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10兆円の大学ファンドが直面する課題と展望

~新たな「クジラ」が醸成する大学改革とのシナジー効果に期待~

谷口 智明

要旨
  • 政府は、世界トップレベルの研究水準を目指す大学を助成するため、10兆円規模の大学ファンドを創設した。本レポートでは、創設の経緯やスキーム等を解説したうえで、ファンドや大学に期待される効果や課題等について考察する。
  • 科学技術・イノベーションが国家間の覇権争いの中核をなす中、日本の研究力は国際的に地位の低下が続く。その一因として、大学の資金力の差もあげられ、今回、政府主導で基金(「クジラ」)を設立することとなった。
  • ファンドは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運用し、運用益を活用して年間3,000億円を上限に文部科学大臣の認定を受けた国際卓越研究大学に配分する。認定にあたり、大学は研究力向上への取組み、3%の事業成長、新たな合議体設置など、かつてないレベルの要件が課され、実効性が求められる。
  • ファンドは、研究力強化に向けて大きな期待が寄せられる一方、運用益の確保や運用元本償還への懸念、国際卓越研究大学の認定要件であるガバナンス改革をはじめとした大学改革の推進など、乗り越えるべき課題は少なくない。
  • JSTによると、2022年4-9月期の運用収益率はマイナスとなり運用資産を減らしている。市場環境は変化するものの、大学の研究力強化が運用次第という状況は心もとない。まず何よりも長期的かつ安定的な運用益の確保が求められる。
  • ファンドは公的資金を元本とするため、国民に対して適切な情報開示を行うことが求められる。情報開示による透明性の確保は信頼性を高め、効果的な運用と継続的な支援のために重要な要素となる。
  • 国際卓越研究大学も助成額は運用次第といったリスクを負うため、自己収入増加等が重要であり、不確実な状況に対応しつつ大学改革を通じて持続的成長を目指すという重ね合わせで臨む必要がある。そうした取組みが、異次元の大学改革を推進するというシナジー効果を生み、国際競争力を備えたトップ大学の実現に寄与する。大学ファンドが日本の研究力強化の起爆剤となるだけでなく、産学連携や社会実装を通じてSociety5.0の実現につながることを期待する。
目次

1. 10兆円の大学ファンドとは

2022年3月、日本に10兆円規模の大学ファンド(基金)が誕生した。このファンドは、政府が運用益を活用して、世界トップレベルの研究水準を目指す大学を長期的・安定的に助成するために創設したもので、世界的にも類を見ない。企業年金連合会の資産残高(注1)に匹敵する官製ファンドとして、新たな「クジラ」(注2)とも呼ばれる。そこで、本レポートでは大学ファンド創設の経緯やスキーム等を解説した上で、科学技術振興の一翼を担う大学ファンドおよび助成大学に期待される効果や課題等について、考察したい。

2. 大学ファンド創設の背景

(1)日本の研究力強化・若手研究者支援

近年、科学技術・イノベーションが、国家間の覇権争いの中核をなす中、日本の研究⼒は相対的に低下している。例えば、研究力を測る主要指標「Top10%補正論文数」(注3)の順位は、国際的に地位の低下が続いている(資料1)。また、高度人材の育成でも後塵を拝しており、博士号取得者数は、特に米中に比べ伸びが大きく劣後している(資料2)。

図表1
図表1

図表2
図表2

そこで、日本のイノベーション戦略の司令塔「総合科学技術・イノベーション会議」(以下、CSTI)では、「統合イノベーション戦略2020」において、研究力を強化し若手研究者を支援するため、世界に伍する規模のファンドを創設し、その運用益を活用することを提示した。同時に「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太の方針)」では、「世界に比肩するレベルの研究開発を行う大学等の共用施設やデータ連携基盤の整備、若手人材育成等を推進するため、(中略)世界に伍する規模のファンドを大学等の間で連携して創設し、その運用益を活用するなどにより、世界レベルの研究基盤を構築するための仕組みを実現する」ことが明記された。

その後、2020年12月に策定された「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」において、「10兆円規模の大学ファンド」という具体的な金額を示し、後述するが、補正予算より実際に運用元本の一部が手当てされたわけである。

