大したために当局は行動制限を再強化する事態に追い込まれた。ただし、年明け以降は新規感染者数が鈍化したことを受けて、2月には行動制限が段階的に緩和されるなど経済活動の正常化に再び舵を切る動きがみられたほか、2月末からは医療関係者などを対象にワクチン接種が開始されるなど事態打開に向けた兆候もうかがわれた。他方、韓国政府は国際スキーム(COVAX)を通じたワクチン調達を利用したことで供給遅延が生じたほか、先月以降は感染力の強い変異株による感染が再拡大しており、今月初めには行動制限が再び導入されるなど経済活動に悪影響が出ることが懸念されている。なお、当初は供給遅延により政府が掲げたワクチン接種計画の後ろ倒しを余儀なくされたものの、今月25日時点における累計の接種回数は237万回を上回るなど急速に追い上げた結果、人口100万人当たりの接種回数は4.6万人とわが国(2.1万人)を上回っている。わが国との比較では、全人口に対する完全接種率(必要な接種回数を受けた人の比率)は0.20%とわが国(0.69%)を下回る一方、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の比率)は4.42%とわが国(1.45%)を大きく上回っており、幅広い国民を対象にワクチン接種を図ることで早期の集団免疫の獲得を狙っている様子がうかがえる。ただし、人口100万人当たりの完全接種率及び部分接種率は世界平均(それぞれ3.05%、7.10%)を大きく下回っており、現時点においてはわが国と同様にワクチンの確保及び接種で後手を踏む国となっているほか、新型コロナウイルスの感染拡大の動きが景気回復の足かせとなる懸念に繋がっていると捉えられる。

図1
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他方、韓国経済は構造面でアジア新興国のなかでも輸出依存度が相対的に高い上、財輸出の3割弱を中国向けが占めるほか、財輸出の15%弱を米国向けが占めるなど、中国経済をはじめとする世界経済の動向の影響を受けやすい。こうしたことから、昨年半ば以降は当初の感染拡大の中心地となった中国で感染収束が進み経済活動の正常化が図られたほか、昨年末にかけては欧米など主要国でも感染拡大の動きが一服して経済活動の再開が進むなど、世界経済が回復の動きを強めたことは同国経済の追い風になりやすい。さらに、年明け以降については欧州や新興国を中心に変異株による感染再拡大の動きがみられる一方、中国や米国など主要国で感染収束が進むとともに景気回復の動きを強める展開が続いていることは、世界貿易の底入れを通じて韓国景気を押し上げている。また、外需を取り巻く環境の改善は輸出関連産業を中心に企業部門による設備投資需要の押し上げに繋がっているほか、政府及び中銀は財政及び金融政策を総動員する形で景気の下支えを図る取り組みを進めてきた。こうしたこともあり、昨年前半は新型コロナウイルスのパンデミックの余波を受ける形で2四半期連続のマイナス成長となるリセッション(景気後退局面)に陥ったものの、後半は一転してプラス成長となっているほか、今年1-3月も前期比年率+6.59%と3四半期連続のプラス成長となるとともに前期(同+4.99%)から伸びが加速するなど一段と景気の底入れが進んでいる。なお、今年前半の経済統計については昨年前半に大きく下押し圧力が掛かった反動で上振れしやすい傾向があるものの、前年同期比ベースの成長率も+1.8%と4四半期ぶりのプラスに転じている上、季節調整値ベースの実質GDPの規模も新型コロナウイルスのパンデミック直前の一昨年末の水準を上回るなど、韓国経済は着実に底入れして影響を克服していると捉えられる。需要項目別では、世界経済は一段と回復感を強めているものの輸出拡大の動きに一服感が出ている一方、企業部門による設備投資意欲の高まりや政府による中小企業支援策も追い風に固定資本投資が押し上げられているほか、感染拡大一服による行動制限の段階的緩和が家計消費を押し上げるなど、内需を中心に景気拡大の動きが促されている。なお、先行きについては中国や米国など主要国の景気回復を追い風に輸出の伸びは一段と加速感を強めており、外需をけん引役にした景気回復が期待される。その一方、上述のように変異株による感染再拡大の動きが顕在化するなど『第4波』が懸念されるなかで今月初めには行動制限が再強化されていることを勘案すれば、家計消費など内需の回復が遅れる懸念はくすぶる。韓国銀行(中銀)は今月15日に開催した直近の定例会合において、先行きの景気動向について感染再拡大による慎重姿勢を示す一方で世界経済の回復による外需の押し上げが見込まれるなか、同行の李柱烈(イ・ジュヨル)総裁は今年の経済成長率について「3%台半ば近傍になるかもしれない」と上振れを期待する考えを示している 1。よって、足下の韓国経済は依然として新型コロナウイルスの動向に揺さぶられる展開が続いているものの、着実に『ポスト・コロナ』の世界に向かっていると捉えることも出来よう。

