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経済安全保障から経営を考える

~経済安全保障を強く意識する企業にみる 5 つのアクション~

谷口 智明

要旨
  • 経済安全保障に関する意識が国内外で高まる中、自由貿易体制に立脚し経済のグローバル化を前提に活動してきた日本企業は、経済合理性だけでなく、安全保障という新たなリスクに向き合わなければならない。

  • 企業として経済安全保障への対応を検討する必要があるが、現在どの程度の取り組みが行われているのだろうか。そこで、筆者が携わった中部経済同友会の「安全保障から経営を考える委員会」で行ったアンケート調査を基に、経済安全保障について「強く意識している」企業の取り組みや課題等について考察する。今後、対応を検討されている企業には、ひとつのヒントになるものと考える。

  • 経済安全保障対策について、「強く意識している」企業が取り組んでいるとする回答で最も多かったのは「情報管理体制やサイバーセキュリティの強化」であるが、これは全体の回答と同様であった。一方で、全体との差が大きかったのは、「取締役会や役員会での議題としての取り扱い」や「経済安全保障を踏まえた事業リスクの評価」等であった。

  • 対策を推進する上での課題として、全体では「自社における事業リスクの把握」が上位であったが、逆に「強く意識している」企業では下位にあり、乖離が際立った。つまり「強く意識している」企業では既に自社における事業リスクを把握しており、それに基づいた対応を講じる段階にあるのではないだろうか。

  • アンケート調査より得られた示唆等を踏まえて、5つのアクションを例示する。1つ目は、経済安全保障を踏まえた事業リスクの評価である。2つ目は、 取締役会や経営層での議論等を通じた経営トップ層の見識の蓄積と判断である。3つ目は、サプライチェーンの強靭化およびサイバーセキュリティ対策である。4つ目は、専門部署や担当役員の設置、専門人材の育成である。既に大手企業では「経済安全保障室」を新設するなど、体制整備が進む。5つ目は、経済安全保障に関する適時適切な情報収集・分析といった「インテリジェンス」であり、取り組みを支える基盤となる。経済安全保障の範囲は広く、競合先を含む取引先や業界、官公庁など、官民を包含した連携・共有を図ることも重要といえる。

目次

1. はじめに

米中の覇権争い、長引くロシアによるウクライナ侵略、深刻化が懸念される中東情勢など、国際情勢は予断を許さない。また、2024年は「もしトラ」や「ほぼトラ」(注1)で注目される米国大統領選はじめ、アジアや欧州等でも重要な国政選挙が行われる年であり、国際政治の動向にも目が離せない。

経済安全保障に関する意識が国内外で高まる中、わが国では2022年5月に経済安全保障推進法(以下、推進法)が成立・公布された。推進法は、公布から2年以内に段階的に施行することとされており、関連する制度等の整備が進んでいる(注2)。

戦後、自由貿易体制に立脚し、経済のグローバル化を前提として比較的自由な活動を行ってきた日本企業は、経済合理性だけではなく、安全保障というリスクの顕在化に向き合わなければならない。企業にとって、経済(事業)と安全保障が重なり合う部分を見極め、リスクに備えた上で事業活動を推進することが求められる。

2. 経済安全保障から経営を考える

今後は、21世紀初頭のようなグローバリゼーションの時代には戻れない。「リ・グローバリゼーション」(注3)や「デリスキング」(注4)の時代であり、企業は経営の中でいかに経済安全保障に対応していくべきかを検討する必要がある。そこで、足元、企業では経済安全保障を意識した取り組みがどの程度行われているのだろうか。

筆者は、2023年5月より中部経済同友会の「安全保障から経営を考える委員会」ワーキンググループメンバーとして検討に参加し、報告書の取りまとめに携わった。本稿では、当委員会が2023年8月に実施した「経済安全保障に関するアンケート調査」(以下、アンケート調査)において、紙面の関係で報告書に記載し切れなかった一部結果を参考に、企業の経済安全保障対策に関する取り組み状況や課題等について考察する。特に、経済安全保障について「強く意識している」と回答した企業が、どのような取り組みを行っているのか。経済安全保障について対応を検討されている企業には、ひとつの示唆になるのではないだろうか。

なお、企業のサプライチェーンの強靭化やサーバーセキュリティも含めたアンケート調査の結果や企業ヒアリング等の詳細については、同委員会報告書「自分事として捉える経済安全保障~経営者のコミットメントと外部連携の推進でできることから始めよう~」(2024年3月)をご参照いただきたい。