なお、わが国が目指す社会をSociety5.0と明確に位置付けた「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、科学技術・イノベーション政策の三本柱の一つとして「研究力の強化」を掲げている。その上で「多様性や卓越性を持った『知』を創出し続ける、世界最高水準の研究力を取り戻す」ことを大目標とし、具体策として、「大学の機能拡張と戦略的経営を強化し、個々の強みを伸ばしていく中で、世界と伍する研究大学の成長を促進する。特に10兆円規模の大学ファンドの活用により、その取組みを大きく加速していく」ことが示された。まさに大学ファンドが、わが国の科学技術・イノベーション政策の推進に不可分の存在となった。

(2)海外主要大学との資金力の差

日本の研究力低下の一因として、国際的に見た大学の資金力の差があげられる。欧米のトップレベルの大学は、豊富な資金力を活かし、高度な研究基盤の構築や若手研究者への投資等を進め、多様な研究を展開している。例えば、米国の主要大学では、企業やアルムナイ(卒業生)等からの寄付金、市場からの調達等を通じて巨額の大学基金を運用することで資金を確保し、経営基盤の強化や教育研究の充実を図っている(資料3)。

日本のように政府主導で巨額の基金を設立することは異例の取組みといえる。日本の大学は、寄付文化等の違いもあり、大学自身が資金調達し運用する動きに大きく乗り遅れている。そこで、今回の大学ファンドからの支援等により、さらに大学内における基金の造成とともに経営基盤の強化を促していくことも重要となる。

図表3
図表3

3. 大学ファンドの基本的な枠組みと運用指針

(1)基本的な枠組み

大学ファンドの基本的枠組みは、次の4点からなる。1点目は、国立研究開発法人科学技術振興機構(以下、JST)に大学ファンドを設置すること、2点目は、運用益を活用して将来の研究基盤への長期かつ安定投資を実行すること、3点目は、参画大学が世界トップレベルの研究大学(以下、国際卓越研究大学)に相応しい制度改革や大学ファンドへの資金拠出等にコミットすること、最後に、大学ファンドは50年の時限で将来的に大学がそれぞれ自らの資金での基金運用するための仕組みを導入することである。

そこで、そもそもファンドの運用機能等を持っていないJSTが、調達資金を運用し、国際卓越研究大学に助成業務を行えるよう、2021年1月にJST法が改正された。大学ファンドのスキーム(資料4)には、政府のほかに、参画大学や民間からの資金拠出も想定されているが、当初は政府が全額拠出する形で、2022年3月より運用開始した。

図表4
図表4

(2)運用の基本指針~運用目標は年4%超、運用益は毎年3,000億円超

大学ファンドの制度設計に当たっては、内閣府と文部科学省が連携しつつ、CSTIの下に専門調査会を設置し、運用・配分等の仕組み、配分先となる国際卓越研究大学の定義や参画大学の要件等が検討された。

まず、10兆円もの運用元本をいかに調達したのか。当初、国の一般会計から政府出資として約1.1兆円、財政投融資債の発行で調達した財政融資資金から約4兆円の合計約5.1兆円を調達し、運用開始した。さらに2022年度中に約4.9兆円の財政融資資金が追加された。こうして10兆円に達した運用元本は、自己資本としての政府出資約1.1兆円と財政投融資からの借入金約8.9兆円で構成されている。なお、財政融資資金は、期間40年(うち据置期間20年)の長期借入で2042年度以降、20年かけて順次償還されることとなる。そして20年経過後には、参画大学や民間の資金に置き換えられていくことを想定している。つまり、足元では、ファンドの自己資本は約1割、残り約9割は返済義務のある借金となっている。

次に、運用目標や運用益の配分はどう想定しているのか。「助成資金運用の基本方針」(注4)によると、2024年度から助成を開始し、2026年度末までの可能な限り早い段階で年間3,000億円の運用益の配分を目指し、運用目標は年4.49%以上とされた。これは、運用元本10兆円に対する支出目標率3%(3,000億円/年)と中長期の物価上昇率1.49%の和以上という前提である。

そして、運用による利益の会計処理フローは次のように定められている(資料5)。まず、利益から繰越欠損金があれば処理する。その上で、国際卓越研究大学に対する支出額の上限を年間3,000億円として助成金を確保する。合わせて、助成金を利益で賄えない場合に備え、バッファとして、当面2年分に当たる配分額の6,000億円を上限に積立ても行う。資料5でいうと、③目的積立金(当面9,000億円が上限)にあたる。つまり、今後バッファとなる6,000億円の積立金を確保しつつ、毎年助成も行うということであり、極めてハードルが高い目標といえる。この目的積立金を実現するためには、助成金が調整弁にならざるを得ないのではないだろうか。