図2
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図3
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その一方で政治を巡っては、文在寅大統領の残りの任期が1年強に迫るなか、今月7日に実施された首都ソウル及び第2の都市プサン(釜山)の市長選挙は次期大統領選挙の『前哨戦』として注目を集めたが、ともに与党・共に民主党の候補が惨敗を喫するなど文大統領及び与党は厳しい状況に立たされている 2。なお、与党候補が惨敗を喫した背景には、上述のように新型コロナウイルス対策としてのワクチン確保で後手を踏む対応が続いていることに加え、文政権による経済政策(所得主導成長論)の結果として政権交代を後押しした若年層を取り巻く経済状況は一段と厳しさを増しているほか、文政権下においても閣僚や与党議員を巡って様々な疑惑が噴出するなど『政治不信』が高まっていることが影響したと考えられる。さらに、長期に亘る金融緩和政策などを背景に『カネ余り』を受けて首都ソウルを中心に不動産価格が急上昇するなど社会経済格差が顕在化するなか、文政権は規制強化や税制強化などに加え、大規模宅地開発による供給拡大を通じて不動産価格の沈静化を目指したものの、住宅問題を担当するLH(韓国土地住宅公社)の職員が内部情報を利用して投機を行ったことが発覚するなど、政府に対する不信感も影響したとみられる。選挙結果を受けて、文大統領は政権立て直しに向けて首相をはじめとする内閣改造を実施したほか、与党・共に民主党にとっては来年3月の迫る次期大統領選に向けた立て直しが迫られているものの道筋は立ちにくい事態に陥っている。直近の世論調査では、文政権に対する不支持率は過去最高を更新したほか、次期大統領選での候補者についても、文政権による検察改革を巡って対立して辞任した前検事総長の尹錫悦(ユン・ソギョル)氏がトップに、与党・共に民主党所属ながら文政権と距離を採ってきた京畿道知事の李在明(イ・ジェミン)氏が僅差で2位に付ける一方、『有力馬』とみられた元首相の李洛淵(イ・ナギョン)氏は後塵を拝するなど与党の『主流派』は厳しい状況にある。文政権及び与党にとっては次期大統領選に向けた立て直しが必至となるが、今月14日には日本政府による東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出処理決定を巡って「国際海洋法裁判所への提訴手続を検討する」(大統領府)と表明するなど、日本政府の対応に対して『いちゃもん』に近い反応を示している。なお、処理水の海洋放出については、韓国原子力学会が「韓国への影響は無視出来るものと評価出来る」とした上で、韓国政府に対して「政治的及び感情的な対応を自制しつつ、科学的事実を土台にした実務的な問題解決」を求めるなど冷静な動きもみられる。ただし、この問題を巡っては韓国国内で様々な反応がみられる上、上述のソウル市長選挙において与党候補が敗北した背景のひとつに同候補が東京に所有していた高級マンションを巡る問題があることを勘案すれば、いずれの候補も日本との関係改善に前向きな姿勢を示す可能性は皆無に等しいと判断出来る。いずれにせよ日韓関係の改善は期待できない状況が続くであろう。

図4
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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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