3. 企業の経済安全保障対策に関する取り組み状況

(1)経済安全保障に対する企業の意識

まず、企業が経済安全保障についてどのくらい意識しているのかについて確認した(資料1)。アンケート調査によると、経済安全保障について「強く意識している」とする回答が全体の24%、「ある程度意識している」とする回答が47%で、両者を加えた肯定的な回答は全体の約7割であった。

但し、企業規模別にみると、「強く意識している」とする回答の約8割が大企業であり、企業規模によって意識の差がみられた。特に大企業ではグローバルにビジネス展開している傾向があり、わが国を取り巻く地政学的な情勢により直接影響を受けるため、経済安全保障に対する関心も高まっているものと考えられる。

(2)企業の具体的な取り組み内容

それでは、資料1で確認した経済安全保障について「強く意識している」企業は具体的にどのような取り組みを行っているのだろうか。アンケート調査では、13項目にわたり経済安全保障対策に関する取り組み状況を聴取した。

そこで、「強く意識している」企業が「取り組んでいる」とする回答が多い項目順にグラフを並べた(資料2)。なお、各項目においてグラフの上段が「強く意識している」企業、下段が全体の回答である。

経済安全保障について「強く意識している」企業で、取り組んでいるとする回答が最も多かったのは、「①情報管理体制やサイバーセキュリティの強化」であった。続いて「②取締役会や役員会での議題としての取り扱い」「③知的財産の取り扱いルールの策定」「④経済安全保障を踏まえた事業リスクの評価」「⑤取引先や需要先(エンドユーザー)のチェック体制の強化」「⑥自社の技術について秘匿分野・領域の選定」の順となった。最上位の「①情報管理体制やサイバーセキュリティの強化」については、全体の回答でも取り組んでいる企業の割合は高い。

一方で、取り組みが少なかったのは「⑬専門人材の育成」で、次に「⑫専門部署の設置」「⑪経済安全保障に関する社内規定・方針の策定」であった。全体と比較しても、その傾向は大きく変わらないが、両者において「取り組んでいる」とする割合自体に大きな格差がみられた。

そこで、「強く意識している」企業と全体とで「取り組んでいる」割合の差に注目してみた。最も取り組みの差が大きかったのは、「②取締役会や役員会での議題としての取り扱い」、次に「④経済安全保障を踏まえた事業リスクの評価」で40ポイント程度の差あった。その他に「⑧社内研修の開催」「⑥自社の技術について秘匿分野・領域の選定」「⑩担当役員の設置」についても30ポイント程度の差がみられた。

(3)経済安全保障対策を推進する上での課題

では、資料2に列挙したような対策を推進する上での課題について、「強く意識している」企業はどう考えているのだろうか。アンケート調査で例示した13項目の課題について、「強く意識している」企業が課題とした回答の多い順に並べて、全体との相違点を探ってみた(資料3)。

経済安全保障について「強く意識している」企業では、「①経済安全保障に関する情報の適時適切な取得」「②海外情勢のタイムリーな把握」「③取引企業の動向の把握」の順に多かった。全体でも、同様に「①経済安全保障に関する情報の適時適切な取得」「③取引企業の動向の把握」といった情報収集に関する項目が上位となっている。

一方で、全体と大きく異なる点についてみてみたい。まず「②海外情勢のタイムリーな把握」である。「強く意識している」企業では上から2番目の課題にあがっているが、全体では5番目であった。(1)でも述べたように、「強く意識している」企業は比較的大企業が多いため、生産・販売等においてグローバル展開していることが一因ではないかと考えられる。

そして、特に興味深かった点として、全体では「⑩自社における事業リスクの把握」が上から3番目の課題にあがっているが、「強く意識している」企業では10番目と下位にあり、乖離が際立ったことである。つまり、「強く意識している」企業は、本アンケート回答時点で既に自社における事業リスクを把握しており、それに基づいた対応を講じる段階にあるのではないかと推察される。

4. アンケート調査等からの示唆~5つのアクション

ここまで経済安全保障について「強く意識している」企業の取り組みを考察してきた。それでは、今後、企業として経済安全保障に対応する際には、何からどのように取り組んでいけばよいのだろうか。最後に、アンケート調査より得られた示唆等を踏まえて、取り組みのヒントとして5つのアクションを例示したい。

1つ目は、経済安全保障を踏まえた自社の事業リスクの評価である。サプライチェーンや自社の技術、情報など、事業展開する中で、まずどこに経済安全保障上のリスクを抱えているのかを可視化した上で、具体的な対応を進めることが肝要といえる。