図表5
図表5

4. 助成を受ける「国際卓越研究大学」とは

では、国際卓越研究大学に認定されるためには、何が求められるのか。2022年5月に新たに国際卓越研究大学法が制定され、認定にあたり要件が示された。主な要件は、研究力、3%の事業成長(注5)、新たな合議体設置の3点である。つまり、国際的に卓越した研究成果を創出すべく研究⼒を高めるとともに、実効性高く意欲的な事業・財務戦略により事業規模を年3%成長させ積極的に稼ぐ。そして、重要事項の決定にあたり構成員の多くを学外者で占める合議体を設置するといった自律と責任のある新たなガバナンス体制の構築が求められる。いずれも大学にとってはかつてない異次元の要件が課されたといえる。

既に第1期の公募は、2023年3月末に締め切られ、国私立の10大学より申請があった。現在、文部科学省のアドバイザリーボードで選定が行われており、2023年度内を目途に文部科学大臣が認定する予定である。

認定されれば、2024年度より1校あたり数百億円規模の助成を受けることができる。この金額は、例えば、資料3で示した日本の主要大学の基金規模あるいは2022年度の国立大学法人運営費交付金(注6)上位の東京大学が約720億円、京都大学が約480億円、東北大学が約400億円であることを踏まえると、科学技術・イノベーション創出に向けた研究環境の整備や優秀な若手研究者の育成等に向けて、大きな後押しになる(資料6)。助成期間は最長25年とし、一定期間ごとに継続の可否を判断する。

大学ファンドは公的資金をベースにしているため、研究成果の社会への還元や産学連携の推進も重要となる。大学ファンドの支援を受けた研究成果が社会に貢献するためには、産業界や地域との連携を強化し、最先端研究の実用化や起業支援なども進める必要がある。

図表6
図表6

5. 今後の課題と展望~大学改革とのシナジー効果に期待

大学ファンドには、日本の科学技術・イノベーションを担う大学の研究力強化に向けて大きな期待が寄せられる。一方で、運用益の確保や運用元本償還に対する懸念、大学独自基金の拡充やガバナンス改革をはじめとした異次元の大学改革の推進など、乗り越えなければならない課題は少なくない。最後に、大学ファンドの課題と展望について考察したい。

(1)長期的かつ安定的な運用益の実現

JSTによると、大学ファンドの2021年度末の資産構成割合は、グローバル債券が約55%、グローバル株式が約4%、短期資産が約41%であった。「助成資金運用の基本方針」では、レファレンスポートフォリオ(グローバル株式:グローバル債券=65:35)から算出されるリスクの範囲内で、基本ポートフォリオを定め、運用することとされている(注7)。運用目標達成のためには国内外の経済成長を取り込むグローバルな投資へのシフトが不可欠であり、順次グローバル株式に投資を拡大させていくものと考えられる。

しかしながら、2022年4-9月期の運用収益率は▲3.67%、運用収益は▲1,881億円と運用資産を減らしている。ちなみに、世界最大級の機関投資家とされる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と比較すると、基本ポートフォリオ(注8)は異なるものの、2022年4-12月期の運用収益率は▲3.71%であった。

果たして、数年後に3,000億円の運用益を稼ぎ、助成できるのか。市場環境は変化するものの、大学の研究力強化が運用次第という状況は心もとない。とりわけ研究やイノベーションは時間をかけて実を結ぶことがあるため、何よりも長期的かつ安定的な運用益の確保が求められる。

(2)公的資金活用に対する透明性と情報開示の確保

大学ファンドの運用元本に財政融資資金が活用されることについて、財務省財政制度等審議会財政投融資分科会では、「通常の財政融資資金の活用とは異なり、政策目的とは直接関係がないリスクのある市場運用の原資として、約9兆円もの極めて大規模な財政融資資金を貸し付け、その運用益を大学ファンドとしての政策目的達成のために活用するという、異例の貸付である」として、償還確実性の確保等について懸念が示された。この点も先に述べた課題と同様、いかに償還も見据えた長期的かつ安定的な運用を継続できるかに関わる課題といえる。