2つ目は、 取締役会や経営層での議論等を通じた経営トップ層の見識の蓄積とそれに基づく判断である。世界の大局的な動きも踏まえて経済安全保障上の自社のリスク等を評価し、経営トップ層自らが事業分野や技術等の仕分けを判断することが重要となる。

3つ目は、BCP(Business Continuity Planning;事業継続計画)の構築、特にサプライチェーンの強靭化およびサイバーセキュリティ対策である。これらの対策を適切に講じなければ、自社のみならずサプライチェーン全体に甚大な被害が及ぶことになる。今やサイバーセキュリティ対策は経営課題そのものであり、経営トップ層のリーダーシップのもと、巧妙化するサイバー攻撃に対しては、自社だけでなく、取引先やグループ企業等とも連携して取り組む必要がある。

4つ目は、「強く意識している」企業でもまだ取り組みは4割前後であるが、経済安全保障分野を担う専門部署や担当役員の設置、専門人材の育成である。経済安全保障は、内外の多岐にわたる情報を部門横断的に集約・分析する必要があり、予断を許さない状況で経営判断を求められる場面も想定されることから経営トップとの連携も不可欠である。既に大手企業では社内横断組織として「経済安全保障室」といった専門部署を新設するなどの動きがみられるが、さらに体制整備が進むものと考えられる。一方で、そうした体制を担う専門人材の育成が課題として残る。

5つ目に、以上の4つのアクションを支える基盤となるのが、サプライチェーンの強靭化やサイバーセキュリティの最新動向はじめ、経済安全保障に関する適時適切な情報収集・分析、評価を行う「インテリジェンス活動」である。経済安全保障の範囲には、国家間の駆け引きや外交交渉など機微なものも多く含まれ、かつ広範に及ぶため、自前組織だけでは立ち行かない面もある。競合先も含めた取引先やグループ企業、業界さらには学術研究機関、官公庁など、官民を包含した連携・共有を図っていくことも重要となろう。

5. おわりに

サプライチェーンの分断、サイバー攻撃、経済的威圧(注5)等を通じた様々な脅威が顕在化し、安全保障の裾野が経済分野に急速に広がる中、経営者は経済安全保障について考えていない、ということが許されない時代になった。経済安全保障は、企業の持続的な成長と競争力の向上を左右する重要な要素となり、継続的に対応を進めなければならない。

今回の中部経済同友会の報告書は、企業としてまず何から取り組めばよいのかといった悩みに応える形で、取り組み企業の実例等も踏まえて示唆された大変タイムリーな内容である。それに加えて、本稿では、経済安全保障に対して「強く意識している」企業の取り組みを参考に、5つのアクションを例示した。今後、企業として経済安全保障にどう対処すべきなのかを考える上でのさらなるヒントとなれば幸いである。

以上


【注釈】

  1. 2024年11月の米大統領選挙を控え、トランプ前大統領が共和党指名候補として大統領選に臨む中、もしトラとは「もしもトランプ前大統領が再登場したら?」、ほぼトラとは「トランプ前大統領の再登板がほぼ現実的になりそう?」を意味する。

  2. 経済安全保障推進法に基づき、次の4つの制度が創設された。①重要物資の安定的な供給の確保に関する制度(2022年8月1日施行)、②基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度(2023年11月17日施行)、③先端的な重要技術の開発支援に関する制度(2022年8月1日施行)、④特許出願の非公開に関する制度(2024年5月1日施行)。さらに、セキュリティ・クリアランス制度を創設するための新法が国会提出(2024年2月)されている。

  3. リ・グローバリゼーションとは、例えば、サプライチェーンの分断、外国による経済的威圧といった経済安全保障上のリスクに対処するとともに、地球環境や格差問題等に取り組みながら、特定国・地域に過度に依存しない形で多様化を推進すること。従来のグローバリゼーションの課題を克服し、より持続可能で、安全な世界経済を目指そうとする動きを指す。

  4. デリスキング(De-risking)とは、デカップリングに代わって新たに登場した地政学上の概念で、英語の意味通り「リスク低減を図りつつ」関係を維持していくこと。例えば、サプライチェーン等の過度な中国依存からの脱却や先端技術の流出防止を図りながらも、経済関係そのものは維持していくことを指す。

  5. 経済的威圧とは、ある国が他国に対して、重要物資の輸出制限、関税引上げ、検疫措置、通関拒否等の経済的圧力を加えることで、他国の政策に影響を及ぼそうとする行為のこと。


【参考文献】

谷口 智明


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。