さらに大事な視点として、大学ファンドは公的な資金を活用しているため、JSTはその運用方針や成果について、国民や関係者に対して適切な情報開示を行うことが求められる。情報開示を通じた透明性の確保は信頼性を高め、ファンドの効果的な運用と継続的な支援のために重要な要素となる。

(3)異次元の大学改革推進とのシナジー効果

永岡桂子文部科学大臣は、2023年4月4日閣議後の記者会見で「多くの大学から申請があり、大学ファンドへの大きな期待を感じる。既存の取り組みの延長ではなく世界最高水準の研究大学の実現に向けた挑戦的な計画になっているか丁寧に審査する」と述べている。つまり、4.で述べたように、申請大学は国際的な研究成果を創出するための研究力や、実効性の高い事業・財務戦略を備え、新たに自律と責任のあるガバナンス体制を構築する必要がある。そして、最長25年の助成期間中、PDCAを回し続けなければならない。

一方で、大学ファンドは内外の経済や金融環境の変動によって、当然ながら運用結果は変動する。国際卓越研究大学としても、運用結果次第では安定的に助成を受けることができないといった一定のリスクを負うことになるだろう。そのため、助成と合わせて、大学の自立を促す観点から、寄付金の拡充や大学債の発行等、大学自らも自己収入の確実な増加に繋がる改革が必要である。

国際卓越研究大学は、不確実な状況に柔軟に対応しつつ、戦略的な改革を通じて持続的な成長と発展を目指すという重ね合わせで臨まなければならない。すなわち、仮に市場環境の悪化等により、運用益からの助成が叶わなくとも、国際卓越研究大学への認定に向けた取組み自体が、異次元の大学改革を推進するというシナジー効果を生み、世界のトップ大学と戦える力を具備することになるのではないか。

大学ファンドという新たな「クジラ」は、日本の大学の研究力強化とイノベーション創出の起爆剤になる可能性がある。その成果が産学連携や社会実装を促進させるといった知の好循環を通じて、日本の経済成長や社会課題の解決、そしてSociety5.0実現につながることを期待する。

以上

【注釈】

  1. 企業年金連合会「2021年度年金資産の運用状況(概況)」によると、2021年度末の資産残高合計は12.6兆円。
  2. 金融市場において豊富な資金量を有し、投資行動が市場を動かす力を持つ機関投資家のこと。その代表例として、日本の公的年金を運用し世界最大級の機関投資家とされる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)があげられる。
  3. 被引用数が各分野(22分野)のTop10%に入る論文数を抽出後、時系列変化を見るため補正を加えた論文数を指す。国際的にどれだけ影響力のある論文を執筆しているか比較することができる。
  4. 国立研究開発法人科学技術振興機構として、資金運用が長期的な観点から安全かつ効率的に行われるようにするために、文部科学大臣より通知された基本的な指針に基づき、助成資金運用の基本方針を定めたもの(2023年3月29日文部科学大臣変更認可)。
  5. 文部科学省「国際卓越研究大学の研究及び研究成果の活用のための体制の強化の推進に関する基本的な方針」(2022年11月)において、事業のイメージを5項目例示している(国際的に卓越した科学技術に関する研究環境の整備充実、優秀な若年の研究者の育成及び活躍の推進に資する活動、国際的に卓越した能力を有する研究者及び研究の支援又は研究成果の活用のために必要な技術者その他の規則で定める人材の確保、研究の支援又は研究成果の活用のために必要な技術者等の育成に資する活動、研究成果の活用のために必要な事業を行うための環境の整備充実)。
  6. 国立大学が2004年に法人化されたことを受け、各校の収入不足を補うために国の予算より手当てしている補助金のこと。過去、毎年1%ずつ減額されてきた経緯がある。
  7. 上場株式および債券で構築できる標準的なポートフォリオのことであり、実際のポートフォリオのリスク量が、このレファレンスポートフォリオと同等かそれ以下である限りにおいて、投資対象や資産配分の乖離は運用者の裁量に任されるとしている。
  8. 第4期中期目標期間(2020年4月からの5カ年)における基本ポートフォリオの資産構成割合は、国内債券、外国債券、国内株式、外国株式にそれぞれ25%ずつと定めている。

【参考文献】

谷口 智明


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。